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雫の轍 5巻

白虎亭のある岩山で、私と馬弓さんは

猿に羽の付いたような容姿の、言わば化け物を処理していました


史緒:ふぅ…ひとまずこれで終わりでしょうか


私は馬弓さんに聞きました

馬弓さんは私とは違い、息も切れておらず遠くを見ています

馬弓:そう…ですね
  これで終わりだと思われます


少し歯切れの悪い答え方でしたが、馬弓さんは私に教えてくださいました

ただ、何となくですが馬弓さんは私に何かを隠しているように思えたのです


馬弓:さ、ひとまず片付きましたから屋敷へ戻りましょう
  夕餉もそろそろできるでしょうから

史緒:はい、わかりました


それでも、私がそのことを指摘していいものかわかりませんし

居候の身でそこまで踏み込むのも良くないように思えるのでした


私がお屋敷に戻る際、一度強烈な何かの気配を感じて振り返りましたが

そこには、さっき倒した猿のような化け物の気味の悪い顔が見えるだけでした



◯◯:とりあえず、何がいるか分からないから
  二人一組になって周辺を捜索して、何かあったら俺に連絡お願い


◯◯が一同に伝え終わると、各々散らばっていく

それと対照的に、飛鳥が◯◯のところへ来た


飛鳥:私は一人でいいですか?

◯◯:いいけど…
  何があっても先に戦うなよ?
  あくまでも倒すことじゃなくて、調査が目的だから


◯◯は飛鳥の単独行動を許し、自分はその場に留まる

自ら調査をしにいってもいいのだが、彼は微笑みながら報告を待つことにした


◯◯:さて…どんなやつかね




飛鳥:ほんと、あの人は私のことをまだ未熟な弟子だと思ってるんだから…


飛鳥は愚痴を吐きながら鬱蒼とした木々の幹に降り立っては周りを見渡し、次の幹まで飛んでの繰り返しをしていた

異変が感じられれば、そこに降り立って調べればいい

この方法は師匠である◯◯から習った調査の仕方である


飛鳥:それにしても…いつ来ても暗くて頭にくる…
  もう少し明るくならないの?木が高過ぎると思うんだけど


鬱蒼とした木々によって生み出される陰、闇

それに飛鳥は当たるようにまた愚痴を吐く


ほどなく周りを飛鳥が調査していると、森の中に一つの池を見つけた

そこだけは木々が立っておらず、空からの光を一身に受ける湖面の反射がとてもきらびやかで

まるで宝石の輝きかのようにも見える


飛鳥:一旦休憩しますか
  少し休んだくらい別に怒らないだろうし


飛鳥は池の近くに降り立って、湖面を覗く

やはり反射がとても綺麗だ


もう少し見ていこうと池の周りを歩くと

池に面するように1つの粗末な小屋のようなものが建っているのがわかった

霧のようなものが森の方から漂ってきており、それによって見えにくくなっていたように思える


飛鳥:…こういうところって怪しいんだよな
  一応調査しますか


ゆっくりと、しかし大胆に

飛鳥は粗末な小屋の障子を開けた


飛鳥:綺麗じゃん
  外見だけ、すごい汚く見えるけど


ところどころ雨漏りの跡なのか、床板にシミがあるが至って綺麗になっている

奥に錆やら汚れに塗れた仏様がいることからして、古寺らしい


安堵したかのような声をあげた飛鳥は、すぐに緊張を取り戻した

禍々しい空気がどこからか、いや古寺全体から発せられているのを感じ取ったからだ

飛鳥:ここ、何かある…
  すぐに知らせないと


危険性を感じ、すぐに戻ろうと開けっぱなしにしていた障子の方を振り返る飛鳥

がしかし、その障子は閉まっていた

急ぎ強引に開けようとするが開かない


飛鳥:え、なんで!?


障子は閉じ切られているだけでなく、まるで貼り付けられているかのようにびくともしない


飛鳥:うぅ…仕方ない
  強引に壊して突破するか


一瞬の焦りの後、深呼吸した飛鳥は気を取り直して懐に手を入れ

紙切れを取り出した

「呪符」である


「呪符」には使用者の霊気があらかじめ込められており、適宜霊気を流し込むだけで行が発動する仕組みになっている


飛鳥:風行 螺旋颯らせんはやて


渦を巻いた突風が、回転を強めながら障子へ向かって放たれる


やった、と飛鳥は思った

実際、紙片や木のクズが辺りに舞ったのだ

しかし、渦が消えて視界が鮮明になると障子は何もなかったかのように立っていた


飛鳥:な、なんでっ!?
  今手応えはあったのに


いよいよイライラが溜まってきた飛鳥の元にどこからか声が聞こえてきた

力のある男の声が

『両足八足、横行自在にして眼、天を差す時如何』


飛鳥:…は?
  謎かけしてる暇なんてこっちには無いの!
  早くここから出しなさい!

