(小説) 砂岡 3-4 「墜落」
地図を買った売店で新聞を取る。ワシントンポスト。陣屈国の新聞だ。英語は通じる。それからガーディアン。これは、そう、うちに届くもの。厳密にはうちの父へ届くもの。それから適当に選んだ読売新聞。フッ、漢字は知らない。いつか勉強するため?かっこつけるため?誰のために?まぁいいや。ポンドで買えた。その航空機が気になったので、墜落現場まで行ってみることにした。ずっと逃げ続けてきた。事実についても、ようやく向き合わざるを得ない時がきた。かっこつけて新聞を広げる。
今回の嵐の被害の全容が徐々に明らかになる。入雅国とその首都であるイルガは幾度もの戦争に晒されたおかげで街はマーブル市以上に城塞化されている。砂下ろしをしようとした人が屋根から転げ落ちたり、変電所が故障して電力不足になったり、砂を吸い込み肺をやられてしまった人が大勢出たり、火災の消化が間に合わずいくつかの家屋が焼けたりした。それでも、死者はひとりも出ていない。
しかし嵐から隠れることもできないままにイルガへ包囲を試みた治安部隊は主要な幹線道路が断たれたことにより撤退の余裕もなく嵐が直撃、被害は甚大であり、到底、攻め込める状態ではなくなった。
マーブル市も建設中の区の損害が大きく、また、もっとも海岸側に面している貧民街11区は一部の区画ごと吹き飛ぶありさまで今年も壊滅した。11区だけで死者102名。塩崎もああやって死んだ。ああやって砂岡に切り捨てられ死んだ。わたしの知らないところ、見えないところで大変な災害が発生していることに今、初めて知った。
砂岡国によるジャミングにより(当局は嵐のせいにした)、入雅港の封鎖により国籍問わず航行していた商船43隻が消息不明または沈没、今回の嵐は100年間でも、10位には入るクラスだった。
そんなことよりも一面に載ったのはアトランティスという名前のリグが斜めになってしまっていて、その救助活動が行われているというものだった。それはそれは見栄えの良い写真付きで。
商船43隻の行方についてはガーディアンで少し触れられているだけ。パパはそこにいるのに。誰も気にしてないみたい。わたしのことを「いないこと」にしたあの統計のように。ママはきっとパパを探している。砂に埋もれ、今は海の底だ。わかってる。わかっている。それでも、信じたい。
頭の中は潮崎とパパとでごっちゃになっていた。
バッグもなにもない。スマホもない。新聞を溢れたゴミ箱に載せた。
わたしは墜落現場にたどり着いた。
そこにはすでにレスキュー隊が駆けつけてきている。消防車もあった。火災は発生しておらず、燃料も漏れていないようだ。ということをわたしと同じく野次馬をしているひとたちの会話から読み取った。ティルトローター機は一応原型を保ってはいるが、レンガ造りの赤い建物の上に引っかかっていた。機体には「オペレーション・プレアデス」とある。機体はめきめきと反転し始めている。ちゃんと計器を見て巻き上がる砂を避けなければわたしもエリザベスもこんな風に野次馬にさらされていたのだろう。さっきのエリザベス、大英帝国の君主がぶら下がっているのを想像してにやけてしまう。
すると突然、観衆がわき上がる。中からひとが出てきたようで、みんな拍手や歓声を送っている。わたしも少しほっとした(何に対して?乗務員がひとり救出されたことに)。そして救急車の凱旋が始まった。気がつくと機体の上に誰かが立っている。観衆はみな彼を「ロレンツォよ!」と興奮している。
誰なんだ?あのひとは?
そして、彼は腕を挙げて、グーサインをした。
観衆はまたもや歓声と拍手をして、彼にグーサインを送った。その反応を受け取ると満足したように彼はスマホを取り出し、カメラ機能でわたしを撮った。すると、観衆はそれに呼応し自分のスマホを取り出し、何かを確認した。ツイッターのようだった。顔を上げるともう彼は消えていた。
誰なんだ!?
彼がいなくなると人びとは解散したようにどこかへ散らばっていった...
通行人になったひとりに聞いてみると、知らないのかと驚かれた。
「彼の名はロレンツォ・アルマーニ。NGOオペレーション・プレアデスの魅力的なCEOだよ。救世主さ。」と説明してくれた。
墜落も、彼の救世主たる武勇伝のひとつにでもするつもりだろうか。