今日、悪人と出会った話


今日、久しぶりに仕事帰りにバスに乗った。
普段は電車に乗るのだが、いつものルートで帰らないというちょっとした日常に飽きない工夫だ。

バス停のある駅前のスーパーで夕飯の食材を買ってそのレジ袋を持ち、ちょうど時間だったバスに乗り込んだ。
乗客はまばらで席には余裕があった。

どこに座るのが楽か、それぞれの好ポジションがあるのではないか?僕にはそれがあって段差かあって一段上がっている最前列のシートだ。前に座席がないので圧迫感が少ないのだ。

そうして僕はいつもの席に座った。レジ袋を2人がけの横に置いてしまおうかとも思ったがいずれ混んだときに退けるのも面倒だなと考えカバンをかかえて、その上にレジ袋を置いて、隣の席を空けた。音楽をイヤホンで流してSNSを徘徊する。やがてバスは定刻になり発車した。

そして、いくつかのバス停を経て1人の40代くらいの大きな体をした女性が乗り込んできた。正確には僕は見ていないが、大きな体をした人が斜め前の通路に吊り革を持って立っていることをなんとなく認識していた。その時、バスには席にはまだまだ空きがあった。僕の横も空いている。優先席にもまだ座る余裕はあった。しかし、彼女は立っていた。

そんな気配を感じながら、バスが走り出すと、女性の身体が急に力無くガクンと落ち、また吊り革で引き上げるような動きを繰り返していることに気づいた。僕は、その時は視界にとらえてはいたものの、チック症や何かそういう病気の人なのではないかと思った。あんまり見るのもよそうと、僕はスマホに目を戻す。

やがて、バスは大きな交差点の右折レーンで待機していると。彼女が次第に呼吸を荒げ始めた。息苦しそうにでかい体を揺らしている。僕はようやくイヤホンを取った。彼女の目の前に座る大学生くらいの男性が、大丈夫ですか?と声をかけて席を譲ろうとしている。だか、呼吸を荒げながらもしっかりとした喋り声で、大丈夫です。と返した。しかし、その息遣いや声は大丈夫では決してない様子だ。乗客全員が見守り声をかける。

僕も大丈夫ですか?と声をかけるか迷っていた。と言い訳してみるが恥ずかしながら正確には勇気がなかった。救急車呼びますか?なのか、運転手さん!体調が悪い方が!と呼ぶべきか。色んな言葉が浮かんでいた。

だが、誰もが気づくであろう彼女の息遣いや状況にも関わらず運転手はなぜか見向きもしなかった。

彼女は息を荒げたまま、ついにはバスの床に座り込んでしまった。すると、優先席の女性と男性がついには2人とも立ち上がり始めた。そして、彼女が体調が悪いんです、席を譲ってもらえませんか?と言った。

僕は、なぜ今になって?とも思ったし、気持ち悪い違和感を感じていた。彼女は起き上がりながらも息を荒げたまま優先席に座った。その後手提げのトートバッグからずいぶん減ったポカリを飲み始めた。
優先席に座っていた2人は立ち上がったままだ。

そして、バスは主要な駅前に停まる。
優先席に座っていた2人は降り、吊り革の時に前にいた大学生もそこで降りた。他にも多くの客が入れ替わるように降りて行き、新しい乗客が乗り込んできていた。

そして、優先席の向かいの一人がけの座席の女性が降りてすぐ彼女は優先席から、そこに移った。その瞬間見落としていたのか、カバンについた赤い何かが見えた。あれは、椎名林檎が炎上したヘルプマークというやつだ。そうだったのか。とわからなかった自分を反省しようとしていたその時、よく彼女を見ると息遣いはもう収まっていた。

そして、またバスは走り出すと、彼女は何事もなかったかのようにカバンから一冊の本を取り出し読み始めた。息遣いも身体も落ち着いているように見える。

僕はとても嫌な気持ちになった。

なぜだろうか、すごく嫌なものを見た気がする。
もう人間なんてクソなんだとしか思えないような。そんな気持ちになって吐き気までしてきた。
彼女を観察する、何もなかったかのような顔で小説を読んでいる。僕の考えがクソな可能性もある、そう言い聞かせ彼女がバスを降りるまで観察した。


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