鬼滅の刃•二次創作【隻腕の天鉄刀】後編
序
お前は強い。柱である私でさえお前に勝てず、膝を折っている。だが、お前はいつか負ける。それが鬼なのか、或いはどこぞの剣士なのか。それは分からない。それはお前が弱いから負ける訳じゃない。しかしながらその敗北はきっとお前の得難い経験となるだろうと、私は思う。
私は心配なんだ。強いお前は邪念も雑念なく、ただただ雑じり気のない殺意だけで刀を握っている。まるで恐ろしく鋭い刀を見ているようで、とても魅力的な輝きに吸い込まれそうになるが、一方で途轍もない不安も覚える。お前が、お前の行く末が、私は不安でならないのだよ……。
起
繰り返された戦いで毀れた刃。一見すれば刃文のようなそれは僅かに空気を切り裂き、弐ノ型や参ノ型の斬撃を増やすばかりでなく、細かな傷を無数に付けることで断面の接続という鬼の再生を難しくさせる。また体表を削るそれは切る、や刺すに比べて痛覚を大きく刺激する。
鬼は元々人だ。超人的な動きができても、恐ろしく丈夫であろうと、基本的には多くを人に準じている。痛覚しかり、恐怖もしかりだ。男が使うのは長巻。普通の刀よりも長く、最高速の一振は容易く巨大な熊や馬さえも両断する。教えられた風の呼吸を基に技も改良を加えた。
鬼殺隊の指示を受けつつも、鬼を退治して回っている。いい加減、刀を研ぎ直せと専属の鍛治師に怒鳴られて今は筑前国に向かっていた。最近は再び筑前国で凶悪な鬼が出ていると聞く。獣のように人を襲い、食い散らかしているらしい。その痕を野犬などの動物が続くため、痕跡が追い難い。同様の被害が絶えぬため、界隈を彷徨いている可能性は高そうだ。
目的地に到着した。元からいた隊員と暫くは寝食を共にした。鬼の被害を聞いては駆け付ける。間に合わない。何もない。という日々を一週間過ごした。研ぎ終えた刀も戻る。馴染んだ柄に、遺憾なく実力が発揮できる。そう思った矢先だった。
鬼の被害を聞き、駆け付けた。そこには巨木ほどの身体を持つ鬼が、黒い長髪の剣士とおぼしき鬼に四肢を切られ、地面に伏していた。隣には隊員服を着た女。強いと。警戒したのも一瞬。その隙間を、精度の悪さと言っても構わない死角の部分全てに数えきれないほど斬撃が迸り、その他の隊員は瞬きの暇もなく無数の肉片に変えられた。
長髪の鬼が、ほぅ、と吐くと、目の前まで、懐まで入ってきていた。直感した。これは呼吸だと。致命傷を避けつつ、反撃する。長巻は敵の間合いよりも長い。現に距離を取られることを警戒して間合いに入ってきたのだ。いける。継子は長巻を構えて、そのときを待った。が、剣士の刀が空を切った。間合いの倍以上はあろうかという攻撃が継子の身体を切り裂いた。見れば剣士の刀が枝を伸ばすように無数の刃を生やしていた。
これが天鉄刀の威力か。鬼のための刀…か。まぁ良いだろう。この1本だけでも完成させたことを以て、お前の命は貰う。そう呟いた鬼の剣士は、伏せる鬼の首をはねたのだった。
承
【影打ちを持ち去った継子も件の鬼を追って筑前国に来ていた。そこで鬼と対峙する。だが、黒死侔がその鬼を殺し、影打ちを奪い。満足そうな笑みを浮かべた】
天鉄刀の影打ち。技術伝承のための模擬刀。と宮司には聞かされたが、違和感が残る。あの隻腕の鬼が打ったらしい刀。鬼を殺したと嘯いた炎柱。盗み出した裏帳簿。記録から推し量るに当代の炎柱は筑前国で鬼を倒したことになっていた。
だが、命乞いをする鬼と、その鍛治師としての腕を買い、刀鍛冶として囲われた。文字通りに。まるで最終選抜のように無数の藤の花で覆い、逃げられないようにした上で。場所はたまたま私の故郷が都合が良かっただけだ。復興も始まり、元々鍛治でも名が知られており、施設も人材もいた。場所も山間部で囲い混むには充分だった。
