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(小説)solec 2-2「ふくろうさん」

「もしかして、やたらとこの街をうろつくのが気に障りました?」

「その通りです。安藤さんはこの街が初めてのようですね。まったく、これだから・・・。どうせソレクの温室育ちなのでしょう。まぁここでは私も安藤さんと同じ立場の人間ではありますが、自分の街が土足で踏みにじられる気分は最悪ですねぇ。」ふくろうさんは気違いらしい。

「どういうつもりですか?」私は怒るべきか?

「安藤さんは怒っている。私がふざけているとでも?」

きっとふくろうさんは独り言を言っているのだろう。ふくろうさんは歩き出した。私も同行する。やや離れて警護のふたりも。

「ここの自動販売機の缶コーヒーは高いですよね。この街で10円の缶コーヒーを買うのは誰でしょう。あなたはご存知ないでしょうが、この街では白米100gが18円近くもする。君たちの国ではいくらかね?そもそもお米は食べないかな。食パン一切れに値がつく、しかも4円くらいだ。裕福な君たちとは違うんだな。すでに貨幣交換制度そのものが崩壊しつつあるがね。」

アーチの下を通ると、商店街が展開されている。食料品店が立ち並ぶ。店頭には、ジャガイモ、サツマイモ、サトイモなどの芋が多くならぶ。日本語表記の看板の羅列「食欲の秋!大特価!新潟産コシヒカリ・1キロ199円」一昔前のこの国の主食が白米だというのが嘘のようだ。芋が1キロで50円。高度経済成長後の国家分裂とその後の戦争を経て、東西で内情は大きくことなることとなった。西日本のあの美しく広がる田園風景は東にはない。

 「中央政府の役割は専ら国境の維持と脱走者の阻止だ。国民は死なない程度に生かしておく。」

「ところで、安藤さん?何歳?」

「24」

「44」

一瞬の沈黙、商店街の横の細い路地に入る。太陽光がビルに遮られ暗くなる。配管がぎっしり壁に這っているが、その下の壁は老朽化し、今にも崩れそうだ。基地側の壁と対比をなしている。
奥の角に青白い明かりがある。自動販売機である。

「安藤さんは21世紀生まれか。2001年・・・。感慨深いね。われわれの歴史は20世紀に大きく変わった。その中心にあったのは、残念ながら私たちの国ではなかった。私たちの国はその煽りを受けたに過ぎないだろう。中心、そう、中心は安藤さんの生まれた国。ソレク共和国の方でしょう。」

 自動販売機の前で止まる。自動販売機にはサントリー社の「挽きたて 濃厚コーヒー(微糖)」だけが並んでいる。すべて6円だ。中村さんは沈黙している。私には返すべき言葉はない。

「安藤さん、あなたが、このコーヒーを買うのです。そのためにここまできた。」

角の向うには、団地が並んでいる。


 私たちは来た道を戻り、さらに、先の干涸びそうな6つの直方体を通り過ぎて基地の前を通り、さらに基地のマイクロ波受信用パラボラアンテナの前のT字路を左に曲がると、理化学研究所の正門に到着した。商店街からここまで、一直線。

「この研究所がいろいろ複雑な事情の上にあることは知っていますよね。」

ふくろうさんは入り口の軍人に身分証を見せた。私も入国証とソレク本国の人間の証明であるPPC(カメラ付き)のIDページをみせ、入所手続きをした。

「さて、所内をご案内いたしましょうか。」

ふくろうさんの目線の先には、白衣ではなく白装束を着た20代後半とおぼしき男が、じっとこちらを見て立っていた。


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