(小説)砂岡 3-5 「2015年」
晴れてきたのはいいんだけどさ。うどんしか食べてないし、どっかで寝ないといけない。南風がびゅんびゅん吹いていても、さすがに夜は冷える。という拉致されたわけで、おばあちゃんやエリザベスにはその責任を負うべきだ。わたしにご馳走とふかふかのベッドをくれたまえ。というか、その問題はどうした。なぜ、わたしはここにいる?
そりあえず宿を探さなければならない。この街には24時間営業のファミレスもなければファストフード店もないのだ。そもそも昼間にだってそんな施設があるとは思えない。
野宿は勘弁してほしい。ママに怒られる...こともないか。どこかへ行かなければならん。しかし、どこのホテルも入口は閉まっており、チェックインはできなそうだった。仕方ない。
この街にはいくつもの難民キャンプ(公認の難民ではない)がある。そこに一晩だけ泊めてもらおう。
まったく、夢落ちってことで、そろそろ目が覚めてもいい頃合いではなかろうか。こういうとき、なんだかんだで上手くやってしまうから、ダメなんだ。ダメじゃないけどさ、ママとパパの両方の血を受け継いだわたしの宿命である。
墜落現場の近くで明るい場所はひとつしかない。たぶんあの塔の下が難民キャンプだろう。
「はぁ。ひっどいなぁ。もう。」
キャンプは予想以上に広大だった。縦にも、横にも。東西が分裂していたときに建てられた直方体の建物に難民はそれぞれあてがわれた。アレクサンダープラッツ、それがここらの名前だ。名前は重要だ。誰だアレクサンダーって。
さて、一部の公道を塞ぐ形でテントが並んでいる。動いてんだかバグってんだかわからない世界時計とやらはソーラー充電式のようで、ぴかぴか明るい。クリスマスかな?原子模型みたいな彫刻と数字の羅列がかっこいい。
胃に素うどんがまだ残っていたが、ここでどんなものが配給されているのかに興味があったので、駅のインフォメーションセンターに寄るついでに、見ていくことにした。
「一日だけ泊めてもらえませんか?」
ここに来て初めて自分がとても軽率だと気がつく。ここは難民キャンプなのだ。観光気分で一日だけ泊めてもらえるなんてよく思えたものだ。しかし、返答は以外にも。
「お一人様ですね。E319へどうぞ。10人部屋になっております。それとも個室をご希望でしょうか?その場合は料金が発生しますが。」
親切だった。
「い、いえ、ここでいいです。」
「かしこまりました。当キャンプを利用するのは初めてでしょうか?」
「はい!」
テンションも上がってきた。
「あなたのことを何と呼ぶべきですか?」
「ハルキ、でいいです」
「カタカナで、ハルキさんですか?」
「はい。」
「登録します。」2秒「発行しました。パスポートです。」
「お受け取りください。ハルキさん。」
「こちらが館内図になります。御持ちください。こちらが最寄りのトイレ、非常出口、2階には軽食も用意しております。貴重品ロッカーはこちらです。こちらが女性用風呂、こっちが普通用、こっちが男性用です。個別のシャワー室は15分で済ませてください。ここが食料の配給場となっております。食料は様々な嗜好に合わせてご用意しております。館内図の裏にメニューがございます。説明は以上になりますが、ハルキさん、ご質問などございます?」
館内図は学校で配られるプリントみたいにぺらぺらしていた。
いや、レストランじゃないんだから。
「あの、電源は?」
「お部屋にございます。コンセントは共用ですのでトラブルのないようご使用ください。蛸足ケーブルは生活支援品コーナーにてレンタルしております。Wi-FiのIDとパスワードはお渡しした館内図にホッチキスされております」
ここによく似た場所を知っている。
ネットカフェだ。
行ったこと無いけど。
E319「りんご棟319号室」は驚くことにメゾネットだった。
その3階にあたる入り口にはひとり畳1畳分のくらいのスペースがあってずらりと難民が寝たり照明を付けて本を読んだり、スマホをいじったりしている。すごい景色だ。驚くのはこっそりセックスをしているふたり組がそこにいることだ。
女性部屋として入れてもらったので、もちろん、男性とではないし、静かに「して」いる。周りも自分の時間を思い思いに過ごしている。いやいや、そういう問題でもない。あえぎ声とか普通に聞こえますけど。大丈夫なのだろうか。大丈夫ってそれはわたしの感覚こそ大丈夫なのかと彼女たちの「行為」はわたしを揺るがした。
そういえば、インフォメーションセンターのひとも、言っていたように、お風呂場を3つに分けていた。個室のシャワーまで用意しているらしい。この街、イルガの趣旨がようやくわかった。革命って、こういうことなんだ。何も武器を持って戦うわけではない。みんな普通なんだ。普通であり続けられる場所がここにはある。パスポートにはIDとハルキと書かれ、裏にスタンプを押す場所があった。
また気がつくことがあった。その辺の荷物とか盗まれたりしないものかと、本当に盗まれて困るものはロッカーだろうけど、それにしたって...あまりにもあの2人組が気になって、配給をもらいにゆくのを忘れてしまっていたため、地図を便りに配給場へ行くことにした。
配給の種類の豊富さにも驚かされる。カレーや牛丼だけでなくタコス、たこ焼きなどなど。お祭りのようだ。
取り敢えず牛丼を貰いに行く。
「いらっしゃいませ!」
と明るく出迎えてくれたのは、なんと中井海央さんだった。わたしを確認したとたんに、表情がかわる。
「中井海央さん?」
「...違います。ひと違いです。」
「いや、中井海央さんでしょ。」
「どうしてここにいるのよ。」
「いや、どうしてって。」
中井海央さんは「店長!ちょっと抜けます!」と言ってこちら側に来た。
「ちょっと歩きましょう。それともお腹が空いてる?」
「まぁ空いてないけど。」ならどうして牛丼にいたのか、疑問を持つはずだ。
「まさか、わたしを連れ戻しにきたの?」
「違うよ。ただの観光。」
はぁ?自分の発言にもびっくりする。
「そうなの。」
しかし、中井海央さんの反応は涼やかなものだった。
「どうだった?この街は?って、あまり仲良くもないあなたに聞くのもだけど。」
「あまり好きじゃないかも。ちょっとわからないというか、疎外感というか。」
ここは正直にいこうと思う。
「わたしもね、そう思う。」
ふたりの間を沈黙が流れる。
ひょっとしたら、お互い感じていることは一緒なんじゃないかとも。
中井海央さんは、あのロレンツォ・アルマーニとか言う男に歓声を送るようなひとではないかと思うと、少し安心する。
安心するんだ。わたし。
「実はさっき、わたしも墜落現場にいた。」
ん?
