橘湾岸スーパーマラニック:2019年春のステージ(M80㎞)
長崎県・橘湾岸で年に2回開催されるウルトラマラソン、橘湾岸スーパーマラニックに、2019年のゴールデンウィークの10連休の時に行ってきました。その記録(長い)。
大会ホームページ。ウルトラマラソンは、距離は長いが大会規模はそんなに大きくないので、運営がしっかりしていれば、コロナ下でも開催出来ることが多い(自治体総出の大規模大会はなかなか難しい)。このゴールデンウィークも開催していて、参加者の日記を読んでいて羨ましかった。また行きたい!
2019年5月の記録。
長崎県の南の海辺が橘湾という名前であることも、橘湾岸ウルトラマラニックという大会を知るまで、知らなかった。そして、この地名が橘周太中佐という、日露戦争で戦死して軍神と呼ばれるようになった人の像が建立されたときにそれにちなんで改名された(それまでは千々石湾という名前だったそうだ)というのも、一昨日まで知らなかった。軍神ですから、橘神社という神社もありますよ。
昨年(2018年)のGWは萩往還を走っていたが、大会自体が昨年で終わってしまったので、今年は何を走ろうかな、と考え、前にUみんが走っていたことのある橘湾に行ってみることにする。Eが217㎞、Lが173㎞、Mが80㎞、Sが55㎞の4コース設定で、最後の43㎞位は全コース共通、時間制限も5月5日(日)の17時で、長距離なほど早くスタートして、遠くを回ってくるようになっている。
全く土地勘がないので、コースをどう説明すればいいのかよくわからないが、わたしの走った80kmの場合、長崎市の出島をスタートし(スタートは全コース同じ場所)、最初、稲佐山のある側の岸に渡り、急な坂になっている地域を少しずつ登り、女神大橋を渡って元の側に戻る。その後、内陸を走って茂木の方に下り、3年前に行ったペンギン水族館の前を通って、あとは、橘湾岸を海に近づいたり山を登ったりしながらひたすら東に向かい、小浜温泉でゴール。かつてはもっといろいろな自治体があったが、現在は長崎市・諫早市・雲仙市の3自治体しか通らない。
やはり関東からだと相当遠く、知り合いで走ったことのあるという人も殆どなく、事前知識殆どなく、いざ事務局から案内が送られてきたら、冊子になっている地図が、断片の寄せ集めで全体像が全然わからず(16ページある冊子に断片的な地図が30図載っている)、ネットの地図サイト開いて照合しても、どこを走っているのか全然見当がつかない状態。道路に矢印が書いてあるらしいが、それがなかったらすぐコースアウトしてしまいそうな不安。
大会は5月5日(日)だが、せっかくの10連休なので5月1日に熊本に入り、2日間熊本観光して、5月2日の夜に長崎の南島原に渡り友人宅に2泊、その間雲仙・島原観光(5/3)、波佐見陶器市(5/4)、そして5月4日の昼過ぎに長崎市内まで送ってもらい、出島のホテルに宿泊。これが、受付会場の江戸町公園の目の前のホテルで、翌朝5時のスタートも公園のすぐ脇の出島に面した道なので、チェックアウトしたら5分でスタート可能な好立地(たぶん今までのマラソンで、一番スタート地点に近い宿だ)。長崎に着いてすぐに受付に行き、参加者名簿や荷物預けの札など貰い、大会の説明を簡単に受ける。途中のCP(チェックポイント)で、チェック用の用紙(事前郵送)にパンチ穴をあけて、すべてのCPのパンチ穴が穿たれた状態でゴールで事務局に渡さなくてはならない。ぺらっとした紙で、雨とか降ったら難儀しそうだが、ジップロックに入れての運搬を推奨され、夕方DAISOに小型ジップロック(もどき)を買いに行く羽目に(結果的に雨降らなかったから楽勝だったが、雨に降られた年は機能するのかな?)。
5月4日は夕方まで市内をせっせと歩き、ホテルの近くでちゃんぽんを食べ、22:30頃就寝。寝る前に参加者名簿を見るが、Eが132人、Lが205人、Mが160人、Sが137人の合計634人(男性435人、女性199人)、居住県は九州の人が圧倒的に多い。長い距離は全国から愛好の士が集まってくるので若干九州外の比率も高いが、短い距離だと8-9割が九州の人ではないだろうか。
