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傷ついたヒロインと都合のいい男の僕

花の色は
 移りにけりな
  いたづらに

わが身世にふる
 ながめせしまに


高校の時分

俺は競技かるた部だった


最初から競技かるた部ではなかったけど…

男子としては、結構強い方


よく団体戦で副将を任されていたくらいに



そうなる前の俺に、競技かるた部への入部を薦めた同級生がいる


和:卯川、弓道なんかやってないで
 かるた部いきなよ


○:なんだよ、俺が弱いってか?


和:身が入ってないなら、そうしなってことよ


凛々しい袴姿

凛とした表情

 


中学時代に見惚れた姿が、さらに磨きをかけていた



そう、元々俺は弓道部だった


昔テレビで見た袴姿のかっこよさに、わざわざ隣の市にある弓道場まで通って習っていたほど


俺は弓道に魅せられていた



そんな俺は、中学は部活に入らず図書室で勉強し

弓道の日なら弓を引く


そんな日常を送っていた




ある日、図書室の奥にある準備室で

百人一首クラブが、数人で対戦をしていた


その時、俺の頭にある歌が

スパンと突き刺さるように記憶された



それがどんな歌か気になった俺は、家のパソコンで調べてみた


○:小野小町…


世界三大美女に数えられる平安時代の歌人で

伝説の多く残る謎多き人物



○:小野小町…ね…

調べてから数日、頭から離れず弓を引くときも雑念のせいで親指を怪我してしまった


そんな状況でも出なきゃと、無性に意気込んでいた俺は無理を押して大会に出た


そして、その大会のとき


井上を見つけた

○:あぁ、綺麗だな…
 あんな綺麗な人も、弓持つんだ

しかも、井上の道場はそこまで強い人間がおらず

すぐに消えてしまったことで、あまり他人の目に止まることがなかった


そんなこともあって俺は、中学生の勘違いで


神がこのために、俺に無理をさせたんだと信じ込んだ



師:おい、○○
 次お前だぞ


○:いやいや、こんな重要な局面で俺出します?


師:無理言って出たのはお前だろうが
 その分やってこい!



なにかの悪戯で、俺はその大会で道場を2回も救う結果となってしまった…




そして、俺は部活に入らず勉強と弓道に勤しんだ結果


強豪弓道部のある高校に受かった


○:これで、もっと上に行ける


その高校を受けた理由の中には、もしかしたら井上も同じ高校を受けるかもしれない

というのもあった




時は流れて、弓道部でまあまあの結果を残していたとき


奇しくも同じ高校で、弓道部で再会した井上

ー 井上自体は、何にも接点のない俺のことを覚えていなかったけど


和:卯川


○:何、井上


和:あんた、百人一首得意なんでしょ?


パンッ


○:いや、古文が好きなだけなんだが


いきなり突拍子もないことを聞いてきたから、射外してしまった


和:あっそ…


パンッ
  

井上の方は、的の内側にしっかりと決めた


○:何でそんなこと俺に聞いた?


和:…理由がなきゃだめなの?


○:いや、教えてほしいのかと


すると、井上は弓を持ちながら笑った


和:私、そこまで成績悪くないから
 どこぞの数学赤点の人と違って


○:いや、あれ赤点じゃないから
 定期テストじゃなくて、小テストだよ
 小テスト



先:卯川、さっき外してたんだから
 井上と話してないで、集中しろ


さっきまでいなかった先生が、現れて

俺だけが注意されてしまった


はい

と答えて、横を見ると


知らん顔した井上が、弓を構えていた


○:切り替え早いな、お前
 将来女優になれるぞ


和:はいはい、どうも
 赤い兎くん



こんなおちょくり合う関係が、なんだかんだで俺は楽しかったし

居心地良かった



けど、ある大会終わりの帰り道


和:卯川、アイス奢ってよ


○:何でだよ


和:私に成績で負けたから


○:へいへい、わかりましたよ
 井上先生


ふざけながらも、アイスをコンビニで2つ買って井上の元へ戻るために走った


その時だった



和:っ!
 卯川、車!