『答えは、わからないのだな』

飛鳥:ええ、もうそういうことでいいから
  ここから私を出して、正々堂々戦いなさい

『答えられぬ奴は喰ろうてやるわ』


先ほどよりも残忍に変わった声がした後、障子の向こう側に何かの影が写った

細長く、かつ先に突起のようなものがついた影だ


飛鳥:まさか槍?
  まずい、結界を…

『遅いわ!潮張りうしおばり


飛鳥が結界を張ろうと剣印を結んだ刹那、男の声が響き障子の向こうからとてつもない勢いで水流が押し寄せた


飛鳥:み、水っ?


虚を突かれた飛鳥は、結界を張るのが遅れてしまい水流で後ろの壁に叩きつけられた

が、流石は十二天将の名を持つ者

流されながらも結界を円形状に張り、最小限の負傷で済ましている


飛鳥:んっ…少し口に入った…
  なんか、しょっぱい?


水を吐き出した飛鳥はそう怪訝そうに呟いた



◯◯:全員帰ってきたかい?
  結構集まってきてるけど


◯◯が集合場所として伝えてあった、山の崖に程近い平坦な地点に続々と白虎衆と大陰衆が集結してきていた


“白虎様!飛鳥様が…まだ”

◯◯:おいおい、あの反発娘は何をしとるんだ
  全く…血の気が多いんだよなぁ、まだ


大陰衆の一人の言葉に、◯◯はおちゃらけるように言った

それは、場を深刻にさせないためでもあり、飛鳥だけ単独行動をしていたということを非難されぬようにするためであった


“いかがしますか”

◯◯:俺が行くとするよ、師匠だからね
  こういう時に叱るのも仕事の一つさ


ゆっくりと岩から腰を上げた◯◯は笑顔を崩さず歩き出した

休んでなと、皆々に声をかけながら


そして人の塊を抜けた◯◯

すると、気配を消した一人の男が◯◯の側に寄ってきた


◯◯:俺に何かあったら、すぐに山を降りるようにみんなに言ってくれ
  まぁ、そんなことないと思うがな

“承知しました”

◯◯:じゃあ、この場は預けたぞ
  赤金あかがね

赤金:ご無事でお戻りください
  …お二人で


◯◯は鬱蒼とした森の中へと飛んで消えた



◯◯:さてさて、飛鳥は戦ってるかな
  それとも、捕まってるか…


木々の枝から枝へ飛んで飛鳥の霊気を辿る◯◯

最初この山に来た時に感じた嫌なものは、少し変化し荒々しく、禍々しくはなっていた

が、それと同時に飛鳥の戦っている時の霊気も多少なりとも感じた


即ち、飛鳥と禍々しい気を放つものは戦闘状態にあるか、あったと◯◯は判断した


◯◯:でもなぁ、あの戦闘の才能だけはある飛鳥の霊気がここまで薄いとなると
  真っ向から戦ってないのか?


剣印で飛鳥の霊気を感知しながら呟く

その目はいつにも増して鋭く、纏っている気もヒリついている

二番弟子の危機かもしれないとあって、平生適当人間である◯◯でも厳しい顔だ


やがて、感知していた二つの気が大きくなってきて

あの森の中にポツンと佇む、美しい池と粗末な小屋が見えてきた


◯◯:こんなところあったけか?


不思議に思いつつ、◯◯は池の方へ降りていった

そして、あまり気持ちよくない気が立ち込めていることを感じた


ゆっくりと、その元凶であろう小屋の元へと歩み寄っていく

その過程で、飛鳥の霊気は感じつつも中からの音は聞こえないことに気がついた


◯◯:…そういうことか
  少しめんどくさそうだな


そう気だるそうに言って小屋の前に立つと、剣印を結んで深呼吸をした

浅く吸い、深く吐く独自の呼吸法で気を落ち着かせると

いつものような緩んだ顔になった


◯◯:じゃ、入りますかね


◯◯が障子を開けると、飛鳥が見たのと同じシミのある床板と錆や汚れに塗れた仏像が安置されている古寺の間だった


◯◯:うまくできたもんだな…
  さてと


古寺の造りに感心の言葉を漏らした◯◯は、すぐさま後ろを振り向いた

その目線の先には、締め切られた障子がある

◯◯もまた、小屋に閉じ込められたのである


◯◯:…一気に気が跳ね上がったな
  邪気とか瘴気とかの部類にまで膨れ上がりそうだ


目を瞑り集中状態になった◯◯は冷静に呟く

そして、小屋の外に何かの気配を感じ目を開けた


『両足八足、横行自在にして眼、天を差す時如何』


やはり飛鳥の時と同じ、力強い男の声で同じ質問が◯◯にも投げかけられた


◯◯:両足が八…たこか?


