初めて会った日から何周か回って恋をした 10
蓮加の自発的行動の開始
○○のクラブチーム加入
二人にとって大きな出来事があった秋
それもまた過ぎ去っていく
クラブチームでの練習に感銘を受けた○○は
新たにコーチにメニューを組んでもらった
その時に
[冬場は無理をしないで練習しろよ]
と言われながらも、初日から張り切って取り掛かり始めた結果
風邪をひいた
一方、蓮加
肌寒くなってきた頃には、蓮加の父は仕事に復帰できるようになっていた
その間に、蓮加は
蓮加:…よしっ
おかたづけ
なにかをした後には、必ず自分が出したもの
使ったものをできる範囲で片付けることを徹底した
蓮父:お〜、蓮加偉いなぁ
それを見て、蓮加の父は頭を撫でて褒めてくれる
その行為によって、蓮加のモチベーションは保たれ
長くそれを継続することができるようになった
蓮加:ママ!
これからは、ふくとかはれんかじぶんでやる!
蓮母:わかったわ、しっかり準備するのよ?
蓮加:はい!
蓮加が思ったように、少しずつ自分でやれることをやるようになったので
蓮加の母は、内心とても安堵していた
高橋:はい、みんなおはよう〜
“おはようございます!”
そんな冬のある日
担任の高橋先生によって朝の会が始まる
高橋:えっと、まず健康観察しますよ〜
男子の一番から、順に出欠を取っていく
そして、すぐ○○が呼ばれるはずなのだが
高橋:林藤くんは、風邪でお休みです
蓮加:えっ…
○○くんが、風邪をひいた…
蓮加は前を向いたまま小声でそう呟いた
毎日元気に学校に来ていた○○が、いきなり来なくなった
それはたとえただの風邪であろうとも、蓮加からしたら
大病を近しい人が患った
そういうものに近い感覚だった
高橋:岩本さん
蓮加:…あ、はい!
そんなふうに、○○のことを考えていたせいで
蓮加は一瞬反応が遅くなった
蓮加:○○くん、大丈夫かな…
蓮加はずっとそのことばかりを考えていた
そんな姿を見ていた高橋先生
高橋:まあ…そうもなるよね…
高橋先生も、それは察するものがあったようだ
高橋:はい、それじゃあ今日の連絡をします
今日は、六年生を送る会の練習をします
それで、その場所なんだけど…
先生は、黒板に体育館の図を簡単に書いていく
ただ、その絵はあまり上手くなく
生徒たちから
“先生、わかりにくいよ〜”
なんて笑い声混じりの言葉が飛んでいた
高橋:簡単にだから
詳しく書いてたら時間ないし
言い訳をするように、先生は書き終えてすぐに説明をしだす
高橋:一年生は、この左端のところに座ります
それで、そこからみんなが練習した歌と劇を六年生のお兄さんお姉さんに見てもらいます
そんな説明
その説明を、耳までは入ってきているが
脳までその情報が到達していない蓮加
六年生のお兄さんお姉さんには、色々なところで助けてもらった
だから決して、六年生を送る会を蔑ろにしているわけではない
ただ、それよりも
初めて心を奪われた○○という存在が大きく
それしか頭にない
そんな所謂
恋煩いに近い状態だった
高橋:ということなので、
みんな、しっかりと送る会の流れを覚えましょう!
“はい!”
高橋:はい、じゃあ終わり!
“ありがとうございました!”
送る会の練習の際に、みんなが聞いていた先生の話を
全く覚えていない蓮加が戸惑ったのは言うまでもなかった
なんとか、六年生を送る会の練習を終えて
少し早めに下校になった蓮加は、○○とよく会う公園に向かった
その理由は勿論、いつも○○がサッカーの練習をそこでしているから
今日も、もしかしたらそこにいるかもしれない
そんな淡い期待からだった
しかし、
というべきか
当たり前というべきか
○○はそこにいなかった
公園は、ただ静かに風が過ぎ去るだけ
蓮加:なんか、見てるだけでさむくなっちゃうよ…
明るい何かが足りないからか
蓮加の目には、公園が廃れたように見えた
そして、その場で少し立ち止まって
蓮加は何かを考えた
蓮加:…!