○:へ?


真後ろから来た車に、追突されかけた


その拍子で、ソフトクリームも落としてしまった


○:…やべ


和:卯川、大丈夫?


その車は、俺のことを無視して走り去ったあとだった


○:あぁ、なんてことねぇよ
 少し足打っただけ


和:そっか…
 ならよかった…


○:ごめんな、アイス落としちまって


和:いいよ、あんたが無事だったんだし
 あんたのアイス貰えばいいし


心配してくれていた言葉から一転

俺の右手に握られていたアイスの実を奪って

口を付けた


○:…ちっ…


和:ほれほれ、食べたかったら
 いいんだぞ?


○:結構結構
 俺に非があるんだから文句は言えん



強がりと、ふざけの延長で腕を組んだ


その時


腕に

正確には肘に、痛みを感じた



和:置いてくぞ、兎


○:だから、その呼び方すんな!


まだ、さほど何かの支障が出るようなものではなかった




その日を境に、練習時に左の肘への違和感を覚えだした


先生に聞くと、多分テニス肘かなんかだろうと言われた


先輩や後輩も、そう思っていて


気をつけろよ  

とか

先輩、カッコ悪いですよ

とか言ってきた



しかし、井上だけはそうは言わなかった


そればかりか、誰よりも厳しく俺に物を言うようになっていた


和:痛みに甘えるな


和:怪我してるからって、練習サボっていいの?


そんなふうに言われると、さすがの俺も頭に来る



競技かるた部に転部しろと井上に言われたとき

内心、もう我慢の限界で殴りそうだった


○:おい、井上
 お前そんなに俺に弓道やめてほしいか


和:怪我に甘えて、集中もできない卯川は目障り


○:お前な!


怒りのあまり立ち上がった俺に

応じるように井上は立ち上がり


和:最後に言うけど


とすごい剣幕で俺に言った


○:なんだよ


頭に血が登った俺は、距離を詰めた


和:あんたがそのままだと…
 私が苦しい
 私のせいで、あんたの弓道人生だめにしたって思っちゃう…
 

あの剣幕から出てきた言葉は、非常に弱々しく

声すらも、打って変わって泣きそうだった


○:い、井上?


急な変化に焦った俺は、声が上ずった


和:あの時、私のアイスを落とさないように無理して
 あんたは、そうなった…
 私は知ってる…


淡々と、声をもとに戻しながら井上は話す


和:だから、もう…
 あんたの痛々しい姿、見たくないよ…


泣きそうなほどに籠もった声

俺は、井上のことを見ていられなかった



家の近くの梅が咲いた頃


酒を飲める歳になった俺は、浜離宮庭園の近くに車を止めて


人を待つ


まあ、待つのが嫌いな俺が待つ人なんて悪友か、長続きのしない彼女か

あいつしか居ないんだけど


暇つぶしに悪友とLINEをしていると


○:お、来た


あいつがやってきた


和:待ったとか言わせないからね


少し怒りながら、持っていたポーチを俺に投げた


○:おいおい、投げるなよ
 落としたら怒るだろ、お前


和:当たり前でしょ?
 ほら、乗せて


鍵が開いていることを知らない、こいつはカタカタとドアのそれを引いたり押したりする


○:もう開いてるよ、乗れ



俺は運転席のドアを開けた


和:開いてるなら言ってよ!  
 恥ずかしいじゃん!