小さめの声で◯◯は言った


『それが答えか?ならばお主を…』

◯◯:なんてな、答えは蟹だ
  この謎かけのミソは、足を八と言い表すこと


ニヤッと◯◯は笑い解説を始めた

外の男のことなど全く気にせず


◯◯:普通足は八と言われたらたこを思い浮かべる
  が、たこの目は天に向いてはいない

『おい、解説をしろなどとは…』

◯◯:が、これにある意味当てはまるのは蟹だ
  ハサミの部分を前足と捉えれば、足が六と前足が二で八となる

『むぅ…』

◯◯:どうだい?間違っているかい?


再度ニヤッと笑った◯◯は、後ろ手で剣印を結ぶ

次に備えるために


『正解じゃ…だが、生かしておくわけにはいいかんの』

◯◯:へぇ、できれば解放して欲しかったんだが

『初めから、解放する気などないわい!』


障子の向こうに槍のようなものの影が見えた時

◯◯は右手の剣印を前に出し、呪文を唱えた


◯◯:地を駆け巡る秀潤の風よ
  我が眼前の障害を穿ち抜け


風行 螺旋颯らせんはやて


◯◯の振り下ろした剣印の先から、飛鳥と同じ渦を巻いた突風が障子に向かって放たれた


『ふん、その術はさっきの小娘も使ったが効かなかったぞ?』

◯◯:だから何だっていうんだ?

『お主のも通じん!お主の負けじゃ』


高らかに男は宣言した

が、◯◯は不敵に笑い、声を漏らした


◯◯:確かに飛鳥が放った螺旋颯はお前の術を破れなかったかもしれない
  だが、俺はあいつの師であり風行をあいつの何倍も使ってきた…練度が違うんだよ練度がな

『ふん…戯言を』

◯◯:戯言だと思うならそれでもいいさ
  だがな、これだけは頭に刻み込んでおけ
  俺は…白虎の名を冠する陰陽師だぞ


そう言い放った◯◯の顔は、確実に殺気を相手向けており

覇気が尋常ではなかった

そして、その覇気に呼応するように◯◯の放った渦を巻いた風がさらに勢いを増して障子を貫いていく


『なっ…まさか』

◯◯:俺を侮りすぎだ…


冷酷な言葉が◯◯の口から出た刹那

障子が大きな音を立てて壊れ、外の景色が見えるようになった


『ば、馬鹿な…我が結界が…』

◯◯:ふん…こんなもの片手間で壊せるわ
  …ま、これを壊せないあの弟子も弟子だが

『何を一人で喋っている…許さぬぞ…潮帳うしおとばり


勢いよく水流が障子の向こうから流れ込んでくる

その水流の力は飛鳥を襲ったものの比ではなかった



古寺が水で満ちたと思われる頃

男が中を確認してみると


『なぬっ…おらん』



◯◯:ふぅ…まさか水流が来るとは思わなかった…


池の近くに立っている大木の幹の上でそうぼやく◯◯


咄嗟に◯◯はあの史緒里と屋敷に帰る時に使ったのと同じ、空洞門を使い脱出していた


◯◯:そういや、何で飛鳥は空洞門を使わなかったんだ?


幹から降りて、◯◯は気配を消しながら気になっていた池の中を覗いた


来たときは、ただ光が反射しているごく普通の水面であったが

今見てみると…


◯◯:…そういうことか
  あの水流を一度でも浴びると、池の中に拘束される
  しかも浴びた者は古寺の中にいるという幻覚に陥る


池の中に一般の人や弟子の姿、何人かの若い陰陽師の姿を見つけた◯◯は

早々に決着をつけなければいけないと己に喝を入れた


◯◯:伝承から推察すると、あいつの正体は蟹坊主
  謎掛けから池に人を捕らえておくのはそのままだな…


ゆっくりと靄に包まれた古寺に近づく◯◯

そして、大きな声でこう叫んだ


◯◯:おい、蟹坊主
  決着をつけようか


◯◯の言葉に古寺の中から大きな蟹の化け物が姿を現した


『おのれ小癪な陰陽師め…我が顔を傷つけおって』


蟹坊主の左側のハサミに接している体の部分が、血を垂らしながら切れているのが見える

◯◯の放った行によってついた傷だろう


◯◯:そこは顔なのか?
  どこまでが顔かわからんな


笑いながら言った◯◯に、完全に怒った蟹坊主はハサミを大きく振り上げ

それを落とした


◯◯:なんの真似だ?