当日は3時半起床。起きて菓子パン2個とバナナ、チーズ、牛乳を摂取。数日前まで曇りの予報だったのが前日から一気の好天予報となり、日焼け必須なので、まだ真っ暗だけれど、日焼け止めを必死で塗り込む。荷物をまとめてホテル出て、1分で荷物預け。ランニングクラブとか知り合い何名かで参加している人が多く、知り合い同士で話している人が多かったが、わたしは知り合い一人もおらず、やはり一人でいた女の人とぽつぽつ話して、でもその人はスタートポイントのパンチをしてきていなかったことが判明し(たまたま話しかけてくれた人がパンチシートの話題を振ってくれたので、スタート前に気づけた。よかった)受付テントに戻ったので、その後はぼんやりとスタートを待つ。あ、やっぱり写真は欲しいな、と思って近くにいた人にスタートゲートでの写真を撮って貰う。
運営委員長が周囲に配慮した小さい声で挨拶。これはウルトラマラソンではなくウルトラマラニック。マラニックはマラソンとピクニックの合成語で、ピクニックとは戸外でものを食べることであるからして、この大会は食べ物に力を入れていて、各エイドで、長崎らしい食を楽しめます、と言われた。
5時をちょっと過ぎてもまだ話が続いていて、ようやく誰かが時計!、時計!、と叫んでくれてスタートになる、たぶん5:01位にスタート。
出島の脇をぐるっと回って大波止に戻り、南の向かい側の方への道を人に付いて走っていく。キロ6分半位なので、当面このペースでいいかしら、と思いつつ進む。信号に意外と引っかかるので、キロ8分以上かかった箇所もあり。制限時間12時間で80㎞なので、3時間に20㎞、1時間半で10㎞進めればいいのだ。確かに長距離の方が、時間あたりに進まなくてはならない距離は短いので、80㎞が一番きついんだよ、と事前に言われていたのは肝に銘じておかなくてはならないが、これまでの経験にかんがみれば、捻挫したり不慮の体調不良に見舞われたりしなければ、まぁ完走できないことはないだろうな、と最初から思っていた。
キロ8分がずっと続くと1時間で8㎞進めないから、後半ペース落ちるとちょっときつい?、と思ったが、信号が多かったのは市街地を走っていた最初数キロメートルだけで、あとは、信号待ちはそんなになく、だからあまり心配することはなかった(結果論)。
先述の通り、貰った地図がすごく細切れでわかりにくく、こんなんで進めるのだろうか、と不安だったが、実際は、曲がり角ごとに白のペンキで矢印が描かれており、矢印がなければ直進だと思えばいいらしい、としばらく走っているうちにわかった(でもしばらく矢印を見ないと、本当に正しいのか不安になる)。前半は前後を走る人が沢山いて、そんなに心配しなくていいかな、でもそもそもの参加者が少ないから後半は単独で走るところが多くなりそう、と思っていたのだが、37.2㎞の日見公園エイドでE,L,M,S全コースが集結し、そこからの43㎞余は全員同じコースを走るので、思ったより人口密度は高く、完全単独行になることはなかった。
これもまた結果論。
そもそも、EやLのランナーは合流時点で既に130kmとか170㎞とか走っている訳で、ペースは相当違うんだけど。
コースは大波止から一旦稲佐山側に渡り、結構きつい坂の住宅街の中を少しずつ登っていく。スタート前はまだ暗かったが、だんだんぼんやりと明るくなってきて(なのでMはライトの携行は必須ではない)特にこわいことはなかったが、序盤から坂がそびえ立っていて、くらくらする。地図を見るとかなり複雑な道路だが、矢印のお告げと、周囲の人の行動を見て、特にトラブルなく進む。そもそも、リピーターが多いので、不安になった時は周囲の誰かに確認すれば、誰かがこっちでOKと断言してくれる。
ゼッケンに「千葉県」と入っていたので、周囲の人からは「千葉からいらしたんですか!」と驚かれる。毎年同じ大会を走り、遠出をしない人が多そうな感じだ。
