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台湾旅行記⑤

9日目

 この日は訪れたい場所を予め決めていたわけでは無かったので、午前中は台南の海沿いを訪れて、その後高雄に移動するというざっくりとしたスケジュールであった。
とりあえず、バスに乗って台南の海沿いのエリアへと向かった。まず、海に面したところに19世紀の砲台跡があるというので、そこに訪れた。二鯤鯓砲台この砲台は億載金城とも呼ばれる。ここは日本が台湾に出兵した事件を受けて築造した砲台であるが、その後日本統治が始まったころには大砲が撤去されたため、この時点で遺跡となっていた。台湾が主権を取り戻してからも改修が行われたため、面影は残っていなかったが、アームストロング砲のレプリカはとても迫力があった。

完成度たけーなオイ…

 砲台跡を出たあと、橋でつながった離島に向かった。その島の名前は漁光島といい、砲台跡から歩いて20分ほどで島にたどり着いた。そこはビーチが人気だという以外には目立つものがなかったので、ビーチを訪れてすぐ引き返した。

漁光島と本土を繋ぐ橋

 帰り道も同じルートだが、道中にあったレンタサイクルを見ると歩くのが馬鹿馬鹿しく思えた。ただ、このレンタサイクルの利用には台湾の電話番号が必要とインターネットの解説サイトに書いてあったので、利用ができないと思い込んでいた。しかしながら、この時もう一回調べると、アプリ利用とクレジットカードの登録で外国人でも使えることが判明したので、すぐに手続きをした。手続きを済ませ、念願の自転車で次の目的地へと向かった。

このYou bikeは台北発祥で、台南は別サービスだという情報が多かったが、3月に台南でもサービス開始したそう。

 自転車を走らせて10分ほどで、次の目的地の安平老街についた。ここはオランダ時代に作られた台湾最古の街と言われている。そのため、貿易に関する史跡が多く残されている。このエリアで最も有名なのが、安平樹屋である。ここはもともとイギリスの貿易商の倉庫として建てられ、戦後には台湾総塩工場の倉庫になっていたが、事務所の移転に伴い放置された結果、ガジュマルの木に侵食された。木が建物を覆いつくしている姿がインスタ映えするといわれていたが、映えに興味がない自分は外観が見れればいいと思っていた。建物の付近にくると、外から見えないことがわかり、仕方なく入場券を購入した。中に入ってみると、思った以上に木が侵食していたが、何枚か写真を撮ったら満足するレベルであった。

自然の力強さは十二分に感じられる

 しかしながら、木の上にリスを見つけてからは、この場所に対するとらえ方が一気に変わった。街の中に豊な自然があり、そこには野生生物が住んでいるのである。ただの観光スポットとしては特出するものはないが、生物と共存した環境に感動した。

かわいい

 多くの人は安平樹屋を見るために訪れているが、本来の母屋である徳記洋行には台南の歴史についての展示が行われている。オランダ人がやってきたところから現在までの歴史がまとめてあり、とても分かりやすかった。

とても良い洋館

 徳記洋行を出たころには正午を過ぎており、午後には列車に乗るつもりでいたので、中心部へと戻るべく、バス停まで向かった。バスの発車時刻よりも早くバス停に着いたのに、バスが目の前を通り過ぎてしまった。よく見ると、目的地のバス停は数十メートル離れたところにあり、自分がいた場所は運航を休止している路線のバス停であった。次のバスが1時間後なので、ほかの路線のバスに乗るために、急いで移動したが、そちらは定刻よりも5分早く出発していたようで、乗れなかった。2本もバスを逃してしまい、怒りが込み上げてきたが、バス停を間違えたのは自分であった(バスの運転士はこちらを見ながら通り過ぎたが)ため、怒りのやり場が無かった。1時間後のバスを待つのは馬鹿馬鹿しかったので、諦めて自転車で移動することにした。気温30度を超える中での自転車で汗をかいたが、次の目的地はかき氷屋だったので、かき氷を楽しみにしながら20分ほど自転車をこいだ。
台湾はフルーツかき氷が有名である。自分は小さいころ一度だけデパートの物産展で食べたことがあるが、1000円もするのを見て興味が湧かなかったので、それ以来食べたいと思うことが無かった。しかし、せっかく台湾に来たのだから、一度は食べようと思っていた。