『水穴突き』


その言葉が言い放たれた瞬間

◯◯の足元の土の中から、水の柱が勢いよく立ち上ってきた


◯◯:くっ…


その勢いは当たると骨を折るくらいの勢いで、◯◯は後ろに避けるしかできなかった


『これで終わりだと思うなよ…水が出ればこちらが有利なのだ』


水柱にハサミを突っ込むと、何やら呪文を唱えた


◯◯:なんだ…まるで陰陽師の唱える呪文のような…

『水魔砲』


唱え終わると、ハサミを突っ込んだ場所から無数の水の弾のようなものがひっきりなしに飛んできた


◯◯:くっ…展っ!


◯◯は結界を張ってそれを防ぐ

蟹坊主はその姿を見て高笑いをした


『おい陰陽師、お主は白虎の名を冠した者ではなかったのか?』

◯◯:それがどうした

『あまりにも弱くてな…こんなものか期待をして損だったの』


その言葉を聞いた◯◯は不敵に微笑むと

結界を横に伸ばしながら移動をする


◯◯:何も、水を使えるのがお前だけだと思うなよ?

『何?』


◯◯:天より注ぎ地を潤す慈愛の水よ
  悪しきものを流し正しいもの救うために
  我が手に沿いて穢れを清め給え


水行 龍水咬牙りゅうすいこうが


剣印を胸の前で立てつつ呪文を唱えた◯◯は

今度は振り下ろすのではなく、下から上へ掲げるように振り上げた


『っ…龍の形をした水が…!』

◯◯の放った水流は、大きく口を開き牙を剥いた龍の形を成し

蟹坊主に襲いかかった


◯◯:悪いな、油断させてしまって
  お前の出した水柱が淡水なのか海水なのか判別できなくてな
  少し探らせてもらった


再度剣印を構えた◯◯が言った


◯◯:全てはこれをお前に食らわすためだ
  痺れ、砕かれ、滅せよ


そう言う◯◯の手元は、いつぞやの時のように紫色に光っていた


◯◯:天奉る断罪の雷よ
  我が手に導かれ迸れ


嵐行 鳴神の葡萄雷なるかみのえびいかづち


紫色の雷が、蟹坊主に向かって光速で走り

次の瞬間には蟹坊主の体は大きく穴が空き、貫かれていた


◯◯:ふぅ…


◯◯はため息をつくと、蟹坊主に向かって語りだした


◯◯:で、どうだったんだ?
  期待通りか?


が、蟹坊主からは何も返ってこない

それは勿論◯◯もわかっている

しかし、◯◯はさらに語りかけた


◯◯:見てるんだろ?お前ら
  こんな傀儡を使ってコソコソ探りやがって


コトッと、蟹坊主の体の殻が音を立てた

サーッと爽やかな風が吹き

古寺も池も消えた



飛鳥:…はっ
  あれ、何で…


池も消えたので、囚われていた皆々が解放された


◯◯:お、やっと幻覚から戻ってきたな
 
飛鳥:げっ…し、師匠…

◯◯:…ったく、まだまだだな
  相手がどんな力を使ってくるかを予想できないなんて


◯◯は飛鳥の髪の毛をワシャワシャとかき乱した


飛鳥:ちょっ…辞めてください!
  これ、直すの大変なんですからね

◯◯:そんなこと知らん
  が、もう一度鍛え直す必要がありそうだな

飛鳥:え、い、いや…それは…
  反省してるし、これからは心を入れ替えて…

◯◯:問答無用!
  大体、何勝手に戦闘してるんだ…


◯◯の長い説教を飛鳥が受けている頃



―現世・某所


?1:どうする、あの男存在に気づいてきたぞ

?2:なぁに、あの程度に手こずる奴だ大した事ない


?3:いいや、彼は強いよ

?1:へ?

?2:なんでそうなるんだ?

?3:彼は最低限の行しか使わなかった
  …つまり、手の内を最小限しか見せていない

?1:な…

?3:しかも、まだ白虎の力すら使ってない
  それに、蟹坊主から取れたデータからだとかなりの気の持ち主だ


?2:けっ…あんたは買い被るくせがあるからな
  信頼できるかどうか

?3:期待外れにはならないとおもうよ


なぁ…安倍◯◯?


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