音の歯車 第一楽章 ~再び舞台へ~ 3
色々とあった登校初日を終えて、僕は疲れ気味で家に着いた
しかし、その僕の疲れはこれからさらに増えることになる
なんでかと言うと…
◯:四人分作るとか、久しぶりなんですが…
七:◯◯くんって料理もできるんやな
若:完璧じゃん
玲:頑張れ◯◯〜
れかねぇが、よかったらうち来る〜?と誘ったことでお二人が来ることになった
去年のれかねぇはお友達を家に連れてくることとかなかったから、我慢させてしまったのかなと思ってあまり責める気にはなれない
◯:適当に作っちゃうので気にせずくつろいでもらってて大丈夫ですよ
七:なんか、既にできる大人の風格が…
玲:まあ、◯◯はそういう子だから
祐:同居人がこれだと、そうなるのかもね
そんな雑談が耳から入りながら、ささっとあるもので進めていく
15分後…
玲:でね、その頃の◯◯って…
◯:おまちどうさまです
僕は三人のいるテーブルに大皿を持っていった
それを見た先輩お二方は
七:これは?
若:ピザ…とは違うよね
玲:あ、これさ!
少し怪訝そうな顔をしていて、そんなお二方をよそに自分だけ盛り上がるれかねぇ
◯:あれですね、グラタン風のパスタです
チーズの下にパスタ入ってます
若:面白いね
七:料理もアレンジすごいんやな
◯:いえいえ、そんな
玲:ねぇ、早く食べたいよ〜
れかねぇが催促するので、はいはいと言いながら僕は席についた
〇:そんじゃ
全:いただきます!
七:熱々や~
若:少し冷ます方がいいか
◯:そうですね、すぐにお皿に移しちゃったので
玲:えー、美味しいのに熱い方が
そう拗ねるように言うれかねぇに、僕は少し意地悪をした
◯:そう言いながら、毎度火傷しそうになってるのどこの誰だっけ?
玲:えっ~とっ
あ、私か
誰からともいわず笑いが起きる
七:あぁ〜もう、おもろいわぁ
◯:このポンコツ具合最高です
若:わかるなぁ
僕たちが笑うのを、睨むような顔で見るれかねぇ
七:その顔もかわいいで、玲香
若:ほんとだ、とっても可愛い〜
玲:むぅ~、二人とも~
〇:れかねぇ
はよ、食べんしゃい!
玲:はひ!って何で私だけ~?
◆
楽しく食べた夕食の後
僕が、洗い物をしていると、隣に七瀬さんが来た
七:玲香から聞いたで?
だいぶ酷いことされたんやな
西野さんはとても悲しそうな顔をしていて、れかねぇが何を話したのかは容易に想像できた
◯:れかねぇ、あれを話したの?
玲:親友だもん、私の
大丈夫でしょ
◯:本人の許可も得ずかい…
結構話が重いんだから、あんまり人に話すことでもないでしょうに
七:ごめんな
でも、どうしても神童の再来っていうのが気になってしもうて
◯:神童モーツァルトの再来…ですか
あんなん、好きじゃないですよ
若:何で?
れかねぇの横でに話していた若月さんから質問が来る
◯:モーツァルトは5歳で作曲もしたし、オケの配置まで決めたって言われてます…
僕はただ他の子よりもピアノが弾けただけ
玲:だから雲泥の差だって言うんだよ
私の一番の誇りだよ?〇〇は
〇:勝手に誇らんでいい…
それに、もうあの場に立つのは嫌だ
勝手に胸を張って宣言したれかねぇ
それに僕は鋭くツッコんだ
七:でも、今日あの勝負を受けたやん
◯:僕自身はなんと言われようと構わないんです
でも、落ちるとこまで落ちた僕を信じてくれた人への恩を仇で返すわけには
若:律儀だね
玲:◯◯は昔から繊細で素直だから
◯:はいはい、どうも
そこまで話すと、七瀬さんが
七:あの、こんなときに言うんもよくないと思うんやけど
◯:どうしました?
玲:ん、あれのこと?
