思弁逃避行 03.茄子
【03.茄子】
ナスはいい。
ナスというものは煮ても焼いても揚げても美味い。外は紫、中はクリーム色というとても口の中に入れてもいいものとは思えないようなあの素っ頓狂な配色もいい。あのスポンジ状の食感は他の野菜では見ることがない上に、よく油を吸う。天ぷらや麻婆茄子などにした日には、もはや美味いだなんだとかいう話では済まされない。めでたい。めでたい味がする。
そんな美味の権化として慣れ親しまれている茄子だが、あの野菜は何科の何属なのだろうか。見た目はトマトのような膨らみと光沢だ。しかし中身の方を考えるとウリの類のものなような気もする。それこそズッキーニには比較的ナスに近いものを感じられる。
ここで広辞苑が役に立つ。「なす」で引いてみる。すると茄子はナス目ナス科ナス属のナスという種であることがわかった。なるほど、ナスはナスでしかなかったのか。完全にナスとしての独立を果たしている。他の知っているものに結びつけて理解しようとしていた自分の浅はかさが恥ずかしい。そもそも先ほど例にあげたトマトはナス科らしい。なんだそれ。それならばあの美味さも納得である。
では、茄子のことを「なすび」と呼ぶことがあるが、あの「び」はなんだ。なんの「び」だ。葉っぱの「ぱ」同様、なくてもいいはずだというのに。なぜか当たり前のように「び」が居座っている。ナスは漢字で書くと茄子だ。しかしナスビも漢字で書くと茄子になる。だめだ。どうやら今夜はナスから抜け出せそうにない。
このままでは気が滅入りそうなので外へでると、すっかりあたりは暗くなっていた。空は茄子のような深い紫色で、西のほうにはクリーム色の穴が虫食いのようにぽっかりとあいていた。
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