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(小説)solec 2-3「出撃」


「こちらミューズ隊一番機、離陸します。」

「こちら2番機。タワーへ。アライアンス確認、無人支援機タイガーアイ4機と離陸する。」

「タワー了解。」

「こちら3番機、離陸する。2番機が離陸した。作戦通り基地の西側Hardy Barracks上空で合流後、Vポイントへ向かおう。」

自力で基地へ戻ったジャンとニコラによって安藤水子の誘拐が確認されてから、状況判断、作戦会議、救出作戦の発動までのシークエンスに7分もかかった。理化学研究所は基地の目の前だ。移動には差して時間は掛からない。3機の戦術ヘリ、ローレンツU-28E改、通称「アモスⅡ」はVポイント(理化学研究所第三資料棟)に向かった。各機は1番機に5人、2番機に3人、3番機に2人、計10名の完全武装の隊員を乗せている。二番機が基地を東西に走るメインの滑走路から離陸したため、最もVポイントに近い。天候は晴れ、灰色の地上と対照的に広大な空は青く染まっている。隊長機の二番機はVポイントに先行して隊員3名を降ろし、1と3が続く・・・はずだった。

「待て。こちら作戦本部、カラーが何か捉えた。ん?高速で接近する物体ありとのことだ。南東、4時の方向。3つだ。識別はグリーン。だが、作戦上存在しない飛翔体だ。」

「RPG?どこから!?」3のパイロット。

「待て待て待て。こいつは、巡航ミサイルだ。」

緊急回線:「うちのじゃない!低高度から侵入、4時から時速700キロ!距離3000、真っ直ぐ来るぞ。回避しろ!」作戦本部より。

 並走する1番機と3番機が急旋回後、急下降する。2機が我先にと競うように基地南側の廃ビルの谷間へ突っ込む。狭路にビル群が迫り来る。かなりの速度で谷間を飛んでいるので変に揚力が加わる。そのために機体が小刻みに揺れ、きしむ。側方を飛ぶコンクリートの塊。浸水した街に鳴り響く2機の金切音が沈んだ空気を切り裂く。その瞬間、波打ち際の交差点の先、600m上空を一本の線が走り抜けた。近い!。続いて「ドンッ」という鈍い爆音。

「着弾!俺たちの突入ポイント、理化学研究所第三資料棟に・・・」

無線に2番機パイロットの声が響く。1番機と3番機はビルの谷間に避難していてVポイントを目視できる高度にいない。しかし、ミサイルが飛んでいる今、上空にいる方が危険だ。

「2番機!そこから見えるのか!?下がれ!」

言っている間に、もう1発着弾。衝撃が交差点を横に流れ、そして白煙が上へとだらだら伸びる。

「おい!」

2番機パイロットが叫ぶ。機体が倒れる。2番機のすぐ下を巡航ミサイルが駆け抜ける。一瞬のストール。身体にベルトが食い込む。隊長のブライアンは光が差し込むのを見た。そして前方の窓にはっきりと滑走路の十字を捉えた。加速。地上すれすれで持ち直す。その直後、HUDの下にある熱源探知機の緑色の画面が真っ白になる。砂、泥。操縦席に差し込む陽光も消え、機内はわずかな照明を残し真っ暗になる。

「何が起こってる!?」

「ハダス(HADS:ハードキルアクティブディフェンスシステム)が効かない!」

「さらに2本!」

緊急回線:「特定、あれは台場の無人の駆逐艦から出たもんだ。それから30秒ほど前から軍とのデータリンクが侵されて機能停止していた。」
ブライアンは手持ちの情報板から今の無線の情報を確認して、叫ぶ。他の隊員に聞こえてはないだろう。うちの情報解析部からの情報だった。

「ブライアンだ。解析部聞こえるか?そのコルペットはうちのか?」
違うだろうが、敵なのか?味方なのか?

機体が大きく上下に揺れているが、ブライアンは冷静だ。

緊急回線:「決まってるだろ。」

2番機はなんとか立て直した。ブライアンの顔に陽光がさしこむ。また地上が見える。さらに研究所へ直撃。資料棟の外壁が木っ端みじんに吹き飛ぶ。

緊急回線:「救出作戦を継続させろ。」
現場主義の維持隊は現場の指揮者に作戦における多くの権限を任せている。ブライアンには作戦の続行を主張する権限がある。

さらに直撃。砂埃が吹き上がり、棟周辺の地盤が縦に盛り上がり爆発する。もはや資料棟の姿は見えない。

緊急回線:「当たり前だ。村長。」
作戦部より返答が戻る。よく気の知れたミーナ部長である。彼女は内戦中の東パキスタンから来たヒンドゥー教徒だ。陽気な性格から部下からの信頼がひときわ大きい。

緊急回線:「要救助者の生存は確認できている。」

「聞こえてるか!?続くぞ、3本!」
作戦部との緊急回線に隠れた合図、ADIがリズムを打っている。さらに打ち込まれる巡航ミサイル、その炸裂音。

緊急回線:「すまない。回線が込み合っている。要救助者・安藤水子は地下にいるようだ。15秒置きに衛星を変えて作戦部に中の映像を送ってきている。」

「中の映像を?」

緊急回線:「そうだ。その映像から察するに・・事態はかなり深刻だ。いまは時間がない。護送用のAFVとHMVを2台ずつ向かわせた。この天気じゃあ下から行くしかあるまい。映像は送ったよ。村長。」

「了解。」
だが、地上からでは水没した区画を迂回するはずだ。

ミーナ率いる作戦部は混乱に陥っている。モニターの映像には、あたりが暗いが、壁が崩れて水がぐらぐらとしみ出している。どうやら地下のようだ。

画面の半分に指が掛かっていて顔は見えないが、白衣?ではなく白装束を身にまとった。スタイルのいい男が映っている。以下、音声

「というわけだ。我々の美徳は、ほとんど常に仮装した悪徳に過ぎない。君の教えはなにかね?無宗教です。だが、その思想にカトリックが根付いている。僕たちは君たちの敵だ。いいね、僕は精一杯悪を演じる。だから君たちは精一杯、正義を演じるといい。」

狂ってる。

軍の狙いは俺たち救助隊じゃない。ここの研究施設にはやはりなにかある。それも要救助者・安藤水子とここの研究者らを取っ捕まえればわかるはずだ。

緊急回線:「おい、2番機!ブライアン村長!生きてるか?」

「おい!さっきからうるせ。少しは落ち着いたらど・・・」途切れる。

緊急回線:「タイガーアイを先に出せ、軍の連中の考えることだ。証拠隠滅ならこの程度じゃないはずだ。村長。」

村長というのはブライアン率いるミューズ隊のミューズという名前が関係している。ブライアンは純粋に自分の故郷の名前を部隊の名前にしたのだが、ある日、部下たちが嗜む夜のおかずの映像メディアの配給元がミューズテレビということが判明した。さらにミューズ専属の有名AV男優のファーストネームがブライアンだったこと(彼の国籍は東ワシントンなのだが)が災いし、彼は大人気作品「ブライアン村長の初夜権事情」にちなんで、ブライアン村長と呼ばれているのであった。


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