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演劇/微熱少年vol.3『「小医癒病」中医癒人大医癒世』をめぐって③

まちは人々を健康にする!
医師だからこそ分かったこと。
人が健康に生きるために、薬よりも大切なものがある。

クラウドファンディング:映画「下街ろまん」製作プロジェクトより
「下街ろまん」孫大輔監督

話はなかなか始まらない

藤沼康樹という人がいる。日本の家庭医療におけるスーパースターの一人だ。いや、スーパースターなんて言うと本人は否定するかもしれないが、少なくともその概念を日本社会と医療の「仕組み」の中に組み込み擦り合わせる取り組みをしてきた第一人者であることは間違いない。

藤沼康樹

私の病院勤務時代、2004年に始まる医師の卒後臨床研修必修化にむけて、医師がそのキャリアの最初期に学ぶべきことは何なのかという議論が広く行われており、藤沼氏はその議論をリードするオピニオンリーダー的存在だった。私も、そのグランドデザインと宣伝や採用業務に関わる仕事を任されていたので氏の論稿を読んだり、講演会や会合などで何度か顔を合わせていた。(ジョンズ・ホプキンス大学のジョン・サールツ教授が来日した際の講演会では短パンにサンダル履きでサールツの原著を持って現れサインしてもらっていた)

2007年に私が病院を退職し、個人で仕事を始めた頃、Twitterが日本語に対応し、情報ツールとしての有用性に気づいた人たちがこぞって使い始めた。同好の士をみつけるのに便利で、これはインターネット仮想世界における「集合知」が現出した!マクルーハンの「メディアの発達で世界はひとつの村になる」という予言が現実になった!と興奮していた。(まさか悪意の表出がそれ以上に「村社会」を現出させるとは気づかなかったユートピアの一瞬ではあったが)

マーシャル・マクルーハン

そんなTwitter上で、藤沼氏と思わぬ再会を果たし、医療のこととかはそっちのけでもう一つのお互いの共通の話題「音楽」の情報を交換して交流していた。

ある日、藤沼氏と絡んでいる若い医師のつぶやきが目に留まった。タルコット・パーソンズのAGIL図式を使った構造機能分析を用いて医療の役割を説明しようと試みているようだった。パーソンズは社会を科学的に分析するために一般理論を構築しようと試みるなかで、人間の社会における行為をある種のシステムとしてとらえるところから理論展開を始めたため社会システム論・機能主義と理解されている。確かに便利な考え方なのだが、それはある規範や文化を共有する人間同士で形成される社会の内において有用であって、その範疇から外れるものを「逸脱行為」としてしまう危うさがあった。あるいは「社会」という概念を「国家」や「世界」よりも小さな関係性の概念でとらえているというか…。で、思わず、おせっかいにもその話題に割って入り、社会システム論の危うさを140文字の枠で何度もやり取りした。

「そんそん」というハンドルネームのその若い医師は、藤沼氏の下で家庭医の研修をしているといい、その前には腎臓内科の医師だったが患者を部位でしか診ないことに疑問を感じ、一から研修をやり直していると言った。しかも、とても医学の人とは思えない鋭い質問を投げ返してくるので、そういうのが嬉しい私は、負けてなるかと一所懸命考えては返信していた。「師匠」なんて呼ばれていい気になっていたが、それもつかの間、「そんそん」は家庭医の研修が終わるや否や東京大学で教える側の「先生」になってしまい、いくつも学位を取り、新聞に連載を持ったり、落語をやったり、家庭医療と医学教育のネクストスーパースターになってしまったのであった。それが孫大輔である。

孫大輔
「対話する医療」孫大輔

かつて、社会学は医学だった

実は、医学と社会学は相性がいい。というか、社会学がオーギュスト・コントによって「厳密な『学』として」提唱される以前から、近代化によって激しく変動する社会を、自省的にとらえ直す動きはあって、例えば1845年のフリードリッヒ・エンゲルスによる『イギリスにおける労働者階級の状態』では、資本家階級と労働者階級の平均寿命がニ十歳ほど異なるという事実を指摘し、医師たちが日々診療の現場で健康の格差を見せつけられ、労働者階級の生活状況の改善が緊急の課題であると警告している。クリミア戦争に従軍したフローレンス・ナイチンゲールが「衛生」と健康の関係を実証し近代看護の概念を理論づけたのもこの流れであると考えられる。さらに際立つのは細胞病理学の確立者として著名なルドルフ・ウィルヒョウの「医学は一種の社会科学であり、政治とは医学の総体そのものである」「医療はすべて政治であり、政治とは大規模な医療にほかならない」という宣言であろう。

『ウィルヒョウの生涯』アークネット著


当時、医療の実践は、同時に社会変革を少なからず意味し、その変革に必要な知識を与えるものが社会学であるとすれば、社会学は医学にほかならなかったのである。

別冊宝島176『社会学・入門』「医療社会学の現在」市野川容孝

興味深いのはエンゲルス、ナイチンゲール、ウィルヒョウが同じ1年の内に誕生していることだ。それだけ、当時のヨーロッパにおいて「近代化」が人間の価値観を根底から変革する大きな出来事であり、それが理性的な「知」として結実するタイミングも同時多発的だったということの証左でもあるのだと思う。