甘いは最強

 頼んだ苺かき氷は、苺のシーズンでなかったため、ソースであったが、それでも練乳の掛かった氷との組み合わせは最高であった。火照った体を一気に冷まし、食べ終えたころには怒りも綺麗さっぱり消えていた。
かき氷を食べたらお腹が満たされたので、昼食は食べないことにし、宿で荷物を回収してから列車に乗った。
この日は高鐵の乗車可能日に設定しておいたが、高鐵の駅まで移動する手間を考えたら、所要時間があまり変わらなかったので、臺鐵で高雄まで移動した。高雄までは1時間程度で行けるので、着いたのが16時前であった。
高雄駅を降りてまずは宿に向かった。ついた宿は、大浴場とサウナがウリという、日本のビジネスホテルのような特徴を持っていたのが面白かった。フロントでチェックインをしようとすると、スタッフのお兄さんが、日本語で大丈夫ですよと言ってくれた。今回の旅で初めて、日本語対応をしてもらった。チェックインを済ませ、まず初めに高雄の電気街へと向かった。高雄の電気街は台北ほど大きくなく、秋葉原と大阪日本橋の規模の差みたいなものであった。ちなみに、台湾のコンピュータショップに日本橋3Cという店があるが、本店は高雄である。

突然出てくる日本橋

 規模が大きくないので、1時間程度で回り尽くしてしまった。その後、どこに行くかを考えたとき、特に思い浮かばなかったので、海沿いの駁二芸術特区に行ってみることにした。MRTで数駅の駁二芸術特区にたどり着いた頃には日没を迎えようとしていた。ここは港湾倉庫をリノベーションした施設群で、他の文創園区と同様に、様々な展示やイベントがある。また、このエリアはLRTが通っているが、踏切がなかった。他の場所には踏切があるようではあるが、遮断機のついた踏切に慣れていた自分には驚きであった。

警報機はあるが遮断機が無い

 このエリアを歩き回っていると、大通り沿いにスーパーを見つけた。台湾に来てから、スーパーに行っていなかったので、どんな様子なのかを見に行くことにした。スーパーの中に入ると、入り口から野菜、日配品、肉と続き、通路に飲料と菓子があるという、日本と同じ構造をしていた。また、豆腐のコーナーでは日本と同じようなパッケージの豆腐たちが、たくさん並んでいたので、ここが日本であるかのようにさえ感じた。飲料コーナーを見ていると、可愛らしいパッケージのビールを見つけたので、それを公園内でのんびり飲むことに決めた。おつまみとして、揚げ湯葉を買って店を出た。

デザインと同じように味わいも優しかった

公園内のベンチに座り、ビールを飲んでいたが、思いの外、蚊が多くて、のんびりしていられなかったので、500mlをささっと飲んで、街歩きを再開した。さっきまで歩いていたエリアとは反対のエリアには特徴的な外観の高雄流行音楽中心があるので、そこを目指して歩いた。途中、橋を渡って他の埠頭を訪れた。とても広範なエリアにはそこら中に芸術作品や、おしゃれな店があり、ただ歩いているだけでも、文化人を気取ることが出来た。

いい景色。デートにも良さそう

目的地の高雄流行音楽中心はイベントも何もなかったので、入り口までは行かず、途中の場所から眺めて満足した。

すごい見た目をしている

 時計を見ると19時半で、次に見たいものにちょうどいい時間になったので、MRTで街へと戻った。MRTを降りた駅は美麗島という、台湾の別名フォルモサを駅名にした場所である。ここは、世界で最も美しい駅の第2位に選ばれた駅で、目玉のステンドグラスアートは世界最大であるという。

これが通常時。とても美しい

そして、この駅は1日に3回、光のショーが行われ、それの3回目が20時なのである。MRTを降りてコンコースに向かうと、そこには圧巻のステンドグラスが広がっていた。息を飲むような美しさに驚いたが、時刻は19時40分で、待つには少し時間があった。そこで夕飯を食べてから戻ってくることにし、駅周辺の夜市に向かった。簡単に食べれるものとして、チャーハンを選んだが、提供された頃には50分になっていたので、急いで食べて駅へと戻った。
そして、59分に駅に着き、ギリギリ間に合った。20時になるとステンドグラスを照らしていた照明が消え、コンコースは真っ暗になった。そして、天井に設置された複数のプロジェクターから床に映像が投影された。映像は美しかったが、ステンドグラスを活かしたものになると思っていたので、拍子抜けしてしまった。しかしながら、10台ほどのプロジェクターが、互いに干渉せず、円形の床をすべて使って投影したり、四角い枠を投影したりと、映像技術に驚いた。
 光のショーを見終えて、宿に戻った。ホテルのウリであった大浴場は日本のビジネスホテルのそれと全く同じで、久しぶりにリラックスすることが出来た。しかし、浴槽の湯はあまり循環されておらず、汚れが少し気になった。
 翌日が大移動になるため、あまり夜更かしせずに寝たが、夜中に急に気分が悪くなり、トイレに駆け込んだ。当初は風邪を引いてしまったのかとおもったが、思い返せば500mlの缶ビールをペースよく飲んでいた。つまりこれだ。量は多くなかったが、ペースが速かったので、多分それだ。酔い自体は感じなかったので大丈夫だと思っていたが、こういうこともあるのだと学んだ。気分が落ちついてからベッドに戻って寝た。