目の前を何回も走ったことのあるらしい2人連れが喋りながら走っていて、その人たちは走力はもっとあるのに、前半だからとセーブしていて、だからなんとなくその人たちの話を聞きながら、登坂のきつさを紛らわせる。10㎞を過ぎてちょっと行ったところが女神大橋、おお、もう8分の1も来てしまったよ。
女神大橋は、3年前に育児仲間で大長崎ツアーをやったときに、夕食後マイクロバスをチャーターしてやってきて、橋を渡った後、近くの広場で降りてみんなで記念写真を撮りまくった懐かしのスポットだ。当時は走ってこの橋を渡る日が来るとは思ってもみなかったよ。橋の部分に差し掛かると、市街地の背後の山からもう太陽がかなり高い場所に上がっている。日の出前に出発したのに、1時間ちょっとで随分高く上がるものだ。反対側は伊王島とかそういう方向がクリアに見えた。写真撮りながら進む。喉もかわいてきて、今日は暑くなりそうなので、こまめに水分補給しておかなくちゃ、と走りながらリュックに入れたアクエリアスを飲む。そして橋を渡り切って、少し下ったあたりにトイレがあり、トイレも使う。トイレの前が最初のエイド。飲み物を更に補給。まだ涼しいけれど、これからどれだけ暑くなるかわからない。女神大橋、渡り始めは高台から緩く下るようにして直接橋の高さの道に入れたが、渡ったあとは、車道から離れ、ひたすらうねるループ状の道を下って行かなくてはならない、その辺の感じが、しまなみ海道のウルトラに出た時(いつの間にやら5年たった)に、橋を渡り終わったらひたすら路面の高さまで下らなくてはならなかった時のことを思い出させてくれた。
で、一旦下道に出ると、ここも難易度の高いくねくね道。前後を走っている人に声をかけ、これで正しいんですよねと確認しつつ進む。時々矢印が描かれていてほっとする。一旦水面近くの標高まで下がっているが、住宅街の中を進みながらまだ坂を緩やかに登る。
大きな交差点を左折するところでわたしのGPSは12㎞と表示されていて、信号待ちをしながら、最初のエイドって2㎞位先でしたっけ、と言ったら、エイドは16㎞地点だと、パンフを手にした人に言われる。まだ4㎞もあるのかー、と思いつつ、坂を上り、今日のコース唯一の折り返し対面スポットとなる、鍋冠山を登るコースを進む。スタート頃先頭グループで一緒に走っていた人たちがさっさと降りてくるのとすれ違う。そして、鍋冠山頂上で、ゼッケンのQRコードを事務局の人が読み取り、更に展望台を登った上で自分が持っているCP用パンチカードに穴をあけ、景色の写真を撮り(たぶん端島=軍艦島まで見えていたと思う、というか見た気になっている)、FBアップしながら下に降り、エイドで飲み物とカステラをいただく。そして、エイドは16.2㎞ポイントらしいのに、わたしのGPSはまだ14キロ地点にいる...誤差大きすぎやん。カステラの補給をしているボランティアの人は昨日あまりの暑さでLをリタイアしたら、そのまま手伝いを頼まれて鍋冠山に来たらしい。ウルトラらしい人海戦術。
山を下りながら、やってくる人たちとすれ違い、広い道に出たところで反対方向へ折れ、新たな道を進む。この辺はまだ、長崎の中心街から山ひとつ超えただけの市街地。斜面の急な住宅街。そして道路の右側の登り斜面の上に霊園。まだ空気は涼しく、涼しいうちに一歩でも先に進みたい、と思って早足で進む。ずっと下り坂。高校とか病院とか通り過ぎ(信号にもいくつか引っかかる)突然光景が山っぽくなる。そうなると、萩往還道を思い出す風情に。昨年も走ったという人と、涼しいうちに少しでも先に進んでおきたいですよね、と話しながら下る。地図を見た時には道路が複雑すぎて全然わかんない、と思ったし、今地図を見直してもどこを走ったか全然わからん、という位複雑な道だが、実際には前後の人の様子を見て、矢印を追っていたら、どんどん下ってきて裳着神社の脇を通る、この変な字面の神社、地図に出ていたな、と思う(その地図はベルトポーチに入っていて、いつでも参照できる状態だったが、この辺では見る必要なかった)。神社は裳着だが、地名は茂木。つまり、有名な茂木びわの産地に着いたらしい。24キロ位。川の河口近くの道を少し進み(風情が愛媛県の吉田町と似ていると思った)海沿いに出る。この辺で、LコースEコースと合流。そして、海沿いを進み始めてすぐの公民館が2つ目のエイド兼チェックポイント。ここでは中華粥が出てきた。高菜、ソーセージ天、生姜、しゃけフレークが置いてあり、好きなものをおかゆにちらして食べられる。他にオレンジも食べた。