そそくさと助席に乗った



○:ポーチ
 お膝に置いてくださいね〜


和:人を子供扱いしないでよ


と言いつつ、言われた通り膝に置くあたり真面目だなと思う


○:じゃ出発するぞ
 和


和:はいはい、早く高速乗ってよ
 ○○



高校時代からの名字呼びは

紆余曲折あって、名前呼びになり


遠慮というものが、もっとなくなった



○:よくまあ、今回は弾丸京都旅になんて言ってくれたな


和:行ってなかったから、全然


○:理由軽すぎるだろ
 一人で行けよ


運転しながら和をいじる


和:一人で行かせるわけ?
 冗談じゃないよ


シートを倒しながら言う


和:ただでさえ旅行できない仕事なのに…
 自分でやったことで失敗したら何も楽しめないでしょ?


○:それ、和自身を馬鹿に思えるのと共に
 俺を道具としか思ってないことバレてるぞ


和:まあ、その通りだし


○:認めるなよ


こんな見た目でも意外と抜けてる一面が多い和は

一番安全な人間にプランを組むことやらなんやら全部任せるらしい…



それ即ち、俺は男として見られていない可能性がある


いや、多分そういうことをするような関係だと思われていないし

俺も思っているから



和:私寝るから、パーキングエリア着いたら起こしてよ


○:はいはい、了解


人の車にあったクッションを抱き、和は寝始めた



○:事故んないようにしないとな…


何回も和の弾丸旅行に付き合って、色々な土地に行ってきたが

緊張しない時なんてない


それは、命を預かっている

というのもあるが

一番は


○:いつ見ても、綺麗だよな…


まだ俺が、和のことを諦められていないから


高校から、どちらも大学にいったが


俺は起業した兄の会社に呼ばれて中退


和は家の事情があって中退した



何でも、両親が離婚したせいで弟と母を食べさせていかなければならなくなり


働かないといけなくなったとか



その間で、俺と和の関係は曲がって曲がって

更に曲がって


今じゃ、こうしてプライベートすらよく知る少ない者の一人になった


○:はぁ…
 10時間かかるんだよな、京都って…


新幹線とか飛行機を嫌う和

そのため、どこ行くにしても俺の車だ


現在の時刻

朝の5:00


つまり、16:00前に京都に着く計算


○:海老名のサービスエリア空いてれば入るでいっか


高速に入った俺の車は


まだうっすらと暗い世界を掻き分けながら

一路京都まで、向かう



○:和
 起きろ


和:んっ…
 んぅ〜


海老名サービスエリアが、思いの外空いていたから

ここで朝ご飯を取ることにする


○:海老名サービスエリアだぞ  
 朝ごはん食べるから、ほれ降りて


肩を揺らして、とりあえず起こしたはいいものの


寝ぼけてるせいか、一向に降りようとしない


○:はぁ…
 和、降りないのか?


要求だけ聞いて、買ってこようかと思った矢先


手を大きく俺の方に伸ばして


和:ん


○:え、何


和:んっ


今度は少し怒ったように手を伸ばす


意味を理解した俺は


○:この前の彼氏にしてもらえなかったからって…
 人に要求すんなよ、お前は…


和の少し軽くて、簡単にさらえそうな体が背中に乗った

そのまま足でドアを閉め


○:何食べたいか、決めといてよ


和:ん…


さっきから、“ん”しか発しない和と会話しながら

サービスエリアの建物に入った



とりあえず腹にたまるものがいいから…

と後ろでお土産に目を光らせる和を制しつつ


○:和、お土産はまた今度にして
 らーめんあるけど、食べる?


目の前に見えた、確実な美味しいとわかる店構えをしたらーめん屋を和に提案する


和:さくらいぇびの、おにぎいあうよ


和が指さしたのは、桜えびのおむすびだった


○:んじゃあ、らーめん食べて
 小腹空いたときように、おにぎり買おうよ


和:わあった


寝起きの5歳児和と会話しながら、らーめんを頼んだ


○:こぼすなよ?


目の前に置かれたらーめんを、まだ眠そうな目で見つめている和

絶対こぼすと思った俺は声をかけた


しかし、帰ってきた返事は


和:うん、こぼす


○:…は?


