人を好きになる理由。
11月も今日をもって終了。明日から12月になるわけだ。関東圏ではそろそろ朝の気温がマイナス表示に切り替わる頃。インフルエンザをはじめとする感染症には充分注意してもらいたい。
本業であるカメラマンの仕事が忙しく趣味であるノートの更新が遅れてしまった。非常に申し訳ないが、僕のノートを読了するほど暇な人がいるとしたらそれもまた愉快な話なので愉快なよしみとして許してほしい。
さて、今回のテーマは「人を好きになる理由」ということ。
これには様々なアプローチがあるが、今回は僕の得意な恋愛を攻めてみようと思う。それも僕の得意な短編小説に載せて。
では、フイクションの世界へ。
私は生意気な人間が嫌いだ。自分の周りの都合しか考えない人間は嫌いだ。自意識の塊のような人間が嫌いだ。自尊心に満ち溢れているやつを見るとヘドが出る。
人間が嫌いだ。
孤独は好きだ。いくら女子でも同じトイレの個室に二人で入る人はいない。人間なんて所詮一人。二人で話すのではなく一人と一人が会話しているだけ。そこに何の依存も見出せない。
高校に通っていると特に感じる。孤独を愛する大切さと、群れることの無意味さを。群れている行為など他人への威嚇に過ぎない。その威嚇集団のなかでも特に嫌いな人間がいる。
それはある男なのだが、何かと私に話しかけてくる。それも私の事ではなく、自分のことを。延々と。長ったらしく。話しかけてくる。
もちろんうんざりしないわけがない。
ある日、彼に話しかけないでと言ったことがある。そうすると彼は
「君は一人の居心地の良さに酔いしれて、他人といることを苦痛と勘違いしているようだがそれは甚だ勘違いだ。君は意図的に他人と関わらないようにすることで、自分の環境を整備することにかまけているだけ。人の迷惑を考えない」
「なにがいいたいの」
「君が一人でいることへの皺寄せがこのクラスに生まれるということだよ」
私は反論しなかった。対抗できる立場になかったからだ。もしここで『そんなの私には関係ない』なんて言ってしまったら、それこそこいつの思う壺。
きっと『ほら、そうやって目を背ける』なんて言って小馬鹿に笑うだろう。
この時から彼のことを許容せざるを得なくなった。
ふんとはなを鳴らした後に彼は「それでいいのさ」と見えすいたようなことを言って席を立っていった。
それから一ヶ月後くらい。相変わらず彼は毎日私に話しかけていた。
私も面倒ではなくなり始めた時に彼のことを気にかけるようになっていた。
席を立てば気がつくし、教室に入って来たら気がついてしまう。今だから言えるがきっとあれは初恋だった。叶うことのない初恋だった。
彼を気にかけるようになって一つ気がついたことがある。彼は誰に対しても優しく、人気があるということだ。最初はそんなに人気が欲しいのかと思っていたが、もし誰も見ていない交差点で子供が転んで泣いていたら、自分が第一志望の面接前でも、お母さんの元へ子供を返す。そういった優しさなのだ。私はその行動原理がわからなかった。
人が人に優しくするのはリターンがあるからだと思う。メリットがないのにデメリットしかない行動を起こすなんて意味がわからなかった。
そしてもしその奇妙な優しさが私にも向けられていて、それが毎日話しかける理由だとしたら。彼は何を求めているのか。わからないことが怖かった。そして、彼が怖かった。
そして私はまた彼に聞いた。
「あなたが私に話しかけるのは優しさなの?」
「ちがう。そんな綺麗なものじゃない。ただの自己満足さ」
飄々と、にこやかにそう語る彼の目はにこやかとはかけ離れていたような気がした。
「私が起こした皺寄せをあなたの自己満で解消しているの?」
「それは僕にしかできないだろうからね」
「あなたにしかできないことが自己満足になるのね」
「そう言うことだ」
「やさしいのね」
「醜いのさ」
そう言ってまた、見えすいた顔をした。
彼との日常で私の周りは多く変化した。お昼は女の子と食べるようになったし、ひとりでいることは少なくなった。人は簡単だ。簡単なことで変化し、その変化を許容してそこに新たな社会通念を見出し適用する。彼は私をクラスという社会に許容してくれたのだ。
そして彼のことがさらに気になった。人を好きになった瞬間だった。
自覚症状はあった。ふと気がついたら彼の方を見たり、外に出かけても彼の趣味の物を見かけたら私のテンションが上がる。おかしいことはもう分かっていた。
一度彼に好きな人はいるか聞いたことがある。彼は、「いるとしても、手に入らなし僕に興味なんて示さないだろう。だからその質問にはnoだね」と言っていた。
その時点で私は気づいていたはずだ。なのに現実から目を背け、自分に都合の良い彼しか見ていなかった。 いわば自分の理想を彼に押し付けていた。彼ならば。そんな独りよがりの結果は当然のような失恋。
初恋はかなわないことの方が多いとよくいうが、本当にこういうことだろう。自分の理想の押し付け。価値観の押し付け。よくある話だった。
それから徐々に私たちも大人になり、社会人になった。あの頃はふられた理由ばかり考えていたけれど、今になったらよくわかる。人が人を好きになる理由。
自分のことを救ってくれたり、自分のことを見つけてくれる。そんな理由じゃない。自分を社会に馴染ませてくれたことでもない。
自分の価値観を押し付けられる相手かどうか、なんだろう。彼もまた同じ。だから手に入らないと言った。ただ彼の方が少し早く気づいていた。それだけの違いが大きく結果に影響したのだった。
無駄に歳を重ねた私は紫煙をふぅっとため息まじりに吐き出した。彼の腕に抱かれながら。