海沿いの道に出たところで先行する人が道の右側に渡ったので、そちらが順路かと思って付いて行ったら、それは海沿いの公衆トイレに行く人たちだった。トイレに行かないならずっと左側を行けばよかったらしい。港の周りをぐるっと走った後は、また山道を登っていく。枇杷畑が続いていて、収穫間近の枇杷の実に、薄茶色の紙袋がかけられていた。最初はそんなにきつくない坂、その後だんだん傾斜がきつくなっていく。そして、大きくカーブする上り坂の途中に無人エイド。クーラーボックスが置いてあり、その中に氷水につかった飲みものが置いてある。ひたすら水分補給。高く登ってきて、前方に橘湾が広く見渡せるようになる。でも、黄砂が飛んでいるらしく、全体的な光景はかすんでいる。一旦峠を越え、水面ぎりぎりの標高まで一気に下る。35㎞を超えた。そして、3年前に来たペンギン水族館の前まで来る(この辺の建物とかなんとなく見覚えがあるよ! しかしペンギン水族館は入り口の看板しか見えず、水族館本体は見えなかった)。長崎総合科学大学の前を通り、その先が日見公園エイド(CPはなし)、ここでSコースも合流し、ここからは全員同じコースでゴールを目指す。つみれ汁が出てきて、脇におにぎりが並んでいたので、おにぎりを汁に投入して食べる。奥にはトマトゼリー(トマトジュースに砂糖を加えて固めた、という味)、昨年まではSコースの人は食べてはいけなかったらしいが、今年は全コースOKになったそうだ。枇杷が出ていたので、やはり茂木まで来たんだから枇杷食べなくちゃね、と皮むいて食べる。だんだんLやEの人が増えてきたので、Lを走っている知り合いに会わないかとゼッケンの色と名前を見るが、見つけられず。エイド混んでいて、椅子に座ったりはしなかったが、食べたり飲んだりして、かなり長居。
公園を出て広い国道に出て、しばらく進み、1キロ位で右に折れ(そこもまだ国道)、広い河口の橋を渡る。海沿いを行くと、エメラルドグリーンの海面が美しいったら。この辺までは沿道にコンビニなどあり、買い物などあれば出来る感じだったが、エイドで相当しっかり飲食しているので必要なし。国道の途中で40キロを過ぎる。半分来た。4時間半位だったので、同じペースで走れれば9時間でゴール出来る計算だが、そうはいくまい。でも、制限時間まで7時間半ある、と思うとかなり気楽にはなった。
対岸に島があって入江みたいになっているところで国道を離れ、小さい商店街のようなところを抜ける。この辺まで長崎市、ずっとマンホールがおたくさ(アジサイ)の柄だった。そして、ふと気づくと、違う模様のマンホールに。「いいもり」と書いてある。ここは諫早市なのだが、市町村合併になるまでは飯盛町という町だったようだ。結の浜の海水浴場を過ぎたあたりの公衆トイレに行く。その先に飲み物の私設エイド。水分排出してまたすぐ飲む。次のエイドが飯盛とんの山、という名前で、道は急に激しい上り坂になっていく。友人Mちゃんからメッセージが入り、現在地を教えてほしいと言われたので、飯盛のエイドに向かっていることを伝えると、山を下った辺りで待っている、と返信が来た。飯盛とんの山(殿の山、らしい)エイドでは、おはぎが置いてあり、お腹がすいていたし、美味しいしで、2個食べる。エイドを出た後はぐーっと下り、川を渡る辺りにMちゃんがいる筈、と思って急ぐ。橋を渡ったところにMちゃんの車が停まっていて、保冷ボックスを持ったMちゃんがこっちに近づいてきた! 保冷ボックスから氷の入ったポリ袋を出して、手渡してくれる。