そうだ、おみまいにいけばいいんだ!
妙案が浮かんだようで、るんるんと鼻唄をご機嫌に奏でながら家まで小走りで向かっていった
蓮加:ただいま〜!
ママ〜!
ただいま、と同時に母を呼ぶ蓮加
蹴り捨てるように飛ばされた靴はそのままで
蓮母:おかえりなさい、蓮加
ほら、すぐに手洗いうがいしちゃいなさい
台所から出てきた母は、蓮加に予防としての手洗いとうがいを勧める
蓮加:それかおわったら、ちょっとはなしがあるの!
そう宣言して、蓮加は洗面所に消える
蓮母:…何か怒られたのかしら
蓮加の母は、その言葉から何があったのかを察することはできなかった
それは、以前の蓮加のせいではあるのだが…
蓮加:ん…
つめたいぃ…
出した水が、とても冷たく
蓮加の手は洗面台の中でぶるぶると揺れる
なんとかそれに耐えながら、石けんで洗い
これまた冷たい水を、口に含んでうがいをする
蓮加:一気にさむくなった気もする…
肩を少し上げて洗面所から、蓮加は出てきた
蓮母:ほら、ホットミルク
寒かったでしょ?
リビングに入ってきた蓮加に、マグカップを差し出した
昔から、冬に飲むホットミルクが蓮加は好きなのだ
蓮加:ありがとう…
いただきます
ゆっくりとマグカップを傾けて、ほのかに甘さを感じながら体に取り入れていく
蓮加:うぅ…
あったまるぅ…
嬉しそうにホットミルクを飲む姿を見るのが
母の楽しみらしく
その姿を毎度毎度笑顔で見つめている
蓮加が、ホットミルクを半分ほど飲んだ頃
蓮母:それで?
話って何?
そう蓮加に切り出した
蓮加:そうそう!
今日ね、○○くんがかぜで学校をお休みしたの
蓮母:あら、そうなの
蓮加の母も少しそのことについては驚いた
医者の子供、ということもあるが
○○自身が、健康に気を遣っていることを蓮加から聞いていたから
蓮加:それでね、れんかね
○○くんのおうちにおみまいしにいきたいの
蓮加の言うことは、大方予想はできた
蓮加が話す学校での出来事の大半は、○○が必ず関わっていたから
いつか○○が学校を休んだ日には
こう言う日が来るだろうと
蓮母:蓮加、それはいいことなのよ
とてもいいこと
でもね、○○くんの家を蓮加は知ってるの?
蓮加:…あ!
そう、蓮加の家の場所を○○が知っていても
○○の家の場所を蓮加は知らないのだ
蓮加:そうだ、れんか○○くんのおうちしらない…
蓮母:そうなのよ?
それにね、○○くんの風邪が蓮加に移ったら
○○くんは蓮加に移しちゃったって悲しくなるのよ?
蓮加の母は、少しずつ自分のことをやってくれるようになった蓮加のことをよく褒めている
しかし、心配していたのは自分のことをやらない
ということだけではなかった
蓮加は、とても無鉄砲なのだ
決めたことは何が何でも押し通す
計画なんて立てずに、思い立ったらとりあえずやってみる、行ってみる
そういうところも、少しずつ無くなって欲しい
もっと考えてから行動する子になってほしい
とも思っていた
蓮加:で、でもさ
ママならしってるんじゃないの?
蓮母:うんうん
私は知らないわ
蓮加:じゃ、じゃあ!
○○くんのママに聞くとか
蓮母:そうもいかないわよ
○○くんの看病で忙しいでしょうから
蓮加:で、でもさ!
