見出し画像

惑溺した君の声と笑顔 1

弦楽器にはなんとも言えない人を惹きつける魅力があると思う

ピアノに、ヴァイオリン、ハープ

そして、ギター


アコースティックギターの、あの音は心に訴えかけてくるものがある

だからこそ、弾きたいという人が後を絶たないのかもしれない



日が傾きかけて、空の青が段々と薄くなって暖色になりつつある


男1:なぁ、◯◯…


大きな窓からそんな空を見つめていると、後ろから音が止んで呼ばれたから振り向いた


◯◯:ん?

男2:キーボードやってくれよ
  やっぱお前じゃないとだめだわ


ボーカルの男子に続けてベースの男子が言った

僕はキーボードをさっきまで弾いていた後輩に目をやった

申し訳無さそうに僕を含め、前のメンバーを見ていた


◯◯:そんな言い方することないでしょうよ
  まったく…

男1:お前じゃないと気持ちよく歌えないんだよ


後輩と場所を変わって僕は一つ息を吐いた


◯◯:ピアノ経験者をもっと集めりゃいいんじゃないの?
  軽音なんて入りたい人たくさんいるでしょ

男2:ピアノ経験者は、基本吹奏楽に引っ張られるんだよ

男1:だから、お前が貴重なわけさ


頼りにされているとは思いつつも

ニッコリとした笑顔を向けられて、素直に認められない自分がいた


◯◯:まあ、いいけど…

男1:んじゃ、いくか


そこからもう一回、演奏が部屋いっぱいに響き始めた

   〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


小学生の頃、父親のCDコレクションの中からあるアーティストの曲をたまたま聴いた時

そのアーティストにハマってしまった

ギターの天才だと、直感的に感じたんだ


当時、僕はピアノを習っていた

が、ギターがどうしてもやりたくなって両親に頼み込んだ


しかし、両親は許可してくれなかった

理由として、ピアノはギターよりも身につくのに時間がかかる

ギターはちゃんと習えば1年でマスターできる楽器だと

だから、ピアノをきちんと習ってほしいということだった


結果的に、先生が身内の都合で辞めるまで

中学3年の途中まで習い続けた

その時はやっとギターがやれる、としか思っていなかった

   〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

男1:ふぅ…じゃあそろそろ片付けるか

男2:だな〜


何回も演奏して、そろそろ空が本格的に暗くなってきそうな色になって

周りが片付け始めた


僕はと言うと、さくっとキーボードを部室に運んできたのでやることは済ませている

ベースやボーカルの彼らは個人で練習していたから時間がかかりそうだ


◯◯:ふぅ…


僕は背負っているケースから相棒を取り出すと

短く息を吐いて、指で弦を撫でるようにストロークする


◯◯:何弾こうかな


頭の中の楽譜をペラペラと捲り

曲を選ぶ

この時間が一番楽しい


◯◯:全力少年最近弾いてないからやるか…


指をコードの通りに置いて、弾こうとした時


女1:ねぇ、◯◯!

◯◯:何ぃ?


部屋の外の廊下から、部内のトップボーカルが僕を呼んだ


女1:夏休み前のコンサート?演奏会?あるじゃん
  あれでさ◯◯、うちんとこで弾いてくんない?

◯◯:えぇ…キーボードだろ?

女1:人足りないの、お願い!


彼女のところには、僕なんかよりもバンドに向いたピアノ経験者がいるんだが

どうも腕を骨折したらしく、部活に参加できないそうで


◯◯:ガールズバンドじゃなくなるし、キーボード無しでやったら?

女1:…んぅ、確かにそれはそうだけど

◯◯:てか、うちのボーカルが許さないと思うなぁ


僕をやすやすと手放す人間には見えない

なんてったって、僕の意思でもなんでもないのに他のグループに僕を渡さないように嘘を言っているくらいだから


女1:正直、◯◯をキーボードとしてこき使ってるのは見る目ないなと思うよ

◯◯:へいへい、どうも
  まあ、そっちも僕をキーボードで借りようとしてたけどね

女2:あ〜、ここにいた!
  先生が呼んでるよ


彼女のグループのメンバーが探していたらしく

そう言われて、じゃ考えといてねと言い残して行ってしまった


◯◯:いやはや、人気者は辛いね


結局、僕は学校では相棒を弾けずに帰ることになった



僕の帰宅後の楽しみとして

ゲームと配信を見るという2つのことがある


ゲームはもちろん、ストレスの発散という意味が強いし

何より楽しいからやめられない


ただ、配信を見るっていうのは

普通に配信を見るのを楽しみにしているというわけではない


少し前から、とても気に入っている

…いや、もっと素直に言うと惚れている配信者がいる


その配信者は、僕とそう歳も変わらないように見える人で

ギターの弾き語りを配信している


腕としては、まあ普通くらいの腕だけれど

僕が惚れたのは声だ


その声は、ギターの音と絶妙なハーモニーを生み出す声で

ただ話しているときの声もすごくいい


まあ、声フェチというのも少なからずあるとは思うけれど


◯◯:やべぇ…風呂先に入るか迷う
  入ってる最中に配信始まったら嫌だしな…


今日も今日とて、その配信を初めからきちんと見たいということで葛藤していた


◯母:◯◯、あんた早くお風呂入っちゃってよ
  ご飯ももうすぐできるんだから

◯◯:わかりましたよっ!


母の言葉に負けて、僕は先に風呂に入ることにした

出来るだけ早く済ませると誓って



が、風呂をでてくると既に配信は始まっていて

僕は大急ぎで着替えて、ワイヤレスイヤホンを耳につけて配信に入った





[お、もう始まってる!]


私が配信を初めて数分が経った時

よくきてくれる常連さんのコメントが来た

沙耶:お、いらっしゃ〜い
  今日は遅かったね


ギターを触りながら私は常連さんにコメントを返して、曲を選ぶ

まだ弾ける曲は少なけど

色んな人からリクエストを貰って、それに応えていければいいな精神で取り組んでいる


[ご飯食べなきゃだからあまりコメントできないかもだけど、聴いてるね]


沙耶:ご飯ちゃんと食べてよ?
  そうしないと私怒るからね


嬉しいとは思いつつも、もっともらしいことを言って少し晴れやかな気分

1ストロークして、水を飲んで


沙耶:じゃ、始めようかな
  報告会


大体100人弱の人が見てくれてる前でギター弾くのは少しまだ緊張するけど

これも経験だと思って、毎日している


新しい曲にチャレンジしていって、それができたらまた一曲新しいの、ってレパートリーを増やしていく戦略

中々効率いいなと、我ながらに思ってしまう


沙耶:気になることとか、感想とかあったら言ってくださいね〜


ギターのいい音が、私の部屋に響き渡り始めて

私の声を後押ししてくれる

やっぱり、ギターっていいなって思えるのがこの配信のいいところかな


そんな風に思って弾いている

時々変だとか言われるけど、元々変人らしいから気にしてないよ〜だ


[やっぱり声が綺麗で曲も一段といい曲に聞こえる]


沙耶:えへへ〜そう?
  そんなこと言われたら飛び上がっちゃうよ?


今日もまた常連さんに沢山褒められて、私は嬉しくなって配信を終える

そんな毎日


この日常が私にとっての全て


沙母:沙耶香、ご飯よ

沙耶:ん、ありがと


ギターが私の全てなんだ

私にはギターしかないから…



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?