そう、一昨年の野辺山ウルトラの時、友達の私設エイドで氷入りのポリ袋貰って、それを首筋とかに当てて走ってクールダウンできて助かった、という話をMちゃんにしておいたので、わざわざ漁業協同組合で氷を買って、袋に入れて持ってきてくれたのだ。袋を直接肌に当てると冷たすぎて痛いので、リュックからタオルマフラーを出して、氷をくるんでTシャツの下に入れる。マフラーを首に巻き、氷が落ちないようにして、かつ首筋の日焼けも防げ、更に、Tシャツにリュックだと、リュックの肩紐が首筋に当たって痛かったのを、マフラーをかませることで緩和。ちょっと頭痛がしていて、まさか熱射病?、とドキドキしていたのだが、首筋から出した氷を頭にのせて帽子をかぶってそれでしばらく走ったり、氷は大活躍であった。Mちゃんと別れ、しばらく町の中を走り、少し進んだところが、中盤戦の山場となるじゃがいも農道。地図で予習した時は大きな畑の面の中をまっすぐ進む道、という感じで、のどかな田園地帯だと思ったのだが、違った! 両側は石垣で固めた段々畑で、右側は海に向かって下っていて、左側はぐっと持ち上がっていく斜面の真ん中の道で、道自体もどんどん上り坂。そして、日照が大事なジャガイモを育てているということは、つまり、街路樹とか、お日様をさえぎるものが何もないのだ。ここまで割と森や林の中を走ってきて、日陰は涼しかったのだが、ジャガイモ農道には逃げ場がない。ひだすら暑い。潮風と強い陽光を浴び、ジャガイモは幸せそうだが、ランナーにはきついよ。段々畑の光景は美しく、何回も立ち止まって写真を撮る。ストレートの農道を通った後は、更に高く登り、無理をすると本当に熱射病になりそうだったので、この辺は結構歩く。斜面のてっぺんに丸いサイロが見え、通り過ぎて振り返ると「いさはや」という文字と、じゃがいものゆるキャラ(げんきくんというらしい)が描いてある。これ、橘湾岸ウルトラマラニックのウェブサイトに大きく写真が出ているサイロだ。げんきくんサイロを背に、段々畑の間を駆け下っていくと、紺色のテント。飯盛経塚エイド、53.2㎞地点。枇杷置いてあったが食べず、オレンジは食べる。杏仁豆腐を紙コップに入れて出してくれて、空になったコップに袋入りのかき氷(イチゴ味)を少し入れたところにサイダーをかけてくれて、かき氷パンチ、これが美味しい! 一息ついて出発。
とうとうじゃがいも畑とお別れ! 林の中に入った...と思ったらいきなりラブホ。この先何ヶ所か、ラブホ脇を通る道がある予定(みんなで走れば怖くない? ってか入っていく人はとうとう一度も見ませんでした)。国道のすぐそばまで上がるが、国道には入らず、ちょっと下を走る細い道を進む。確かこの辺でMちゃんの車が停まっていて、すっかり溶けた氷の入っていた袋を回収し、新しい氷をくれた。ありがとう! 街中に入り、古い街並みをしばらく眺める。しばらく進むと、リュックに小江戸大江戸のちかちかライトを付けた人が見えてきた。この人関東の人かな?、と思って近づいたら、何回かウルトラの大会でお見かけしたことのある、関東の方だった。並走して少し話しながら、たぶんこの人とかこの人とか共通の知り合いでは、という話題を振ったら、ああ、Tちゃんと知り合いなら、Uみんがちょっと先を走ってますよ、と言われる。あ、Uみん出ていたのか! 昨日大会名簿をざっと見たけれど見落としていたよ。で、話していた人より少し先に進み、有喜老人ホーム裏エイド、というところに到着したら、おお、Uみんがいた! 会うなり、わたしのゼッケンを一瞥し、「何そんな短いのに出てるのよ」と責められる(だってエントリーした時はもうLは満員御礼だったのよ)。この57.2㎞ポイントのエイドでは、カステラ、ちまき(ちまきというよりは鹿児島のあくまきみたいな感じだった、きなこと黒糖がかかっていた)赤飯のおにぎり、メロンゼリーと人参ゼリーなど置いてあった。お腹すいていたのでぱくぱく食べる。エイドの人、見たことあるな、と思ったら、小江戸大江戸の役員の方でした。
