(小説)砂岡 2-3「もぐら」

※センシティブな表現が含まれます※

 ママを待っている間、わたしはずっとスタバにいる。カップにこびりついた泡たち見てふと、思った。いま、この瞬間も搾取され続けているネクロポリスのひとびとのことを。ネットのニュースで見たことがある。そこには信憑性は定かではないが、もっともらしい残酷な写真がいくつもあった。この砂嵐と父のホバークラフトと啜ってみるかどうかとか考えていた泡たちとが繋がる思いがした。
パパ…
胸がぎゅっとしまった。塩崎の時のように。

 クラクラしてきて、このスタバの空間がとても異様に思える。ある歴史上の一点から外れてしまっているような感覚。この物語にはあまりにも不釣り合いな空間で、椅子からずっと先にまで落ちそう。

「3、2、1。」

突然、一杯のコーヒーが波立つ。

聞こえてきたのは甲高いリズムだ。

ジャズ?ジャズだ。

顔を上げて、ガラス越しに演奏者を探す。

5人組の正装した男女。

いきなりのアップテンポで観衆を惹く。

土竜だ。

マーブル市の地下名物と言うと少し不謹慎だが、ときどきこうして地下で音楽を奏でるひとびとがいる。そのひとたちを土竜という。土竜は警察や鉄道警備員たちの目を搔い潜り、常に場所を変えながら、演奏するのだ。そりゃ地上でやればすぐに見つかるが、マーブルの複雑化した地下空間だからこそ、地上より長く演奏できる。

 しかし、通行人やスタバの客の中には土竜のゲリラライブをよく思わないひとびともたくさんいる。

土竜をやるひとびとの多くが移民や同性愛者だからだ。
社会からの外れもの。

トランペットの音がスタバのBGMを書き換える。

 当のわたしだって、レズビアンだからと言って、こうした活動を全肯定できない。これはれっきとした地下鉄やスタバへの営業妨害だし、ジャズが苦手なひとや急な大音響が苦手なひとには音楽を利用した暴力と捉えることもできる。こうした活動をするせいで、逆に同性愛者や移民労働者のイメージが下がり、かえって抑圧に繋がるのでは?とも、思う。

だけれど、今日のイマのわたしはジャズが好きだ。

 入雅の自治問題がこうも身近に感じられるのも初めてかもしれない。

自治…どうして彼らは自分たちの国を持ちたがるのだろう。

パパの乗った船を3日間も入港拒否して得られる自治とは一体何なのだろう。

民族でもない、宗教でもない。

さらに、一体なにを根拠に独立するつもりなのだろう。一体、誰のために?

わたしは入雅に住みたいだろうか。

 絵踏みみたいなのはないし、カミングアウトさえ気をつけていれば、いまの社会でも十分生きてゆける。いつかまたこの街で新しい彼女だって見つかるかもしれない。ふぅ。最悪。

 妹みたいに外国へ行ってみたい気もするけど、わたしはこの街がなんだかんだで好きだ。スズメの丘から見る海や夏の砂漠が好きだ。そんなこと言ったら、祖母はあきれてしまうかもしれないけれど。祖母がいつも言う入雅独立論には具体性が欠けているように思える。

 わたしは、わたしはむしろ、ここで生きるべきだと思う。この街で生きたい。それができなくて、同性愛者はみんな入雅の楽園へ行ってしまって、この街の彩りがひとつ失われてしまうことはよくないと思う。あたかも初めからそうした問題などなかったかのように、この街が発展するのは彩りに乏しい。

そこへ鉄道警備員が警察官を連れてやってきた。土竜の演奏家たちはそそくさと演奏を止めて片付け始める。

わたしはもっとずっと聞いていたかったのに。

それも、しょうがないことだ。

ポケットから太ももに振動が伝わる。ママのスマホだ。着信がママからである事を確認する。








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