まちは人々を健康にする

孫大輔が「対話」による健康問題のエンパワメントに着目し、ワールドカフェ形式の対話集会を重ねる中で、東京の谷根千地区における実践として「谷根千まちばの健康プロジェクト」に参加し、即興劇プレイバック・シアターの手法を取り入れた活動を開始した。とても興味深く情報を追っていたのだが、それは映画制作へと結実した。それが「下街ろまん」だ。こころの病いを患った一人の男性が、まちと、まちで生きる多様な人々との出会いをきっかけにして健康を回復していく物語で2018年に制作され、2019年に公開された。

谷根千まちばの健康プロジェクト

そのきっかけになった取り組みの一つが、俳優で介護福祉士の菅原直樹を中心に、2014年に岡山県和気町で活動を開始した「老いと演劇」をテーマに活動するOiBokkeShiの存在だったという。

菅原直樹

菅原の手法はユニークだ。「老人介護の現場に演劇の知恵を、演劇の現場に老人介護の深みを」という理念のもと、高齢者や介護者と共に作る演劇公演や、認知症ケアに演劇的手法を取り入れたワークショップを実施するのだが、認知症の高齢者は当然プロの俳優のような再現性を期待できない。いや、期待できないどころか、準備されたものを「超越」してしまうことの方が多いと言ってもいいくらいだ。そこで菅原は「演出」と「介護」を同居させる手法を編み出した。というか、介護の現場で「話を合わせていた」ことを「演出」に昇華させたというべきか?https://oibokkeshi.net/2020/10/22/398/

初めて観たのはテレビのドキュメンタリー番組でだったと記憶しているが、これには私も唸った。そして興味を惹かれたのが、菅原が青年団所属の俳優であったことだ。青年団は平田オリザによる「秒単位」「ミリ単位」の演出が有名で、俳優は舞台で高度な再現性を要求される。同一演目の公演ごとの時間誤差は30秒以内に収まる。ロボットやアンドロイドを俳優として出演させ、プログラムされた動きがまるで意思を持って動いているように他の俳優と「共演」する。そうした出自を持つ菅原が、「再現性を望めない」「不確定要素しかない」演劇へと向かうモメントに非常に興味があった。

2016年の12月に平田オリザと「再会」したことがきっかけで、再び演劇活動を「再開」していた私は『白い巨塔』や佐久総合病院劇団部のような方法以外の「演劇」(あるいは「フィクション」)と「社会」「医療・健康」の在り方を考え、2018年5月に一本の戯曲を書き上げた。それが『「小医癒病」中医癒人大医癒世』だった。この同時多発的出来事の背景にも平田がいた。


演劇/微熱少年vol.3「小医癒病」中医癒人大医癒世


しょういはやまいをいやす、ちゅういはひとをいやす、だいいはよをいやす

作・演出 加藤真史
2022年10月22・23日(4ステージ)

太田市学習文化センター視聴覚ホール

2006年6月、沼田中央病院では7名の研修医たちが日々切磋琢磨している。1年目研修医はそれぞれの技術習得に夢中、2年目研修医はそろそろ研修終了後の進路も気になり始めている。ある日、診療参加型医療実習「クリニカルクラークシップ」に参加するため医学生がやってくる。医療者にとっては日常になってしまっていることが医学生にはまだ珍しい。そんな素朴な疑問や驚きが池に投げられた小石が起こす斑紋のように研修医たちの間に静かな波を起こす。
「生きる」とは何か?「死」とは何か?答えの出ない問いに挑む研修医たちとそれを取り巻く医療人の群像劇。

【出演】
新井聖二 成澤陽子 入内島優奈 村山朋果 赤井那帆 武藤真大 木田恭平 佐藤壮成 山﨑香 川原崎晴紀 東雲楽 栗原一美 みずだけ豆太 加藤亮佑 酒巻誉洋 久保田雅彦 滝川いくた 根岸佐千子 荒井正人 中村ひろみ

【美術】濱崎賢二(六尺堂・青年団)
【照明】深町友基(TM Light Company)
【テーマソング】入内島詩織
【医事監修】鈴木諭(利根中央病院 総合診療科科長)
【映像記録】岡安賢一(岡安映像デザイン)
【チケット情報】
 一般    3,000円
 U-22・学生 1,000円
 ※「困った割」身体の不自由な方・経済的に困難な状況にある方は無料でご観劇頂けます。お問い合わせください。
☆好評販売中!
・カンフェティ
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 お電話予約: 0120-240-540*通話料無料
(受付時間 平日10:00~18:00※オペレーター対応)
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 オンラインチケットレス予約が出来ます。
 https://engekibinetsu.peatix.com/
【その他注意事項】
未就学児童はご入場いただけません。
マスク着用など新型コロナウイルス感染対策にご協力ください。
【協力】
劇団ブナの木 a/r/t/s Lab 松竹エンタテインメント 邑楽町民劇団 すたりあ倶楽部 フォセット・コンシェルジュ 演劇プロデュースとろんぷ・るいゆ Ota Art Garden 新日本演劇 ぐんま演劇商店街(順不同)
【後援】
群馬県 群馬県教育委員会 群馬県教育文化事業団 太田市 太田市教育委員会 エフエム太郎
【助成】
文化庁ARTS for the future! 2 文化芸術振興費補助金(コロナからの文化芸術活動の再興支援事業)
【制作】演劇/微熱少年 加藤総合研究所 【制作補】新井由美 武井道子 本木薫 嶋村友希
【主催】演劇/微熱少年

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