引用とオマージュの連環 演劇/微熱少年 vol.2 『料理昇降機/the dumb waiter』について その5

演劇/微熱少年vol.2『料理昇降機/the dumb waiter』写真:濱崎賢二

『料理昇降機/the dumb waiter』はお陰様で全席予約完売、近隣市町要人や演劇関係者、美術関係者らを含む多くの方にご覧頂き「笑劇」と「困惑」の内に幕を下ろした。ご来場のお客様や応援してくださった方々、そして惜しみない協力をしてくれた館林美術館の皆さんとキャスト・スタッフに心から感謝をしている。

演劇という限られた時間空間で観るその一回性の構造に相応しくないくらい情報量の多い作品であったが、今回はピンター本人のオリジナルテキストや、喜志哲雄による訳出にはない、本公演のオリジナルとなる演出・トリビアを記録しておく。

演劇/微熱少年vol.2『料理昇降機/the dumb waiter』写真:濱崎賢二

ベンとガスが入室、オリジナル戯曲の冒頭ト書きへの橋頭堡として荷物を置き、上着を脱ぎ、待機態勢に入るまでを演じる。ベンは空気枕を膨らませ自分のベッドのポジション取りをする。

ベンの空気枕のシークエンスは、加藤真史の作・演出作品で頻出する小津安二郎映画へのオマージュ。『東京物語』冒頭の老夫婦の荷造りの会話に登場する「空気枕」。また、ベンを演じた大竹直が所属する「青年団」主宰・平田オリザを追ったドキュメンタリー(観察映画)『演劇Ⅰ・Ⅱ』(監督:想田和弘)で新幹線に乗り座席についた平田がおもむろに空気枕に息を吹き込みリラックス態勢をとることも併せて連想。

ベンが読む新聞はFinancial Times
ガスが靴から取り出すタバコの箱はJPS

初演時からベンの読む新聞はイギリスの大衆向けタブロイド紙The Daily Mirrorが一般的な選択だった。しかし、本公演では「ベンが新聞を手にしているのはガスに対して優位なポジションをとるため」「ベンの新聞は表情を読み取られることを隠すための道具」という道具の役割を明確にするため経済紙であるFinancial Timesを選択した。ちなみに日付は2年前のもの。経済紙を読んでいるはずなのに【年寄りが道路を横断しようとして車に轢かれた】とか【少女が猫を殺した】という話題を口にすることで起こる捻じれも採用した。また、「ベンは実は文字が読めない」という説もあり(料理のオーダー票は全部ガスに読ませている)、その意味でも捻じれが発生することを狙った。

ガスと靴の関係は基本的にはピンター自身が『ゴドーを待ちながら』からの引用であることを否定していないので省略する。タバコの銘柄については労働者が吸っていた仏産銘柄ゴロワーズか、英国産銘柄であるJPSかで比較検討した。稽古においてはゴロワーズを使用していたが、最終的に英中産階級を象徴しながらも「潰れた空箱」を大事に持っているというイメージを優先しJPSを採用した。

「トイレの鎖を引く音」「トイレの水が流れる音」「料理昇降機が上下する音」などのSEはすべて英BBCが公開しているSEライブラリーから1950年代の音を選定して加工

戯曲が書かれた時代や舞台が英国であることを最大限再現することと、登場人物の行為とテキストの間にコンテクストのズレが発生しないことを考慮した。料理昇降機が音のみで上下する表現は疑似的な奥行きを表現することに成功し、観た方の感想からも「無限の暗闇を感じた」と伝えられた。

演劇/微熱少年vol.2『料理昇降機/the dumb waiter』


ベッドから「生える」白熱電球

日本における不条理演劇の大家・別役実へのオマージュ。別役作品には「電信柱」とそこに付随する「街灯」が登場する。また、別役の遺作となった『注文の多い料理昇降機』は宮沢賢治とピンターへのオマージュ作品である(「ケンジさん、ピンターさん、ごめんなさい」というキャプションまでついている)。同作への敬愛も込めて、その副題である「ああ、それなのに、それなのに」をガスのセリフとして言わせた。また、同作の初演舞台美術を務めた杉山至は本作舞台美術を担当した濱崎賢二の青年団/六尺堂の仲間である。