進んでいき、有喜町の漁港の沿岸をぐるっと走り、松里町に入る。林の脇の斜面をゆるゆる上がっていくと、ホテルが見えてきた。チャペルココナッツ、ここはラブホではない。昨日、Mちゃんと車でここの脇を通ったよ! いよいよゴールが近づいてきた感じ。ほぼ60㎞、もうハーフの距離もない。その先で国道に出るのだが、その道あたりで、何かの集まりから帰ろうとしている人たちの集団を抜く。前を走っていたLの人が、何キロ走るの、と聞かれ、173㎞と答え呆れられていた。その尋ねた人の脇を通り過ぎるとき、わたしはたった80㎞ですからー、と言っていき、たぶん更に呆れられたことであろう。国道をほんの数百メートルだけ走り、またすぐ脇道に入る。直ぐ上に国道が走っていてほぼ併走。杉谷本舗というカステラ屋さんの脇を通る(お店はここ松里と諫早の市街地と2ヶ所だけのようだ)。その先で再度国道に合流。今度は1キロちょっと国道を走る。途中で再度Mちゃん登場! まだ貰った氷は溶けていなかったので、交換はせず。この辺で、松里町から森山町に入る。そして次の国道からの分岐はラブホ街への入り口(前日Mちゃんが地図見て、こんなところ走るんだ、と驚いていた)。しかし、ラブホ街、というほど栄えてなくて、林の中に何軒かあって、つぶれているホテルもあって、入っていく人も見ないし、大丈夫かいな、という位野趣あふれた場所だった。国道が高いところを走っているので、林の中はずっと下り坂で、一番下まで来ると、右側が林、左側が畑、家がちらほら。そうして進んでいくと、テントが見えてきた。64.3㎞ポイントの唐比温泉センター前エイド。あれ??? 唐比に、昔の職場で一緒に働いていたTさんが住んでいて、橘湾のマラニックに出る、と年賀状に書いたら、応援に行きます!、と言ってくれていて、たぶん13時頃エイドに着く、と途中でメールしたら、エイドの手前で待っています、と返事が来ていたのに、エイドに着いてしまったよ。わたし待ち合わせ場所を誤解している?? と思いつつエイドできゅうりの塩漬け食べたり、そうめん食べたりする。有喜のエイドでやや食べ過ぎたので、そうめんは少し残してしまう、不覚! そしてスマホを見たら、Tさんから返信メールが来ていた。オレンジの帽子とピンクのシャツ、と伝えてあったのだが、もしかして通過しましたか?、と聞かれ、慌てて今エイドにいます、と伝えたら、向こうから歩いてきた! 服装教えておいてよかった! 時間に余裕があるので、Tさんと10分位立ち話(林の陰で涼しかったので、よい休養になった)。実家で親の介護をしていて、あまり遠出は出来ないとのことだが、ここのエイドは徒歩圏内で、はからずもわたしの方からこんなに近くに来たことになった。住所が諫早市なのは気づいていたが、諫早ってもっと北の方というイメージでいて、自分がマラニックで走るところにむしろ近く住まっているとは、縁とは不思議なものであるよ。飲み物とか食べ物とかいろいろ持ってきてくれていたけれど、すでにお腹いっぱいだったので、お土産のフェイスマスクだけいただき、別れる。また会いに来られるかな。
エイドを出てしばらく走ると再びMちゃん登場。この先、海岸沿いの狭い道に出るので、次はゴールかな、と言って別れる。そして、唐比海岸の遊歩道に出る(トップ画像はこの辺の写真)。エイドにトイレがなく、次のトイレは5.2㎞先、と書かれていて、5キロ走ったらトイレ、5キロ走ったらトイレ、と思いながら走る(そこまで切羽詰まってはいなかったが、次の目標として、適切な感じだった)。海岸沿いの道はさえぎるものなく、午後になって陽射しも強く、じゃがいも農道に続く難所、とはいえ、海岸沿いはフルフラットなので、こっちの方が楽か。青い海を見ながらゆるゆる進む。というか、早く日陰のあるところに行きたいので、LやEの人を抜きながらどんどん進む。腕のGPSが1キロ毎にぴっと言うたびに、トイレが1キロずつ近づく、と、海見ながらトイレのことしか考えてないんかいな。ちなみに海岸線に出た辺りはまだ諫早市森山町だったのが、途中で雲仙市愛野町に(日記書きながら地図で確認)。
