板倉鼎・須美子展(千葉市美術館)
先日、千葉市美術館で「板倉鼎・須美子」展を見てきた。会期2024/4/6-2024/6/16。名前を知らない画家だったので、情報があまり入ってきていなかったのだが、チラシで作品を幾つか見て驚いた。不思議な風合いで、鮮やかな色を多用した明るい絵。見に行かなくては!、と時間を作って行ってみたら、予想以上によかった。
そして、感想書かなくちゃ、と思っていたら、昨日の朝日新聞の書評欄に、山内マリコさんが、『板倉鼎を知っていますか エコール・ド・パリの日本人画家たち』(水谷嘉弘著 コールサック社)の書評を書いていた(ここで読めます)。
会社を定年退職後に板倉鼎・須美子の画業をひとに知らしめたく学芸員資格をとって、一般社団法人まで作られた、という、作者の経歴も興味深い。
作品は、一部作品のみ撮影可。チラシ等で紹介されていた絵が中心。
板倉鼎(1901-1929)は、松戸で医師の家に育ち、旧制千葉中学校(今の千葉高)に通った。医師にさせたかった父の希望にさからい、少しずつ親を説得し、画家になることを認めてもらう。
板倉須美子(1908-34)は東京でロシア文学者の娘として育ち、文化学院に通う。知人の紹介で結婚することになった二人の媒酌人は文化学院で教えていた与謝野鉄幹・晶子夫妻。
結婚翌年の1926年に、まずハワイに数ヶ月滞在ののち巴里に向かい、鼎はパリで大成すべく画業に打ち込む。当時のパリには日本人画家だけで200~300人いたということで、下手すると日本語だけで絵も暮らせるような環境だったらしい。
須美子はアイデンティティ・クライシスに陥りかけていたところ、夫に絵を描いてみることを勧められ、夫の画材を分けてもらい、手ほどきも受け、美術教育の素養なく絵を描き始めたが、才能を開花、一時は妻の絵の方が人気があったくらいらしい。夫婦で絵を描いて暮らしているうちに、娘が二人生まれたが、次女は生後すぐ病没。そのショックも癒えぬうちに、鼎も急病に倒れ、敗血症で急逝。須美子は長女を連れて日本に戻るが、翌年、長女も2歳で病没。実家に戻って絵を描いたりしていたが、結核にかかり25歳で死去。
鼎は、当時やはりパリに来ていた画家岡鹿之助と親しく、死去時にも岡鹿之助が臨終の席にいたとのこと。人物画、、静物画の多い鼎の作品は、風景画の多い岡とはちょっと違うが、絵の具のタッチなどでちょっと岡をほうふつとさせるところがある。須美子の肖像画が多いが、それらの、目が大きくてきりっとした断髪の女性の顔は、モイーズ・キスリングの女性像にすごく似ている気がする。
作品の多くは松戸市教育委員会所蔵となっており、最初に上げた本の作者の水谷さんが立ち上げた、一般社団法人「板倉鼎・須美子の画業を伝える会」
の尽力で、大変丁寧に作品の整理がされているようだ。鼎の遺族が、パリからの手紙など、様々な資料を大切に保管されていたこともあり、関連資料も大変きれいな状態で展示されていた。
千葉市美術館では、2021年に、板倉鼎の遺族から、鼎の作品33点を寄贈され、それを記念して、鼎と須美子を長く顕彰してきた松戸市教育委員会の全面的な協力のもと、ふたりの画業を総覧したとのこと。1980年に千葉県立美術館でも板倉鼎展を開催したことがあり、県美術館緒収蔵品もあった。
鼎作品では、鮮やかな花を描いた静物画が沢山あり、どれも独自の風合があり心ひかれた。また、女性像の背景とか、静物画の中心などに金魚鉢や大きめの水槽が描かれ、中の水がぼんやりとしたタッチの中に朱色の金魚が浮かんでいて、アンリ・マティスの静物画の中の金魚鉢とつながっている感じもあり、金魚鉢の描かれた作品はどれもいいなーと思った。
須美子の作品は、美術教育を受けていないため、素人っぽい感じもするが、素朴派(パントル・ナイーフ)に通じる感じで、アンリ・ルソーを見ているのとちょっと似た気持ちで眺める。絵を始めたのはパリに行ってからだが、描かれた絵の多くは、日本を出て最初に訪れたハワイのイメージを中心とした素材が多く描かれている。長生きしていたら、絵本作家になっていたのではないだろうか、と思ったりもする。
この展覧会や、関連書籍などを通じて、板倉鼎・須美子の画業がもっと多くの人に知られるようになるといいな、と思わせる展覧会だった。
千葉市美術館では、エコール・ド・パリの時代にパリに滞在した多くの日本人画家、という切り口で、板倉鼎・須美子展と同じフロアで房総ゆかりの画家の「両洋のまなざし 石井光楓」展を開催。5階の常設展でも、収蔵品の中から、パリで画業をみがいた作家たちの作品を取り上げていた。藤田嗣治だけが、パリの日本人画家だった訳じゃないんだぞ、ということを、千葉県的切り口で紹介する展示で、興味深い。
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