頭が働いていない和に、らーめんは無理だったかなと思いつつも

食べてもらわないとしょうがないので


味付け卵の乗っていた小皿に、和のらーめんを一回一回移して


○:はい、あーん


和:あ〜


餌付けして食べてもらった



和:○○、上手
 彼氏よりうまい


○:いつのだよ


とツッコミを入れつつ


俺自身の分も平行しながら、食べた



どうも、口を動かして胃にものが入ったこと

日差しが差してきたことによって


食べ終わる頃には起きてきた和


そのままおにぎりを買って、車に戻った


和:あ、飲み物買ってないじゃん!


○:トランクからクーラボックス後ろにおいたから
 シート倒して取れるようになってるよ


和:え、○○天才?
 


○:慣れだよ
 慣れ


少しだけ遅れた分を取り戻すため

外車という利点を活かして、80キロで空いているときは飛ばした


和:うわ、やっぱ速いね
 この車


○:そら、外車だしね



あ、いつもこんなふうに飛ばしてるわけじゃないですからね?

京都とか、お店閉まるの早いから

飛ばさないとなってだけです、はい…


和:これなら、早く着くかな


○:ま、それは任せとき


遅れることも、プラン内だから



16:00前


俺と和はとりあえず清水寺に来た


意外にも、一般道が空いていて思ったよりもスムーズにここまで来れた

清水の舞台をバックに、自撮りする和


○:次の彼氏に見せたりするの?


とおちょくると


和:フラレて落ち込んでるのに、そんなこと言うな
 ここから突き飛ばすよ



○:怖っ…
 てか、それしたら和どうやって帰るんだよ


和:ヒッチハイク


○:食われるぞ、面食いに


こんな会話ができるのも、多分こじらせた関係だからこそ


とりあえず、清水寺でお守りを買って

お参りもして



○:一回チェックインしてから
 また巡ろうか


和:そうだね、その方が安心するし


一回宿まで行くことに



取った宿は、風情のある旅館


仲居さんに案内してもらって、部屋までついた


途中、廊下で


和:絶対高かったでしょ
 こんなところは


と和が耳打ちしてきた

まあ、本当は高かったと愚痴を言いたいところだけど


○:和がフラレて傷ついてる中
 安いとこ取るわけないだろ?
 少しくらいは高くても楽しんでもらわんと


あ、高いって言っちゃったよ…


和:そういうとこ、彼氏に見習ってほしい


○:…へいへい


照れ隠しで少し早く歩いた



荷物を置いて、少しだけ外をぶらぶらし始めた俺達は


和:町並みすごいね…


○:西日に照らされて、綺麗だわ…


西から照る夕陽に反射した

寺社仏閣がよく見える高台に来た


和:流石に調べがいいね
 ○○は


○:少しでも、和が元気になればってね



和:ありがと、ほんと


ここで、告白するということも一瞬考えが

この関係のままがいいと、俺の決断は逃げの一手だった



和:あ、そろそろ戻らないと
 ご飯食べる前に、一回温泉入りたいし


○:了解、戻りますか



しばらく魅入ったこの景色とおさらばして

温泉に入ることにした



温泉に入って、お互いにご飯を食べるところで待ち合わせした


和:あ、来た


○:ドライヤー、混んでた
 ごめん


和:○○、ドライヤー使うほど髪長くないでしょ


○:はい、そうです
 だから、ごめん


和:ま、素直に謝ってくれるからまだ許せるけど


ほら、入るよ


と言ってくれるのは、少し安心する


和:食べられないの、ないよね


○:まあ、スルメイカとかは出ないでしょ
 流石にさ


和:だよね


懐石料理を二人で話しながら食べ進める


勿論、和の彼氏に対する悪口が完全にメインだけど…



○:酒、飲む?


