惑溺した君の声と笑顔 2
“君の音は誰よりも綺麗だよ”
そう言われたことだけが誇り
誰から言われたとか、どこで言われたとかは関係ない
どんな辛いことがあっても、それを思い出すだけで気が紛れる
◇
◯◯:ん〜!ふわぁ…。
って…やばい!寝ちゃってたか
一度できっちり目覚められたらな、とは毎日思うけどそうはいかないのが現実なわけで
足早にスマホに強く押し付けすぎて少し痛い頬をさすりながら、家を出た
朝食を食べたところまでは良かったんだ
その後、準備をしようと部屋に戻ってベッドに横になってしまったのが迂闊だった
起きるのがあと数十分遅れてたら、朝練どころかHRも遅刻したことだろう
◯◯:遅くまで起きてるのが悪いんだけど
母さんはなんで不審に思わないんだか…
愚痴を吐きつつ駅まで全力で自転車を漕ぐ
背中の相棒が傷つかない程度に
風を切るのは朝の目覚めとしては気持ちがいい
が、そんな悠長なことを思っている暇がないことを腕時計が訴えてくる
なんとか間に合っていつもの電車に乗れた
そこそこ混んではいるけど、苦しいほどではない
時間潰しに音楽を、とスマホの画面を開くと
〈やっぱり頼まれて欲しいなキーボードの件〉
と昨日の彼女から来ていた
僕は早々に返信するべきだと思い、すぐに返信した
〈僕じゃなくて、うちのボーカルに聞いて〉と
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
まだ一年生だったときから、僕は今のボーカルの彼と同じバンドの仲間だった
その時のリーダーの先輩は副部長でもあって、忙しいはずなのによく指導してくれた
彼は僕をキーボードでしか使わないけれど、その先輩はギターとしても使ってくれた
まだ不慣れだったけれど
“自信持ちな、君は誰よりも音が綺麗なんだから”
そう励ましてくれて、僕は心底その先輩に感謝しているし、尊敬している
それに、他のバンドにキーボードとして貸し出すのも肯定的だった
メンバーが足りないところに派遣するのは、仲間として当たり前だからと
そういう先輩に時々噛みついていたのが彼で
僕がギターを弾いている時は、大してうまく無いのになんで弾かせるんですかと聞こえる大きさで悪口を言い
僕が駆り出される時は、キーボードいないとバンドじゃ無いですよと意味不明なことを言っていた
そんなことを言われても先輩は彼を追い出したりせず、感情的にならず対応していて
その点だけが、僕には少し不安に思えていた
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
学校に着いて、一応部室に顔を出そうと扉を開けると
大きなため息が聞こえた
女1:はぁ…なんでこうもこだわるかな
女2:しょうがないよ、自分勝手なやつだし
昨日の彼女とその仲間が話しているようだった
なんだか申し訳から
◯◯:うちのがごめん
と言いながら部室に入ると
女1:あ、来てたんだ
女2:び、びっくりしたぁ
彼女は素っ気ない反応だったけど、もう一人がオーバーリアクションしてくれたからまあ…いいかな
◯◯:揉めた?
女1:結構ね…
ほんと◯◯に執着してるみたい
女2:異常だよ
まあ、自分勝手だからしょうがない節はあるけど
やれやれと言った感じで言われ、もう一度謝った方がいいんじゃないかと思った
けど…
女1:ま、何が何でも引き抜くから
そろそろ◯◯離れしてもらわないとね
女2:なにそれ
子離れするみたいな言い方じゃん
こうやって言ってくれて、笑かしてくれるから僕はまだ気が楽でいられるのかもしれない
そう思った
◇
放課後
◯◯:さてと…
男2:あ、◯◯
ちょっと時間あるか?
とりあえず部活に行こうと教室を出ようとすると
同じクラスのベースの男子に呼び止められた
◯◯:いいけど
どうかした?
目の前の席に座って聞いた
男2:そのさ…キーボード足りないからあっちに行くって話…のことなんだけど
◯◯:あ〜、あれね
一応僕はどっちでもいいかなとは思ってるんだけど
男2:俺からも、あいつにかけ合ってみようかなって思ってるんだ
意外なことだったので僕は少し言葉が出てこなくなってしまった
よくも悪くも、ボーカルの彼の言葉に同意しかしないと思っていたから
◯◯:あ、ありがとう
男2:まさか俺から言われるとは思ってなかったか?
◯◯:う、うん…そうだね
正直に答えると
ベースの男子は軽く笑って
男2:確かにあいつとは長い付き合いだし、基本的に同じことをしてきた
けど、今回は違う…そう思っただけだ
◯◯:ん、ありがとう
いい方向に進むことを願ってるよ
ベースの男子にそう言って、僕は先に部室に向かった
男2:さ…一仕事かな
◯◯:てなわけで、少しは心強くなったかな
女1:ん、そっか
なら、少し合わせてみる?