演劇/微熱少年vol.2『料理昇降機/the dumb waiter』

「最初の11人」

原文 the first eleven、何かを成し遂げた最初の11人という意味合いだが、スポーツチームで結成から最初に結果を出した(あるいは創立以来特別な成果を上げた)レギュラーメンバーを指す表現。本作では最初ガスは「クリケットのチームだ」と言い、後に写真を見直して「サッカー見たいよな」とサッカーの話題に移っていく。どちらも11人で行われ、イギリス発祥のスポーツ。イギリスでは文脈が共有されているので笑いのポイントになる箇所だが、日本人にはその部分の理解は得られにくいので、せめてもの捻じれを生じさせるため、34年前の高校卒業アルバムからサッカー部の集合写真を引っ張ってきた。この写真の当事者にしかわからないが、なぜかサッカー部でない二人が中央に写っている(笑

演劇/微熱少年vol.2『料理昇降機/the dumb waiter』

拳銃

バディである二人は同じ銃を使っている。部品や取扱の共有という利便性と個別性を隠す意味から。使用銃は第二次大戦で英国軍が採用していたエンフィールド。そのことから二人は第二次大戦に従軍した退役兵士であるというサブストーリーが生まれた。しかし、最初の公演終了後にベンの使用する銃が破損・大破。同型の銃を代替することが不可能だったため、急遽準備した銃が同時代に米軍のMPが採用していた型のものになった。じつはそれが怪我の功名となり、「ベンはガスに自分の銃が変わっていることに気付かれないようにしている」、「ガスは自分に向けられた銃が違うことに気付き愕然とする」というサブストーリーが発生し、ベンの行為に対する新たな解釈の可能性を提示することになった。

ベン「俺が、やかんに火をつけて来いって言ったら、それはつまり、やかんに火をつけて来いってことだ。」
ガス「やかんに火はつかないだろ。」
ベン「言葉のあやだよ!やかんに火をつける。こいつは言葉のあやだ!慣用句・カ・ン・ヨ・ウ・ク!」

加藤真史作・演出による『縁側アロハ』で東京オリンピック2020開催を批判的に話した姉妹が滝川クリステルによるの招致アピール「オ・モ・テ・ナ・シ」を真似てふざけるシーンがある。ベンを演じる大竹直はその姉の夫役を演じた。

演劇/微熱少年vol.2『料理昇降機/the dumb waiter』写真:濱崎賢二

ガスがマッチの燃えカスを投げ入れる「灰皿」

ガスを演じる加藤亮佑の師は世界的演出家・蜷川幸雄。彼の仕事を追ったテレビの映像で演出中に激高し俳優に灰皿を投げつけるシーンが映され、それ以来「蜷川=灰皿を投げる」というパブリックイメージが定着する。実際にはいつも怒っているわけではなく、穏やかで優しい方だったと多くの証言があるが、なかには灰皿だけでなく靴まで投げられた俳優の証言もある。同時期に演出中に机を蹴飛ばすつかこうへいの映像も放映され、舞台演出家は怒鳴りながら机を蹴飛ばし灰皿を投げつける、が一般に浸透してしまった。もちろん、そんな暴力に訴えかける演出方法は現在では認められない。だから、ガスは灰皿を「投げない」。

ベン「何が入ってる?」
ガス「マッチ」
ベン「マッチ?」
ガス「マッチ…です。」

すいません。言いたくなる世代なんです。許してください。クロヤナギさーん!でも、モノマネは我慢しました。

演劇/微熱少年vol.2『料理昇降機/the dumb waiter』

舞台の「上」に、部屋があり、小窓から舞台上よりも明るい明かりがずっと点っており、そこから漏れる光が「出入口」をぼんやりと照らしている。この「上」と舞台をつなぐのが料理昇降機であり、注文も指示も「上」から来る。しかも、繰り返すが、「上」は舞台上より【明るい】のだ。それは決して正体を現さないが、確実に存在している。上演中にその事実に気付いた一部の観客が「ひっ」と押し殺した悲鳴を上げるのを、聞いた。

演劇/微熱少年vol.2『料理昇降機/the dumb waiter』

指令を待ち続ける二人の殺し屋が閉じこもる部屋の外には「世界」が広がっている。開け放たれた窓の外の借景に、ご覧頂いた方は何を感じただろう?


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