薄い唇に曹達水
部活の練習試合終わり
一人とぼとぼ、この地域に用があるわけでもないのに徘徊していた時
ふと、後から声をかけられた
振り返ってみると、そこには見知った二人の影があった
旧友との再会だ
片割れは、前見た時より背丈が伸び
体型はガッチリとしていた
もう一人は、花の蕾が開いたかのように
可憐に、そして大人っぽくなっていた
男に一人かと聞かれ、頷いた
そうすると、俺の肩を持ち
相変わらず寂しいやつだと言った
別に勝手だろ、そんな言葉が喉まで登ってきていた時
彼女は、俺の顔のすぐ近くまで来ていて
昔のような声で
大人っぽくなった見目で
“君は昔から変わらないね”
と言われ、その言葉を吐き出す理由を失った
一人でとぼとぼだった徘徊が、三人でわいわいになって
もう5分は経っただろうか
古い住宅街の中を、三人の声がこだましながら歩く
会話の内容は、高校に入ってからどうか
なんていう、どこにもありそうな話
俺の話も、男の話も
そんなに変わり映えのしない
前のままの状況を話すだけだった
しかし、彼女は違った
俺と男の話が終わって、男が話を振ると
彼女は、一瞬儚さの見え隠れした表情をし
またすぐに、笑顔を取り戻して話し始めた
“彼氏ができたんだ”
と
喉に突っかかっていた、唾が
真水かのような滑りのよさで、食道を通過していった
男は、少しだけ笑顔で
俺は、少しだけ口角の下がった笑顔だった
彼女は、俺のその顔の変化を見て取ってか
すぐにその話ではなく、部活の話に転換した
バスケ部である程度成績を残していると、彼女は誇らしげに言った
男も、バスケ部で相当活躍していて
モテるんだぞ?
と俺の顔をわざとらしく見ながら言った
彼女は、その時
苦い水を口に含んだかのように、苦しい色を顔に浮かべていた
俺は、何もそれについて言わなかった
それからもう少し歩いて、古き良き駄菓子屋を見つけた
男はそこを知っているようで、奥で椅子に座っていたおばあさんに
馴れ馴れしく挨拶して、店に入っていった
俺と彼女もそれに続いて入った
中は、駄菓子の置かれた区画とアイスやソーダなんかが入った冷蔵庫みたいなのがある区画に分かれていた
男は、駄菓子を物色していたが
彼女と俺は喉が渇いていて
自然と、ソーダが入った窓を開けた
ソーダを取る時、隣同士の瓶を手に取ろうとしたため
俺の左手と彼女の右手の甲同士が当たった
“あ、ごめん”
彼女は気まずそうにソーダを取った
俺は彼女の謝ったときに見えた、横顔と耳に髪をかけた姿の美しさに見惚れていて
しばらく何をしに今ここに立っているのかを忘れていた
冷気が、クーラーなんかよりも心地よかった
男もその後ソーダを買った
また徘徊しだした三人は、共にソーダを飲みながら歩いていた
駄菓子屋に入るまでは、俺と彼女の間に男が位置を取っていたが
今は俺と彼女の間に男はいない
だから、俺は話を聞くフリをして
彼女の横顔を度々盗み見ていた
ソーダの飲み口を、その薄くて可愛げのある唇に当てている姿が
どこなく艶やかで、大人びたものを感じた
そして次第に、何故かその唇に視線がフォーカスし
男の話が入ってくることはなかった
次に俺が我に帰ったのは
彼女が話始めたときだった
彼女は、塾の勉強について行けず
中々困っているらしかった
俺は、そんな彼女の助けになりたくて
良かったら、俺が教えるよ?
と言った
すると、真っ先に男が
わざわざ遠いここまで来る必要はないだろ?
と言ってきた
続けて彼女も
“嬉しいけど、君は頭のいい高校だから私が迷惑かける訳にはいかないよ”
と言われてしまった
俺は彼女と定期的に接することのできる機会を失った
そして、段々と家に帰らなければいけない時間が近付いてきた
俺は駅まで向かう一本道に出た時、二人に別れを告げた
男は、また会おうな
といつも通り、笑顔で言ったが
彼女は
“また、会おうね”
と寂しそうに、手を細やかに振っていた
俺は二人と別れると、少し足早に駅まで向かう
不意に、何かの糸に引っ張られるような感覚がして
後ろを振り返ると
男に肩を寄せられ、一緒に仲よく歩く二人が見えた
俺の恋の未練が、そこでまた大きくなった瞬間だった
そして、彼女の顔や仕草を見る限り
彼女もまたそれを後悔しているように思える
男の束縛の強さと、凶暴性については
身をもって俺は知っているから
鞄をかけている右肩とは反対の肩が痛んだ
早く帰らないと、ここからどんどんしたに侵食していきそうで怖い
まだ切れてないはずの細い糸を
他の太くて強い糸が追い払うかのように彼女の指に結ばれている
細い糸だから、手繰り寄せれば切れてしまう
だから、俺には何もできない
太い糸が切れるか、取れるかを待つことしかできない