10日目

 この日は高雄から花蓮までの8時間半に渡る移動の日である。まず、高雄駅から台東行きの列車に乗り、台湾の南側をぐるっと回った。台湾の東側は空気がとてもきれいで、台中や高雄の空気の悪さと比較すると驚くくらいのものであった。また、海もとてもきれいで、海沿いを走る列車の車窓から息を飲むほど美しい景色が見れた。

美しいターコイズブルーの海

 12時半ごろに列車は終点の台東に到着し、花蓮に向かう列車まで50分程度の待ち時間があった。当初は台東駅近くで昼食を取ろうと思ったが、台東駅が市街地から移動したことで、街と駅が離れてしまい、周囲には店があまりないという情報を見た。そこで、バスに乗って中心部へと向かい、そこで名物の米苔目を食べることにした。インターネットでおすすめされた店に向かってみると長蛇の列があり、食べて行くと駅へと戻るバスに間に合わない可能性があったので、持ち帰りにすることにした。持ち帰りは容器代が3元掛かると書いてあり、これを見たのは初めてで驚いたが、注文表に容器も記入して会計をした。そうすると合計金額が3元少なかった。不思議に思ったが、言葉が分からないためとりあえず待っていたが、持ち帰りも長い待ち時間を要した。持ち帰りの客は出来上がると番号が表示されるのだが、ようやく自分の番だと思ったらあとの番号が表示された。不思議に思い、店員に見せたら店員も忙しげに他の店員に指示を出していた。どうやら忘れられてたらしい。ただでえ時間がないのにこれは痛手だ。バス停までの移動時間を考えると残り3分を切ったときに、ようやく注文の品が渡されたのだが、紙の容器がついておらず、麺とスープがそれぞれビニール袋に入っているだけであった。金額が少なかったのは、やはり容器が含まれていなかったからだったのだ。注文通りにならない上に、忘れられていたという、踏んだり蹴ったりな状況でイライラしたが、とりあえずバスに乗って駅へと戻った。列車の時刻までは20分ほど時間があるので、食べることは出来たが、とにかく食べづらかった。

これをベンチで食べた

まずは、スープを麺の袋へと注ぐのだが、袋は自立しないので、かなりの量がこぼれた。そして、次に油で滑る袋を片手で保持しながら麺を食べる。味は良かったのだが、食べづらさのせいで満足度は無いに等しい。おまけに、外のベンチとはいえ、常識外の食べ方をしている自分を団体旅行客が冷ややかな目で見てくる。こっちは被害者なのに、さらに羞恥にさらされたのだから、とても不快であった。なんとか食べ終えたが、手がとても汚れていたので、手を洗いに行くのに荷物をもつことが出来なかった。仕方なく、荷物をその場に置いて急いで手を洗いに行ったが、異国の地で荷物を放置するのは精神衛生上とても悪かった。そうして50分の台東滞在は惨憺たる結果になった。
 列車がやってきたので乗り込むと、全席がロングシートの車両であった。ここから花蓮までは4時間掛かるのだが、それがロングシートというのはかなりしんどいと感じた。実際、ロングシートは体が安定しない上に、景色が見づらいので、最後の1時間くらいは忍耐を強いられた。
日没も過ぎた18時半頃、ようやく目的地の花蓮についた。

花蓮の駅。大移動の達成感を得られる駅舎だった

 駅を降りてまっすぐ向かった宿のお兄さんは親切で、エリア内にあるものや夕飯について教えてくれた。彼曰く、花蓮は大通り沿いにしか物がないらしい。そんな話を聞きながら、夕飯を食べに出た。夕飯を食べたあと、あたりを散策し、花蓮の文創園区を訪れてみた。ここはもともとワイン工場だったそうだ。台湾には各都市に文創園区があるほど、文化的に手厚い国なんだと感じた。
 文創園区を一通り歩いたあと、宿に戻った。帰り道、小籠包を売っている店を見つけたので、立ち寄って小籠包を買った。台湾に来てからまだ小籠包を食べていなかったので、本場の小籠包がどんな感じなのかを試してみることにした。注文票を見たら10個の欄があったので、10個からしか買えないと思い、その通りにしたが、ほかの客を見ると5個とかで買っていた。渡された小籠包は小さめの肉まんといったところで、想像していたスープが出てくるようなものではなかった。宿に帰って、宿のお兄さんに小籠包の話をしたら、この辺の小籠包は台北のものと違うスタイルだと言われた。同じ小籠包でも複数のスタイルがあるのかと思ったが、調べてみると、水餃子のような小籠包は小籠湯包として区別するようだ。買ってきた小籠包はとても美味しかったが、夕飯を食べた後に10個はさすがに多いので、半分を冷蔵庫にいれ、明日の朝に食べることにした。

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