高いところを走っている国道沿いには、前日橘中佐の顔ハメをやった展望台があるのだが、海岸沿いの道からは展望台は見えない。そして愛野町から、千々石町に入る。そんなことは走っている間は全然わかっていなかったが、海水浴場のトイレがようやく見えてきて、ここで一息。そして、トイレを出たら、Mちゃんの車が停まっていた。すっかり溶けていた氷の袋を新しい氷の袋に交換してくれた。ここまでも前後のランナーに配ってくれていた氷の袋、もうこれ以上わたしに渡す必要はないので、全部配り切ったらゴールに行っているね、と言って別れる。この先は車が入れない狭い道になるが、内側の住宅に沿って、少し灌木を生やしているところがあって、間に入ると日陰を走ることも出来た。
そして、千々石漁港に着き、最後のチェックポイントとなる千々石集会所エイド。70.9㎞地点なので、残り10㎞を切った! 嬉々としてお汁粉をいただく。この先は電車道を走るので、日陰もあるし、電車道まで登ってしまえば高低差も殆どない。ここまで来たら勝ったも同然、という気持ちになる。電車道とは、かつて諫早から小浜まで通じていた雲仙鉄道(厳密には島原鉄道の愛野駅で分岐して、小浜まで。中途開業が1923年、全線開通が1927年で、1938年には廃線になっているので、廃線になってもう80年以上たっている...)の線路があった場所が道路になっているのだが、今コースマップを確認したら、ここまで走ってきた海沿いの道も、雲仙鉄道の線路跡だった模様。当日は、海岸沿いからエイドを経由し、住宅街の中の急坂を登ると、そこからが電車道、という理解だったのだが、当時は、電車はどこを通って電車道の高さまで登っていたんだろう?(今調べたら、エイドの場所の手前で先に内陸に折れて、ゆるゆると坂を上がって、いわゆる電車道につながっていた模様)
海岸沿いから電車道に上がる、住宅街の中の道は、走るどころかまともに歩くことも出来ないくらいの急坂だった。ぜいぜい言いながら、しかも矢印があまり描かれてなくてここでいいの、という不安をいただきつつ、ぎゅーっと坂を上がって電車道に出る。現在は自動車道になっているが(前日にMちゃんの車で通った)、まともに車が行き違えるとは限らない幅しかない箇所もあり、当然歩道なんてなく、結構ドキドキ。とはいえ、海岸通りのカンカン照りから、木々の間の道、ときどきトンネル、ときどき切通しで、直射日光を避けられるフラットな道。スマホの電池がかなりなくなっていて、リュックの中のバッテリーとつないでいて、ぱっとスマホが出ない状態になっていたが、何回かリュックから出して、トンネルの中の様子とか、見事な切通しの写真を撮ったりする。緑が濃くて、日陰は涼しくて、気持ちのいい道。トンネルや切通しは幅が狭くて、車2台行き違えないので、両方向から来た車がバックして対向車を先に行かせたり、結構大変そう。しかも両側にランナーが沢山いるし、ドライバーも災難。道の途中で千々石町から小浜町に入る。途中で私設エイドがあって、飲み物いただいたりもしたし、更に小浜町の富津という地域に無人エイド。クーラーボックスに入った飲み物を出して飲んだりする。75.4㎞地点。あと5キロだ。まむちゃんの氷は流石にもう溶けたが、途中で頭痛がしたのはひいたし、この先転んだり捻挫したりしなければ、ゴールは問題ないだろう。進んでいくと、電車道が下り坂になり、国道に合流。小浜温泉の街並みに入り、ひたすら直進。しかし日陰があまりなく、結構暑い。そして、腕のGPSの距離が全くあてにならないので、本当のゴールまであと何キロなのかよくわからない。ここまでの乖離を考えると5キロ位はずれているのでは、と思い、GPSの表示が74㎞になった辺りで、あと1㎞位なのでは、と思い、少しスピードを上げようとしたら、歩道脇の植え込みに「あと2㎞」という看板。あと1㎞ならダッシュするけれど、もう1㎞あるとその気力はないな...