和:え、まあ…○○が飲みたいなら


○:いや、俺は車運転するから飲まない


和:じゃあ、私もいい


まあ、メリットもないかと思ってその話は流した



ご飯を食べ終わり


卓球したいという和のそれに付き合って


疲れたままに部屋に帰ってきた


和:流石に、はしゃぎ過ぎたかも…


○:和がムキになるから…
 諦めろって


和:負けたまんまじゃ、面白くないでしょ?


久しぶりに手首を使った気がする…


テレビを和がパチクリパチクリ回してる間に


布団を敷く俺


○:和、布団だけでいい?


和:だけとは?


○:車に載せてたブランケットあるんだが


 
和:とりあえずほしい


こっちを見ることなく、答えた



○:了解…
 上にかけとくね


ブランケットを布団の上からかけて、俺は自分の布団の上に戻り


缶コーヒーを開けた


高校まで飲む気がしなかったコーヒーを

飲むきっかけをくれたのも何だかんだで和だったな



なんて考えてぼーっとしていたら


和:まだ、残ってるんだ


○:んあ?


気づいたら隣に和が来ていた


俺の左腕をさすっている


○:何、怪我の話?
 今更かよ


和:当たり前じゃん
 私のせいなんだし、そもそもは


下を向く和

間違いなく過去の出来事に苛まれている


○:そんな顔するなって
 全然気にしてないし
 なんなら、俺はあれのおかげで競技かるたで活躍できたわけだし


和:でもさ…


○:大丈夫
 こんなの見てくれだけだから


自分でその傷のところを叩いてみせる


和:ちょっと○○!
 大丈夫なの?


驚いて声が上擦った和


○:このくらい大丈夫だって
 だからもう心配すんな


和:…ならいいけど


珍しく和が甘えるように、腕に抱きついてきた



○:何だよ、珍しく


和:今日は…このままで寝たい


○:いやいや、それは倫理の上の問題が…


和:○○なら、心配してないから…
 ね、いいでしょ?


泣きそうな声で、そんなことを言われると…


○:わかったよ…
 今回は和のための旅行だから


諦めてそう答えた


和:ありがと…


もう少し眠そうにしていた和と、少しだけテレビを見て寝た



翌朝、和は元気に俺を起こして

髪を結んで一人で朝風呂に入りにいった


俺は、荷物をまとめるのとプランを見直すために部屋に残った


○:ふわぁ…
 あんまり寝てないからな…


和に抱きつかれていたせいもあって、あまり眠りが深くならず

何度も起きては至近距離にいる和に驚く


そんな繰り返しだった




30分かからないくらいで、和が帰ってきて

朝の懐石料理を食べた



和:今日はどこいくの?


○:昼くらいにはもう出たいから
 とりあえず、北野天満宮行きたいけど…


車に向かう途中で、俺は言葉に詰まった


和:けど?


○:和が少しだけでも多く京都感じられるように
 街に最初写真撮りにいこうかなって


和:おぉ〜、いいじゃん
 それなら、善は急げ
 早く行こ


飛び跳ねて催促してくる和が微笑ましく

こちらまで笑顔になる




車を走らせて、いい感じのところを見つけて

近くの駐車場に止める


○:ここ、いいんじゃない?


和:お、いいね 
 それじゃあ早速…


スマホを構えて、自撮りする


和:ほらいい感じじゃん


○:腕上がってるな
 すごい綺麗やん


和:それは写真が?
 それとも私が?


笑顔で聞いてくる辺り

普通は勘違いするんだろうけど


長い付き合いで、こじれた関係の俺には


○:ん、写真


和:このまま帰ろっかな


○:ヒッチハイクで?


和:……ぶぅ…
 素直に私って言えばいいのに


○:彼氏でもないのに、俺が言っていいわけないだろ?
 俺と和って、そこまで発展しないじゃん


思っていたことを吐き出す


和:まあ、そうだけどね


さらっと流した和は、もう何枚か写真を撮って

車に戻った



そして、お目当ての北野天満宮に


和:そういえば、何で北野天満宮に?


