キャッチャー殺しの吉田
私がこれまでの人生で記憶に強く残っているが、大して話す場所がない話を書いていく。
私が中学3年生の頃、同じクラスに吉田という男がいた。
彼は身長は165cmほどで、痩せても太ってもいない。
大量のセロハンテープで固定したメガネをかけて、よく唾液が口から垂れている。
とろ〜んとした顔でいつもどこでも無いところを眺めている。
そんな男だ。
吉田はいつも1人だった。
でも、そこから全く寂しそうな感じはせず、むしろ自分の世界という、我々からは全く見えない世界を謳歌しているように見えた。
クラスメイトは「吉田はヤバいやつ」とやんわり避けていた。
ある日、学校から帰る時、吉田を見た。
学校から駅まではみんな同じルートなので、私はつけていたわけでは無いのだが、
「前の方に吉田がいるなー」
とぼんやり思いながら、帰っていた。
最寄りの駅の階段を、降りる時、
さっきまで3メートルほど先にいたはずの吉田が消えた。
厳密にいうと、吉田はものすごい速さで階段を降りていた。
降りていたというよりはあまりにも速く、かつ滑らかな足遣いで、スキーのごとく滑っていた風に見えた。
私は階段を駆け降りて、吉田に話しかけた。
「すごいよ!今の!どうやったの??」
吉田は何か言っていたが聞き取れなかった。
吉田は声が小さいわけでは無い。純粋に言語として何を言っているのかわからなかったのだ。
あえて文字におこすと
「きゃぴゅるるぴーん」
と言った感じだろうか。
その日以降、私は吉田に興味を持ち始めた。
毎朝登校したら吉田におはよう!と挨拶をする。
吉田は何語かわからない言語で答える。
授業中も吉田を観察するようになった。
筆箱には小指の第一関節くらい短くなった鉛筆が100本ほどみっちりと入っていた。
「なんで、そんなに短いのを使うの??」
と聞いても、吉田は何か喋ってくれるのだが、それが言葉なのか鳴き声なのか、何を言っているのかは私には理解できなかった。
みんなは吉田はヤバいやつと言っていたが、私は違うと思っていた。
むしろ吉田はIQが高すぎて我々には理解できない領域で生きている人なのか、人間に扮して生活している宇宙人なのだと思っていた。
ある日、体育が野球だった。
私は吉田と同じチームになり、打席に立つ吉田を応援していた。
ピッチャーがボールを投げた。
吉田は空振る。
そして空振ったスイングのまま、腰を回転させ、真後ろを向いた。
それと同時にバットから手を離し、
バットはキャッチャーの顔面に突き刺さるように飛んでいった。
キャッチャーはギリギリで避けた。
もちろん、バットを避けることに必死で、ボールは取れていない。
吉田はキャッチャーがボールを取れていないのを確認すると、
両手を前に小さく構えて、のっそのっそと頭を揺らしながら一塁へ走った。
まるで、ティラノサウルスのように。
私はヒットはヒットだが、これはナイスバッティングと言ってもいいのかわからず、黙ってしまった。
その日以降、吉田は「キャッチャー殺し」という異名を持ち、クラスメイトは吉田を恐れるようになった。
結局私は吉田のことをあれだけ興味を持って観察していたのに、少しも吉田の深い部分を知ることはできなかった。
吉田の生きている世界を、のぞいてみたかったが、私にはのぞけないほど分厚い結界があったようだ。
クラスが変わり、吉田とも疎遠になった。
吉田、元気にしてるかな、、、
以上。