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Passé fou

体に染み付いた習慣というのは、積み重ねた年月だけ消えないもの


○:はぁ…

 

目が覚めて、傍の時計を見る

刺す針は 長針4 短針24


○:早すぎ…
 今日オフなのに


無駄にでかいベッドから起き上がる


ただ、掛けていた綿毛布が妙に重い

隣を見ると、かわいいパステル系のパジャマを着た相棒が

熊の抱き枕にひっついて寝ている


○:なんだ、お前か…


そうやってその場を去ろうと思った…


が、これも長い積み重ねで

寝ぼけからすぐ覚める


○:いや、なんでお前がおるんじゃぁぁぁ!


大声+思いっきり体を揺らす


うぅん、という声の後

まともな第一声は


沙:えっち…


… … 普通に殺意が湧く


○:無音拳銃あるけど… どうする?


こめかみに軽く拳を当て

それをグリグリとする


沙:痛いぃ!
 レディーへの態度?それが

○:人の家に不法侵入してる奴が言えることか!


一応、仕事が仕事だから

家には厳重な施錠が施されてるはずなのに


沙:相棒でしょ?
 私たちは


起き上がって、思い瞼で見つめてきた


○:それとこれとじゃ、意味が違くなるだろうが

沙:あー、ぐちぐちうるさいなぁ
 モテないよ? 結婚できないよ?


手振りで何かを伝えようとしてるんだろうが

この歳の普通の人間よりも社会に疎いから、わからない

それに、あることがあって結婚とかそういうのに興味がなくなった

だから、、、


○:する気ないよ
 不幸にしかさせないだろうしね


服着替えろよ

と言い残して洗面所へ


沙:面白いこと言うねぇ…
 詳しく聞かせろぉ


黒い上着を羽織っただけで抱きついてくる


○:やめろ…
 お前は恥じらいとかないのか


年頃の女子なはずなのに

そういうところが欠落している


沙:やっぱ、えっちじゃん

○:はぁ…
 ほれ、使い


ストックしてあるプラスチックのコップを渡す


沙:どもども、


それを使って口を濯ぎ、続いて顔を洗う

それを拭くのは俺の服


○:着替えるからいいけどさ
 やめな?そういうの


そんなこんなで着替えて、一悶着あって

シワの寄ったベッドを直して


○:さーて、やりまっか


やっと朝ごはんの支度ができる

いつもなら、出来上がってる頃だ


沙:あー、さぁもやりたーい!


またまた抱きついてきた

ほんとに飽きないよな


○…このままだとご飯作れないから


苦しい…

締め付けが一々強いんだよ


沙:さぁが、作ってあげるから
 座ってて?

○:いや、遠慮しますわ…
 アレルギーが多いもので…


嘘のように聞こえるだろうけど本当


沙:ちぇぇ


大人しくなってはくれた

…抱きつかれたまんまだけど


○:パンでいい?

沙:…満足じゃ


本当におかしい子

ま、それくらいが丁度いいのかも

相棒には…


○:トッピングのリクエストは?

沙:目玉焼きと、ベーコン、スライスチーズ


スライスチーズは、あれだよね

了解、と返して作る


IHにフライパンを乗せて卵、ベーコンをかけた

そしてトースターにパンを突っ込む


じゅーと言う音

パンのパキパキと言う音


なぜかそれが聞きたくなくて、窓から見える空を見つめる


雲が見えない、 晴天

それは何かを引き込む力があって

もう逃れられなかった




○:うわぁ、遅くなった…
 じじ様に絶対怒られる


まだ6月なのに蝉が鳴き

空には雲がなかった


○:やばいやばい
 兄様にもゲンコツ喰らう…


うちの家は代々神に仕えてきた神職

その為、ゲームとかなど娯楽がなく

同級生の会話に付いていけなかった


山の中腹にある我が家

その入口である石の塀と金属製の門が見えた時


目の前を大きなカラスが横切った


○:危なっ、
 どうしたんだ?あんな急いで


山の生物は全て、神の眷属

つまりは神に何かあったのだ


○:今日は確か…


兄様の結婚の許しを、神に頂く日

神が許さなければ、色々と災がおこる


○:…兄様!