参道を歩きながら、和は俺に聞いた


○:梅もあるし、咲きかけの桜もあるしって思って


和:有名で綺麗なところを選んだわけだ


○:まあ、それもあるけどね


他にも理由はあるんが

まだ言わんでおこうと思って、そのまま隠すことにした




拝殿まで来て、手を合わせる…


少しだけ、和の方が手を合わせている時間が長かった


○:何お願いしたの?


和:んまあ、仕事のことと家族のことかな


○:ほ〜ん


かな

という疑問形に少し違和感を持ちつつも、俺は梅苑に和を連れてきた


勿論、お金は僕が払う


○:菅原道真って、梅と関わりの深い人だから
 こうやって梅が沢山あるんだけど


和:うん


○:花見って元々梅だったんだって知ってた?


とウンチクをたれる


和:え、桜じゃなかったんだ
 意外かも


と素直に感心してくれる和が有り難い


○:でもさ、よく考えてみたら
 梅が散りかけになってきて、桜が満開になっていくでしょ?


和:あぁ…たしかに
 入れ替わるように…ね


○:だからさ、人の心もそんなもんなんじゃない?  
 移っていくものなんだよ


伝えたいことは、伝えられたかな

と少し達成感に満ちて立っていると



和が、一歩梅の木に近付いて


和:なんだっけ
 ○○が守り札とか言ってた百人一首の歌


と俺に聞いてきた


○:小野小町のこと?
 花の色は移りにけりないたづらに
 わが身世にふるながめせしまに


簡単にすらすらと答えた

そうしたら


和:私調べたんだよね
 挫折しかけたとき、○○か得意げに言ったから


あぁ、元気づけるために

少し自慢するようなことして励ましたことを思い出した


○:あぁ、あったね
 あのとき偉そうだったわ…


和:まあ、それはそうだったけど
 調べたら少し元気出たよ


梅の落ちてきた花びらを掴んだ和


和:恋やなんだに悩んでいたら、月日は早く過ぎていくし
 私も歳を取るんだよね


掴んだ花びらを、離して地に落ちた


○:そうだな 
 人の世って無情だし


和:だからさ…、私
 近くにある縁、大事にしようと思って


こっちを振り返った


俺の胸は鼓動を速くした

もしかしたら、もしかするんじゃないか


何年か越しの片思いが、叶うんじゃないか…




そんな淡い期待を抱いていた


和:近しい人と付き合うのもいいかなって
 合コンとかじゃなくて


また鼓動が速くなる


これは、もしかする

もしかするぞ



頭はもうそうとしか捉えていなかった



和:だから、○○
 


○:何?


あくまでも平静を装って答えた



和:またフラレたら、弾丸旅行よろしく


と笑顔を俺に向けた



その笑顔が、刀で胸を刺されたように

突き刺さる



○:フラレないでほしいけどな


という偽善の言葉を加えた



和:さ、どっかでお昼食べて帰ろっか


○:愛知のどこかでひつまぶしでも食べる?


和:一般道で愛知まで?


○:高速乗って、どこかで降りて
 また乗ればいいし


和:おぉ、それもそうだね
 よしっ、ラスト食べるぞ〜



まあ、この関係も悪くないか


だって、こんな彼女持ったらそれだけでいっぱいいっぱいだろうし




それに、誰かが言ったよね


片思いの時が、一番幸せだって




小野小町はある男に、自分と会いたかったら百日毎日通えと言ったそうだ


当時、何も顔を隠すもの無しに会うということは

結婚を意味する


だから、小野小町はそんな無理難題を課したのだ


その男は99日通い続けたが

100日目、男は力尽きて小野小町の家へと向かう道中で

雪の降りしきる中死んだそうだ


和:○○が、彼氏だったらなぁ…


もしかしたら、○○が積極的になれば

和は振り向いたりするのかもしれない…


和:…ないかな


あくまでも

可能性の話だが

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