れかねぇはなにかを知ってるらしい
七:私な、実はヴァイオリンもやっとって
6月に地区のコンクールがあんねんけど
◯:ほ〜、そうなんですね
七:その時の伴奏…頼めへんかな
無理を承知で
◯:あ〜、そういうことですか
伏し目がちで、今にも深々と頭を垂れそうな七瀬さん
◯:ん、そうですねやれると思います
七:じゃあ!
◯:それに見合うように僕も本気でコンクール取りに行こうと想います
れかねぇを見ると優しく、だけど心強く頷いてくれた
玲:◯◯燃えたな、ほんとに
それからは、他愛もない話をして…
七:ほな、帰るな
若:今日は色々ありがとね
〇:こちらこそです!
玲:またいつでも来てね~
一応送りましょうかと聞いたら、大丈夫だと言われたので玄関で見送ることに
七:さ、なな達も頑張らへんとな
若:負けてられないよね
月明かりが、二人の横顔を照らす
彼女達もまた燃えているようだ
二人の先輩が家に来た日から数日が経った
○:あぁ、眠気が…
絵梨花からの勝負を受けた手前、自分の音を見直す必要が出てきた
その為、朝早くから自分の音に向き合っていた
あ、音達か…
玲:◯◯、そろそろご飯にしない?
前みたいに起こしてしまったのか、れかねぇが顔だけドアから出して言っている
○:んぅ、こんな時間か
ご飯の時間だね
僕時計を見て、伸びをする
玲:じゃっ、よろしくシェフ〜
丸投げして去っていくれかねぇ
自炊できないと、困るんじゃないかねぇ
なんて思いながらも、作っちゃう僕は弱い
楽譜をしまってからキッチンに入って、冷蔵庫の中を見る
○:トーストでいい?
玲:いいよ〜、◯◯の作るものなら何でも
椅子に座って、足をバタバタさせ、テーブルに突っ伏して
まるで子供のような体勢で催促してくる
かわいいんだよなぁ、ああいうの
IHにフライパンを二つかけながら思う
冷蔵庫を見てほとんど何も入っていなかったので僕は
○:ちょっと待っててね
れかねぇを待たせ靴箱の横-外の建物に通じる勝手口-から走ってスカイブルーが目立つ外観の平屋へ
こちらも勝手口から入り、すぐ目に留まるどデカい冷蔵庫を開ける
○:あ、やっぱりあった
ブルーベリー、ラズベリー…お、クリームチーズあるじゃん!
適当に瓶を三つ四つ持ち、れかねぇの元へ
玲:え〜、何その瓶
○:なんか父さんのオリジナルのやつ…らしいけど
いい感じにIHにかけていた溶き卵が焼けていたので瓶をテーブルにおいてキッチンの方へ
○:れかねぇさ、ブルーベリーとラズベリーどっちがいい?
玲:ブルーベリー!
◯:はいはい、了解
薄く焼けた卵で、ジャムを塗ったパンを包んで4等分に
○:はい、オムレットパン
…ん?オムレットで合ってるっけ
玲:別に名前はいいじゃん 美味しければ
○:まあ、そうか
んじゃ
“いただきます”
○:熱いから気をつけてね
玲:んぅ〜 美味しい…
これさ、パン包んでるからご飯感あるよね
○:そだね、オムレットはいっぱい中に入れるバラエティーがあるから
今回はそれをパンにしてみたって感じかな
我ながらに、結構美味しくできた
ほぼ父の受け売りなのだけど
玲:あー、そうだ
今日から授業私たちと一緒らしいよ?
そうだった…うちの学校橋本先生しか弦楽器できる人いないんだ
そりゃあ必然的に一緒になる
○:おかしいよねぇ…
弦楽器やる人多いだろうに
玲:まあ、あそこは実力主義だから、お金があっても頭が良くても腕がなければ入学できないし
どうも他の一人の先生が長期休暇らしいから、それもあるのかも
細かいパンくずがついた人差し指を突き立てて、れかねぇが言う
確かに、聞いたことはある
うちの学校は実力がなければ門を叩くことすら許されないと
○:でもなぁ、目立つの嫌なんだよねぇ
意外と僕のことを覚えてる人いるから…
まぁ、正直僕のことを覚えているのは
生徒というより先生だったり来賓の方々だと思うけど
玲:そっか…
忌々しい異名を聞くと、嫌でも思い出す
あの日のことを
音達が見えなくなって、人を信じられなくなって
ピアノ…いや音楽すら嫌いになった始めの日
よくここまで立ち直れたなと心から思う
これも両親、れかねぇ
それと後々出会った同級生のおかげ
玲:まあ◯◯があの子の勝負に乗ったことが一歩目だよ
また、ステージに立つことのね
○:うぅ、言わないで…
できる限り意識しないようにしてたんだから…
玲:あぁ、ごめん!ごめん、〇〇
なんて会話も、少し笑えてるのは
れかねぇが一緒に居てくれるから
結局持ちつ持たれつな関係な僕たち
玲:じゃあ、私先に行くね〜
○:はいは〜い
着替えて、颯爽と玄関から出ていくれかねぇ
ちょっとだけ響いていたアスファルトを打つ音が止まる
○:ん?
