(小説)砂岡 3-0 「海」
3本のクレーンが一斉に90度回転する。
管制室でボールペンが鳴る
「作戦開始まで3 2 1」
薄暗い海に突如として明かりが灯る。
BPとでかでかと掲げられたロゴが照らし出される。
ブリティッシュ・ペトロリアムHK21「通称:スレイプニル」
「主電源回復」
「対空ミサイルを含むすべての武装を解除」
勝手知ったるメイドイン大英帝国
「トランスポンダ―解除」
ガーン!すべてのサイレンが鳴り響く。汽笛によく似た叫びは電子信号に変換され光ファイバーを伝ってゆくはずなのだが
「爆破」
「爆破」
サイレンはそれっきり、その役目を終えた。
「パイプラインの接続を完全に遮断しました」
「爆破」
「爆破」
「定点保持アジマススラスタ起動」
「船首150度方向へ、取舵」
「アンカー浮上」
「巻き取れ」
テーブル構造物の維持に必要な最低限のアンカー15本だけが急速に船体へ引きずられていった。
「潜水部隊、作戦開始」
「先遣隊によりFSRU掌握」
「はじめろ」
急速に引き上げているドリルパイプから泥水が噴き出る
「ACV突入しました」
空が騒がしくなってきた。12隻のホバークラフトから搭載された重機が見える。いつの間にかだばだばと英国海軍所属のCH-47が12機のUH-60を引き連れてやってきていた。それらがコンテナごとパワーショベルを持ち上げて、スレイプニルの必要な個所に必要なだけ置いていった。これから清掃作業が始まる。
「補助電源オフ」
「BOP切り離し完了、固定完了」
「よくやった」
これで海洋汚染においてだけは国際法に触れずに済んだ
「メインエンジン起動」
「乗員4名を拘束、これで全てです」
「12隻すべてのACV接続、いつでも牽引可能です」
「主砲いつでも撃てます」
「HK21スレイプニル、完全に掌握」
「どうせ北国からの借りものだ。さてと」
「景気づけに一回だ。波が荒い。誰にも当てるなよ。斉射」
「しかし」
「ははっ」
瞬間的に火を噴き、静まった。
艦内の全員が肝を冷やす0.3秒前に、デリックに巣作りをしにきたカモメがびっくりして飛んだ。
動く海上要塞と化したスレイプニルが向かう先は当然、イルガである。
「革命はこの上なく順調だ。」
ロレンツォ・アルマーニは自分が単に捨て駒に過ぎないことに自覚的だ。とっくに崩壊した帝国の元内務省の末端なんてそんなものだ。ちょっと気障な話し方がこの時代に受けること、それなりの美貌が、彼が「オペレーション・プレアデス」の代表たる所以だ。彼が元劇団員であり、それなりの実績を出していたことも少しは加担したかもしれない。失われた国の失われた放送局による、失われたプロパガンダ・ドラマの主演である。
「僕が、いま一部では入雅独立のヒーローたる所以。それが現実だとはね。」
自分の掌を見つめ、デリックから遠くを眺める。12機のUH-60が旋回する向こうから朝日がちらつく。朝日の向こうに見えるもう一つのリグがある。HH13アトランティスと名付けられたリグは7度傾き、2本のクレーンがハル(船体)の居住区画に突き刺さり、デリックは爪楊枝でつくったお城のようにバラバラになりそうだ。今にも崩れそうな揺れる波の上でアトランティスは小高い砂の丘を作り出している。
彼は楽しんでいた。
「終わりが来るその日まで、踊り続けよう。」
かつての大国があっという間に滅んだように、どんなに偉大な理想もある日突然、簡単に壊れてしまうものだ。ロレンツォ・アルマーニは「この国」でもそれが近いことを感じていた。
傾いた巨大なリグはそれを暗示するのに、十分と言えた。
バサッと親会社のBPのロゴが入ったジャケットを脱ぎ捨てる。それは少しだけ風で巻かれたのち、漆黒の海に消えた。
海がやってきたのだ。