彼女はそう言って、ギターを持った
その姿がとても様になっていて、うちのボーカルとの格の違いを感じた
◯◯:どの曲やるの
女1:ん、これかな
どれか弾けるのある?
楽譜をキーボードの上部分に置かれ、それを僕は見た
そこには弾けるのと弾いたことのないのが半々くらいにあった
◯◯:やっぱり、ガールズバンドの曲は弾いたことないな…
ほかはほとんど弾いたことあるよ
女1:じゃあ…弾いたことないやつだね1時間で覚えて
すぐ合わせようか
◯◯:ふふ、おっけ
燃えるな
僕は腕まくりをして、楽譜を入れ替えた
女1:今ならギターで出てもらったっていいけど?
◯◯:馬鹿にしてる?
これでもピアノ10年はゆうに習ってたんだけど?
女1:ま、楽しみにしてるよ
彼女はそう言うと、どこかへ行ってしまった
彼女がいなくなってから気付いたが、彼女たちのバンドがいつも練習しているはずのこの区画に他のメンバーがいないのだ
◯◯:ん…なんか変だな
◇
◯◯:すごい疲れた
女2:あれだけ激しくやってて付いてこれるのはすごいよ
女3:あんたやっぱりセンスあるわ!
彼女たちのバンドのメンバーと僕は駅まで一緒に帰っている
あの後、他のメンバーがちらほらと来て
1時間くらい経ったくらいに彼女が帰ってきて、合わせることになった
いやはや、ガールズバンドは男子とは違う激しさがあって
中々にいい刺激になった
◯◯:うちロックバンドじゃないから…
あんまこんな経験ないんだけどね
女1:私たちだってロックバンドじゃないよ?
女2:まあ、フォークかって言われるとまた違うけど
女4:間的な?
こういうところが、うちもあったらいいな〜だなんて思うけど
リーダーが違うから無理かなと思ったり思わなかったり…
◯◯:お、そろそろ着くか
女1:じゃ、また明日
明日はしっかり時間守ってきてよ?
◯◯:…善処します
女2:あはははっ
じゃあね〜
逆方向の彼女たちと別れて、僕は走って改札を通り抜けた
【お疲れ様!】
沙耶:あ、来た来た
お疲れ様で〜す
私が配信し始めたら、常連さんがすぐに来てくれた
やっぱり常連さんは通知とか取っててくれてるのかな
そう考えながら、私はギターの調子を整える
弦の張りとかは都度都度変わるから、やっぱりメンテナンスはしておかないとなわけで
沙耶:今日は何を弾こうかな
何がいい?
聞いてみると、常連さんから
【whiteberryの夏祭りとか聞いてみたい】
沙耶:あ、夏祭りか
いいね、そろそろ夏だし
私はタブレットで調べて、コードとかを確認する
沙耶:じゃあ、弾きま〜す
感想くださいね
右手を滑らせるように一回ストロークさせてから始めた
少ししてラスサビに行こうとしてる時に
沙母:沙耶香!ちょっとうるさいわよ!
沙耶:お母さん?
ごめん、音小さくするから
沙耶:少しは静かにしてよ
集中できないでしょ
沙耶:ごめんなさい…
お母さんに怒られてしまった
コメントには、親フラ?とか大丈夫?とか
そういうコメントで溢れていた
沙耶:ごめんなさい
うちのお母さん家でテレワークとかやってるので
私はドアから離れた場所に移動した
まあ、それでもお母さんに怒られそうな気がするけど
そこからまた少し
前弾けるようになった千本桜とか、ディズニーの曲を弾いていた
そこにまた乱入者が…
しかし、その乱入者はお母さんほどうるさくない人
沙兄:あ、ごめん
沙耶:ん?ううん、大丈夫
沙兄:悪いなほんと
お兄ちゃんはそそくさとすぐいなくなった
【何かさっきから家族すること多いけど大丈夫?】
沙耶:少し早い時間にやっちゃったからかな
これ以上来られると集中できないし、終わらせるね
またやれたらやるから来てね
そう言い残して私は配信を辞めた
沙耶:はぁ…
ため息をついた後、私は壁にかかった制服を見る
その制服は少し汚れていて、ホコリも被っていた
沙耶:今日は、なんか調子悪いな
ま、明日になればまた良くなるでしょ
そう言葉にして、私は立ち上がってギターとかを片付ける
そして、棚にある写真立てを持って心を落ち着かせる
その写真には、私の師匠とも言える同級生が写っていて
その同級生が私を褒めてくれたから、今でもギターだけは続けていられる
…他のことなんて、もう…
沙耶:ダメダメ、こんな風に考えたら
深呼吸して写真を元の場所に戻し
少し勉強しようと思って机に向かった
夕焼けにカラスが虚しく鳴いていた
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