それでもまだ食い下がろうとする蓮加に
母は
蓮母:いい?蓮加
あなたがそうすべきだと思っても、他の人はどうなのか考えてみないとだめなのよ
と伝えた
蓮加は物分りが悪い子ではない
ただ、少し自分のことを優先したいだけ
そう両親共に思っている
だから、しっかりと言い聞かせればわかってくれる
そう思っていた
しかし、このときばかりは
蓮加はそうはいかなかった
蓮加:んぅぅぅ!
言葉は出さず
口を閉じたまま癇癪を起こすように顔が赤くなり
すぐに立ち上がって玄関まで走っていった
蓮母:ちょ…ちょっと
蓮加!
慌てて蓮加を追いかける
しかし、蓮加はその声で止まることはなく
脱ぎ捨てた靴を履き直して、振り向かずに家を出て行ってしまった
蓮母:蓮加…
はぁ…、やっちゃったわね…
蓮加の母は、今さっき言った言葉を悔いた
帰ってきたら謝ろうとも思った
何と言っても、蓮加にとっての○○は大切な存在なのだから
夕暮れが綺麗に住宅街に映り
時刻を告げる歌が流れた
蓮加は、○○と一緒にいる公園のブランコに
一人下を見ながら乗っていた
いつも○○は、蓮加が退屈しないように
サッカーの練習を一通り終わらせたあとに
少しこうやって、蓮加と公園で普通に遊ぶ
ただ、今隣には○○はいないし
楽しい声も聞こえない
ただ、キーキー
というブランコの金属音が耳に響くだけだった
蓮加:おなかすいたよ…
勢いで飛び出してきたことを、反省しつつも
意地が未だに勝っている為か
家に帰る
ということをできていなかった
何度目か
何十度目かの金属音が聞こえた後
見知った二人の影が、公園の入口に蓮加の目には見えた
○父:無理すんなよ?
○○:だいじょうぶ…
すこしだけだから
そう、父に付き添われながら
少し歩きづらそうにした○○が、公園に来たのだ
蓮加:○○くん!
蓮加はブランコから降りて
一目散に○○目掛けて走った
○○:あ、れんかちゃん
なんでここに?
近くに来ると
頬は赤く、目はトロンとしていて、声も少しかすれて聞こえる
蓮加:○○くんにあえないのが、さびしくて
ど直球に心の言葉を○○に放つ
○○:そっか、ごめんね
すこしはりきりすぎちゃったみたいで…
苦笑いをしながらボールを落とした○○は
いつものように、リフティングを始めた
いつものようなキレや速さではないが
着実にボールをキープする
それはできている
○父:ったく…
ボールに触ってないと大人しくしてなくてさ
ベンチに座った蓮加に、○○の父は自販機で買ったほっとカルピスを渡す
蓮加の青白い手と、顔が赤いのを認めたとき
長く家には帰ってない
ということを察知したのだ
流石は医者
というべきだろう
蓮加:ほんとに、サッカーがすきなんですね
○○くん
○父:ほんとだよ
2歳くらいのときに、従兄弟が持ってたボールを貰ってからずっとこんな感じ
蓮加:でも、ボールを見たりおいかけたりしてる○○くん
すごくかっこいいです
今も、ぎこちないドリブルの練習をしている○○に蓮加は見入っている
○父:ははははっ
そっか…
なら、もう少し経って二人が大きくなったとき
またその言葉を聞けたらいいな
このときの一言
この先の二人の運命を暗示するかのようになるのだが
このときは知る由もない
○父:じゃあ気をつけてね
蓮加を家の近くまで送った二人は、蓮加に手を振って別れた
○○:れんかちゃん、今日あえなかったことかなしんでたのかな
帰り際、足がおぼつかない○○をおぶった父は
その質問に優しく答えた
○父:そう思うんだったら、早く風邪を治すことだ
それが、二人にとって一番いい
○○:そっか…
わかったよ、とうさん
そう言って、父の背中で揺られていると
○○は眠ってしまった
○父:たく、自分勝手な奴め
そう言いながら、○○の父は
親としてやらせてもらっているこの時間に感謝したのだった