戻ってこない夏の日を悔いることしかできなくて
一人夕焼けを眺めて黄昏れる
今年の夏は、振り返ってみて充実していただろうかと
そういうことを考えながら
◯:はぁ…後悔しかねぇな
…まあ、毎年か
自分で言ったことに自分で突っ込んで、乾いた声で笑う
そんな虚しい行為
けれど、そんな虚しい行為をしていないと自分が何もできない不良品のように感じてしまう
それを防ぐためには、いくら悲しみが消えなくとも、後悔がずっと心を覆うことをしようともこうするしかない
◯:なんでこう、もっと積極的に…活動的にできなかったかね
毎年毎年思うことだ
友達は、やれ海へ友達と遊びに行って、そんときにナンパしてみたりして…だの
やれフェスで盛り上がった時に隣のお姉さんと肩が当たって少し心が動いただの
そういうとき、話している本人の顔はとても輝いて見える
夏の勲章を付けた誇らしい人間かのように
◯:俺は何もないですよ、そういうの
ため息ばかりが増えてしまう
このため息で心の中にあるこの夏中ため続けたモヤモヤとしたものを吐き出せていればいいのだが
手に持った炭酸水をため息で空いた心の穴埋めにとばかりに、ドバドバと体の中に入れていく
その炭酸水も、冷えたものなんかではなく生暖かくてあまり気持ちがいいわけでもない
そうしていると、不意に目の前に髪の長い影が現れた
振り返ると、そこには
史:あれ、もしかして黄昏れた?
ニヤニヤとして顔を覗き込んでくる、この夏の後悔の大元の人がいた
そう、つまり
この人のことを好きなのだ
◯:まあ、ね…
この姿を見られた以上、変にかこつけるのも違うと思い素直に認めた
しかし、恥ずかしさですぐに前を向き直る
史:あ、ごめんごめん
冷やかしに来たとかじゃないんだよ
彼女はクスクスと笑ってから、すぐ横に座った
サーッと風に流されてきた彼女のシャンプーの匂いが、鼻腔をくすぐり体を熱くさせていく
◯:…この夏、何もいいことできなかったなって
聞かれてるわけでもないのに、ひとりでに喋り始めたのを彼女は嫌な顔せず耳を傾けてくれている
◯:み〜んな何か特別な思い出があってさ
映画見に行った、海でナンパした、フェスで女の人と喋って興奮した…
耐えきれず、炭酸水をまた流し込む
最後の一滴が口に降った時、彼女は口を開いた
史:確かに、みんなは特別な思い出があると思う
けど、それは君も同じじゃない?
◯:いやいや、何もないよ
何もないからここでこんなことしてるわけだし
彼女は不思議そうな顔をして続けた
史:そう?
じゃあ、今この瞬間はどうなの?
◯:え?
史:今、この瞬間は…特別じゃないの?
君にとってはさ
何を言っているのかは、多分心ではわかる
けれど、頭が追いついてない
頭は冷静で、いつもどおり変わらない
…が、心はどくどくという心音に呼応してどんどん体を熱くしていく
飲み干したはずの炭酸水の缶に手を伸ばそうとした
その手を彼女は止めた
史:いつまでも飢えた、渇いたと思ってると
すぐ近くにある小さなオアシスを見失うよ?
◯:すぐ…近くのオアシス…
史:まあ、そのオアシスが何なのかは人によるけど
言い終わると彼女は手を離してくれた
もうその後に、炭酸水の缶を持とうとは思わなくなっていた
◯:…特別な思い出…ほしかったな
って思うこと自体がよくないのかな
史:私にもそれはわからないけど
時々思うんだ、いつか思い出したら何気ないものこそ一番の特別な思い出なんじゃないかって
歳は同じはずなのに、彼女はとても大人の表情になっているのがわかった
達観しているというか、もっと違う視点を持っているというか
◯:…何となく言いたいことはわかったよ
史:そう?ならよかった
彼女の大人の表情は笑顔で消えた
笑顔のあとの顔は、いつも見惚れている顔と大差なかった
◯:それを伝えにここに来たの?
史:まあ、ある意味そうかな
◯:なにそれ
黄昏時が終わろうとしていて
夕焼けは橙から紫へと移っている
◯:そろそろ帰るかな
史:そうだね
時間も時間だし
彼女と共に立ち上がって、下へ降りた
長い時間いたせいか、廃ビルの屋上だったことを忘れていた
…廃ビルといっても、田舎の四階建てのボロい建物だけど
◯:じゃ、また明日ね
史:うん、また明日〜
彼女と別れた
その時強烈に何かが心を走った
稲妻のように、直感的に
振り返ると彼女は後ろ姿で
いつも見ていた後ろ姿だ
けれど、その後ろ姿が悲しげに見えてきてしまう
夏の終わりだからだろうか
そんな悲壮感を湧かせるのだろうか
そんな疑問は心にも持ちつつも、帰ることにした
帰ることしかできなかった
今でも思う
あのとき、もう一回彼女の方へ走っていって
心の違和感について言えば
きっと半分大人になっていた彼女なら、わかってくれただろう、教えてくれただろう
今彼女はどこで何をしているのだろうか
それだけが心残りだ
いつか会えたらいいのだけど
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