不思議に思って窓から外を覗くと
玲:おじさん、おばさん…
◯◯は多分、また光の元に立ちます
見守ってあげてください
さっきの平屋の前で、手を合わせてそう言っている…
○:父さんも母さんも死んでないから〜
玲:げっ、聴いてたの!?
あー、恥ずかっしぃ〜!!
走り去っていく背中
その背中に何度魅せられたんだか…
○:さてさて、もう少し 話し合おうかな〜
音達と…
○:絵梨花に負けるわけにはいかない…
いつしか、どこかへ捨てた闘志と呼ばれる光が心に灯っていた
それが感覚を取り戻すのに共鳴していったのは、言うまでもない
-職員室-
奈:ん?あー、そうそう私ね…
久しぶりに、やつからかかってきた電話に応じているうちに
長い時間喋ってしまっている
奈:でさー?
?:おいおい、そろそろ仕事 出なくていいのか?
無機質な薄い箱から、そんな心配の声がする
奈:大丈夫よ、私放任主義だから
そう言い捨てると
今度は、高らかに笑われた
?:放任主義って… はっははははは
どの口が
奈:この口が
?:うちのをよく見てくれてるくせに?
本当に昔から嘘が下手だな
奈:なっ、それとこれとは別でしょ?
?:そう言うことにしておいてやるよ
偉そうに言う声が耳に響く
奈:あ〜、ごっめん
そういえば校長先生に呼ばれてたわ
?:おいおい、いきなりすぎだろ
照れ隠しならやm…
これ以上声を聞きたくなくなった
箱の赤を押す
奈:さーて、ぶらぶらするかぁ
物で溢れかえってる机の上 唯一汚れていない一角に
奈々未と、その身長越す高身長の男の写真が立ててある
中庭へ向かう奈々未の顔は、太陽に対する顰め顔と珍しく素の笑顔だった
奈:立てよ少年…いざまた光の溢れる場所へ
不意に出た小言は、幸い誰にも気づかれていなかった
○:さて、行こうかな〜
数十分ほど、音達と会話して
気分良く準備する
○:でも、この制服なんの意味があるんだろうなぁ
他の生徒と違う色もデザイン
そのためとても目立つ
それが本当に意味不明だ
○:運よく麻衣さん…いや、校長先生に会えないかな
愚痴をいいながら着替えていると、セットしたショパンのアラームが鳴る
○:愚痴を言っている暇ないや!
必要なものを入れ、バッグを持って走り出す
と言っても物の量は遥かに普通の高校生よりは少ないけれど
○:こういう急いでる時に限って電車が先に行ったりするんだよなぁ
諸々僕の運がないだけなのは、前提として…
駅まではそんなに時間はかからない
が、信号との兼ね合いで電車に乗れないこともある
○:大丈夫であってくれ!
ギアをもう一段上げて加速する際に、鼻に刺さった花の香はなんだろうか
そんなことが不意に脳内で浮かぶと、そればかりを考えてしまうのも僕の悪いクセだ
○:んぅ、なんとか間に合いそうだな…
危ない危ない
最後の信号をギリギリで渡りきり、目標の時間にはたどり着いた
○:いやぁ、今日も運動したなぁ
って一息ついてる暇ないじゃん!
もうすぐ電車が来るので急いで自販機から、定期で紅茶を買う
これも、ルーティンだ
晴れ渡る空を見つつ、ホームで一口飲む紅茶
広がる香りに今日もまた頑張ろうと思わせてくれる魔法がかかっているように思えた
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