と、ちょっと萎え、その辺で少し歩いてしまう。日差しもきついし、フラットとはいえそれなりに難所。ゴールに備え、20㎞地点辺りからかけていたサングラスを外して仕舞い、溶けた氷の袋から水を捨ててビニール袋はポケットに入れ、巻いていたタオルマフラーも仕舞い、ゴールの準備。前日に見た巨大足湯の脇を通り、あれ、ここからゴールまであとどの位?、とか思いながら進んでいたら、後ろから男女のランナーがびゅーっとわたし追い抜いて行った。最後の最後でこれだけスピード出せるってどんだけ強いの? 次の信号で一旦追いついたので少し話したが、前半セーブして足を残して、最後に一気にスピードを上げたようだった。信号の後も追いつけない速さでびゅーっと走って行ってしまった。道の右側(海側)から、ゴールのある左側に渡る。
関係者駐車場まであと100m、あと50mという看板があり、一瞬ゴールまで100m、50mなのか、と必死で走ったら、100m走ってもまだゴールの南本公民館は見えず、本当に駐車場を示すだけのサインだった...。もう1㎞は切っているので、緊張を切らずに走っていたら、橘湾岸ウルトラマラニックの幟が沢山出てきて、今度こそゴールだ! ウルトラはゴールで完走写真を撮ってくれる大会が多く、ゴール前で順番待ち。一人ずつ、ゴールゲートの前に立って、立派なカメラを構えたカメラウーマンの撮影を待つ。脇にMちゃんがいて、スマホでゴール写真撮ってくれたのを先に貰ったが、待機していたので、腕はバンザイだが、足が完全に起立でちょっと間抜け。待機中に、ゼッケンのQRコードを役員の人が読み取ってくれているので、ゴールタイムはこの読み取り時間か? 15:15、5時に出島を出て10時間15分。昨年の萩往還70㎞が10時間切りだったので、ほぼ順当なタイムでは。坂の上り下りはきつかったし、途中かなり暑かったが、それでも、コースを進む10時間は終始ずっと楽しかった。スピードをあげて走っていたら、「そんなに飛ばすとすぐ終わっちゃって楽しくないよ!」と声をかけてくれたおじさんとかいて、ウルトラの楽しさを改めて認識したり。
LとMの距離の差が大きすぎて、なかなかLに挑戦する勇気は出ないけれど、もう一度M走ってもいいな、と思った。いい大会でした。お腹いっぱい。役員の皆様すべてに感謝。
南本公民館はこの人数にしては手狭で、長居できる感じでなく、すぐに、並びの国民宿舎望洋荘に行って、風呂に入る。真上に窓の切られた明るい大浴場も気持ちよかったし、階段上って露天風呂に入ったのも楽しかった。ただ、前々日の雲仙の温泉と違って、透明な湯なのがちょっと残念。海沿いで塩分のきいた温泉だと聞いていたが、東京湾岸の温泉の方がずっとしょっぱいや。そんなに傷がひりひりすることもなく、気持ちよく入浴。風呂で、有喜のエイドをされていた、小江戸大江戸の方と会う。裸で「先ほどはお世話になりました!」と言われても困っちゃうよね、すみません。
一旦南本公民館に戻り、知り合いに会えないかとうろうろしたが、やはり公民館に長居できずに出てしまう人が多かったようで、Sコースを走ったSさんにしか会えず。お正月にお目にかかって以来、橘湾でお会いしましょう、と言っていたKさんと会えなかったのが残念、なんとゴールタイム1分差だったので、あとになって更に残念な気持ち。すごすごとMちゃんの車で帰る。Mちゃんの家で焼き肉で慰労していただく。感謝。
そして、筋肉痛は、連休最終日の翌日でなく、出勤した火曜日(2日目)の夕方がきつかった。まともに歩けず。
公式サイトに完走率が出ていた。
Eは出走: 108、完走:33、完走率: 30.5%、Lダッシュゴール:2名
Lは出走: 185、完走: 115、完走率: 62%
Mは出走: 132、完走: 114、完走率: 86%
Sは出走: 141、完走: 111、完走率: 78.7%
暑かったけれど、愉しく走れた人が多かったようで、天気のよかった分、景色の美しい、心に残る大会となった。
毎年は来られないけれど、いつかまた来てみたい大会です。