「そんとき、あなたを見たの。」
「なら話しかけてくれれば・・。」
「あなたはあの光景を見て、何を感じた?救世主英雄の到来?王子様?」
「ううん。なんか気持ち悪いとおもった。」
「それを聞いて、安心したわ。」中井海央さんは続ける。相変わらずの口調で。
「わたしもね、この国にいたいと心底思わなくなったわ。疑念が確信に変わった。」
「あなたは・・・。」
「あっわたし、ハルキといいます。」
名前も知らなかったことに苦笑してしまう。
中井さんもわたしにつられて表情が柔らかくなる。
「では、ハルキ、ハルキは、わたしをミオちゃんって呼んで。」パスポートを見せる。
「ハルキはどうしてこの国に?」
牛丼屋での質問を繰り返す。
「ダーカーラ、観光。ミオちゃん」
ミオちゃんが笑った。はじめて見るミオちゃんの笑顔だ。ほっぺたがかわいい。
「ミオちゃんって、まぁまぁ可愛いよね」チラッと、もいっかいミオちゃんの顔を見る。
「ありがとう。あんまり言われたことないから。」と俯く
。
「ミオちゃんは、どうして?」
お互いもうわかりあっていた。
それはこのイルガの窮屈さゆえだろうか。
「確かめるためよ。あなたと一緒。」いや、すみません。実はエリザベスに拉致されました。と今更言えるわけもなく。
「わたし、明日、帰るんだ。」
「そう。」
おでん屋さんがふたりの前に現れる。というか私たちが歩いた結果として、おでん屋さんの前に私たちが到着する。
「ハルキは食べる?」
「うん。そうする。」
次第に寒さを増してゆくイルガ。
満点の星空の下、ふたりはおでんを食べる。
「これ、ちくわぶ。」
「知ってるわよ。」
「これは?」
「がんも。」
「がんも。」
そして、完食。暖まった身体で、冬の空を見上げる。
「わたしもね、実はレズなんよ。」
語尾を少し、誤摩化した。そこの鍋ぶたを真剣に見つめて言った。でも、それでミオちゃんは理解したようだ。
「わたしはレズです。」
ふたりとも笑った。
「わたしも、明日、ハルキと一緒に帰ろうかな。」
「お店、どうするの?」
「店長もお店やるきないみたいだから。近頃畳むんだって。だから、止めどき探してたんだ。」
「いまが止め時?」
「もっと前に止めるべき、というか、ハルキみたいに、観光だけで終わらせればよかったって思うよ。わたしにはその勇気がなかった。イルガの理想を信じたかったの。ハルキもでしょ。」うーん、うん。
「わたしは自慢じゃないけど1日で、もう懲り懲りだなぁ。」
「さすが。勇気あるな〜。ハルキはさ。」
自分が嘘をついているのか、どうなのか、よくわからなくなっていた。
「ハルキ、今夜はうちで泊まりなよ。あそこじゃ眠れないだろうし。」
ミオちゃんは塔を指差して言う。えっ誘われてる?少し照れるの?照れてるの?あのメゾネットの2人組を思い出す。
「わたし、この生活、慣れちゃうかもよ。」
「ハルキ、それは希望でもあり、絶望だね。」
「だね。」
「この国で誰とも知らないNPOだかのよーわからん人間に養われ続けて、おざなりの革命を演じるなんて絶望よ。」
ミオちゃんはわたしよりもいろんなことを知っているに違いない。
「泊めて貰おうかな。」
「わかった。」
翌日、旅立ちの朝は早かった。
なんてこともなかった。本当に一緒に寝ただけだった。待ってたって?
わかるかそんなもん。
ミオちゃんとわたしはなんとなくだけれど、この先上手くやっていけるような気がしていた。友人として。
秋が来て、海が来て。
海岸はせわしなく動き続けるACV(ホバークラフト)で一杯だ。これから、水のある海の長い冬がやってくる。わたしが向き合わなくちゃいけないことがたくさんある。海。
わたしもミオちゃんも。ふたりとも、しのぐ冬だ。
自分たちなりのアプローチで、世界と向き合う。
大人になったわたしたちが何をするのかは、また後日談ということで。
END
「んな、わけねーだろ!何じゃありゃ。」
私たちの物語はここで終わらない。