バッグを捨て、一目散に家へ向かった

この際、汚れなど気にしていられない


○:んっ……


風と共に鼻を突く血の匂い、、

しかも大量に


最悪のことが脳に浮かんだ


○:いや… そんなことない
 ありえるわけがない


自分に言い聞かせながら家の前まで行くと


○:誰も…いない…


外の作業小屋にも、母屋にも気配がなかった


○:拝殿か…


もうそこしか残る場所はない

嫌な予感しかなかった


拝殿に駆けていき、引き戸の寸前ですぐ止まった

血の匂いがすごい…

障子には生々しい血の痕跡がある


なに考えられず、本能で剣印を結んだ


○:田子ノ浦に、うち出てみれば、白妙の
 神の御頭に、やませぞ吹け


家に代々伝えられてきた、百人一首を少し変えた祝詞

神の怒りが鎮まりますように そう言う意味だ


が、結局主権はこちらにない


引き戸を弱々しく開けると


真紅の池

その中に腕や脚 頭 指 

…ばらばらだった


○:兄…様?


奥の壁に寄りかかっている兄様は腹に小刀が刺さり、こちらを睨んでいる


が、顔の皮が剥がれ

目や表情筋などの筋肉が剥き出しだ

見るに堪えないとはまさに…このことを言うんだろう


○:あ、 あぁぁ…


腰が抜け、その場に膝をつく

そして段々と息の出入りが加速する


人であったものから、落つる雫

その音で思考が閉鎖し、本能が機動する


○:…閉めなきゃ、山を
 御山の呪気が… 町に降りちゃう…


決意をして目を絞った

絞ったまま、作業小屋に走りたかった


しかし、後ろ髪を引かれのだ

本当の意味で


○:ごめん
  …そっちには、行けない


こっちに来い、という声が脳に刺さる

それを拒絶し離れたいが、足が尚重い

致し方がない…

体力の疲労が激しいが、やるしか


○:この度は、幣もとりあえず、手向山
 血塗りの錦、神の意のまに


祝詞を叫び

目の前に剣印を下ろす


やっと動き出せた


小屋の中にある、護符を塀に貼って

門を閉めねばならない


○:くっ
 やるしかない…


神の出した呪気を一般人が浴びると醜い部分が増長して

影がその本人を飲み込んで支配する


その昔、平将門が朝廷に反旗を翻したのは

この呪気により、体を影に乗っ取られてしまったから


幼い頃から、何遍も聞かされたことだ


○:じじ様…

 

それを伝えてくれたじじ様も

人ではなくなった


意を決して護符と塩、神酒の入った徳利を持って

バッグの置かれた、門まで戻る


坂道を下る

俺を追い抜いて、動物たちが次々と山から町へ


○:まずいな…
 猟師の人が来たら…


急いで門を閉じて、門と塀に護符を貼る


○:臨 兵 闘 者 皆 陣 裂 在 前


大きく九字を切り

印を結ぶ


風が吹き、トンビが鳴く


○:… 多分これで大丈夫


踵を返して、母屋へ帰る


この時、俺はバッグがなくなっていたのに気付かなかった




沙:ほれ、おいひい


焼き上がったトーストに、マーガリン

トッピングにベーコン 目玉焼き とろけるチーズ


オーダー通りのもの


○:すげぇ笑顔だな
 そんなにうまいか


至って普通なものだ

家庭で簡単に作れる


しかし、相棒はありったけの笑顔で頬張っている


沙:ふん! おいひい


その表情は、この世界にいていい顔ではないような気がした


○:…ま、いいか

沙:ん? どうひたの?


どうやら心の声が漏れてたようだ


何でもない そう返した

疑いの目が刺さった時、机のデバイスが揺れた


○:はい、○○です
 はい、 え? 
 はい、 …わかりました
 はい、 はい
 はい、 失礼します

沙:ボスにしては長めだったね


ハンカチで口元を拭きながら、背もたれを抱いてこっちを見ている


○:だな、
 てことで、 18時に依頼だとよ


時計を見た

アナログの


足をバタバタ揺らし、喜びを表している

が、


○:そうもいかんでしょ 
 準備とか、情報収集もしないと

沙:えー、やだよぉ


子供かよ…

自分の楽しみにしか興味ないんか


○:まあ、そう言わず…
 10時半になったら行くよ

沙:どこに?


○:決まってるだろ?
 ボスのところだよ、ボスの
 今回のは俺達だけじゃないかもしれないんでね


皿とフライパンなどを洗い出す

なるべく面倒なのは早く片付けたい


沙:まあ、○○がそう言うなら行くよ
 お菓子貰いたいし


子供なのかよ、ほんとに

抱きつかれるのも変わらず、洗い物をした



カーテンの模様が、床に映ったのを見て

影を感じた


俺は今、その影を撃っている

神への挑戦として


自然の事象に抗うのは、楽しいと感じてしまった

俺は最早、神職ではない


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