鬼殺隊には後援者がいる。鬼から助けて貰い、自らが藤の紋をかがげる人々。炎柱は彼らの力を借りつつも、件の鍛治師が鬼とばれないように帳簿や日記を改竄していた。お世辞にも誉められない。救いだったのは鬼が人を襲わなかった点に限る。もし被害が出れば躊躇なく殺しただろう。だが、鬼は役に立った。幾つもの銘刀を作った。それでも家族の敵を見過ごせるわけなかった。何よりも炎柱が嘘を付いていたのが許せなかった。その後自害したとの報せを鎹鴉から聞き、これは切腹だったのだろうと理解した。
敵の鬼と再会し、炎柱の嘘に気付いた。調査する過程で見付かり、屋敷から逃げた。真相を問いただそうとしたら、藤の花に火が放たれており、事態は混乱していた。鬼の姿はなく、宮司は倒れていた。唯一の証拠であり手がかりでもある影打ちを取ったら奥から鬼が現れた。どこぞの隊員にも目撃され、疑いを晴らす間もなく、その労力を厭い当初の目的を優先して逃げ出した。
件の鬼の痕跡を追い、到着したのは筑前国。日輪刀発祥の地とも言われ、鬼殺隊の関係者も後援者も多い。騙し騙して調査を続けること数日。私は件の鬼を見付けた。里で見たときとは違い、腕は再生されていた。そんな鬼が対峙しているのは剣士のような鬼。鬼は剣士に命乞いをしている。その手には天鉄刀が見える。
これで命だけは助けてくださいますよね?と乞う鬼に、剣士は、お前は半天狗と同じく流れるように嘘を吐くな…。と呟くと、一時でも無惨様を裏切り、鬼殺隊に与したものを許すわけがない、と言いはなった。
受け取った刀を剣士が握ると、その刀身に無数の目が開いたかと思えば、枝のように伸びた無数の刃から斬撃が繰り出された。見た目以上の間合から飛んできた斬撃を躱すことも出来ず、私は切られた。死ぬと意識した視界に捉えたのは、こちらを窺う剣士の目だった。あぁ剣士は最初からこちらに気付いており、他に仲間がいないか泳がしていたのか。地面に突っ伏した私は、誰かが駆け寄ってくる気配だけを感じていた。
転
鬼となると我欲や己の技術や矜持の癖が強くなる手合いも多い。あの玉壺のように。
あの男に勝ち逃げ去れてから鍛練を怠ったつもりはない。だが、あの男の赫刀の存在を体験してからと言うもの、私は技術に加え、得物の重要性も理解した。筑前国に鍛治に固執する鬼がいると聞いた。そいつは人を溶かしこんだ鋼で刀を作っていた。不純物は多くては丈夫な鉄も精製できまい。だが、その偏執的な動機は思わぬ閃きになるかもしれない。
私はその鬼に命じた。鬼専用の刀を作れと。男は二つのものを所望した。ひとつは空より落ちてきた隕鉄。そしてもうひとつは屈強な鬼の体。異常な再生力と強靭さを備えた鬼の骨を芯に組み込んだ刀を作ってみたいと。私は私の体の一部を分け、隕鉄を用意した。だが、材料があっても上手く行く訳もない。成功すれば良し。そう思っていたが、男は鬼と鉄を混ぜる技術を模索し、私が捕まえた鬼を殺さずに切り刻んでは鉄にくべるということを繰り返した。一方で人も殺しては食い、鉄にくべるという行為もしながら。
忘れた頃に男が柱に倒されたと知った。私の肉片を残しておいては問題がある。そう思いかつての男の工房を訪れた。まるで夜逃げしたような状況に私は疑問を抱く。もし私の肉片の気配が辿れるならと。追いかけた先で藤の花に囲われた隠里を見付けた。男はそこで自分よりも弱い鬼を狩っては殺さずに生かしながら鬼の刀の研究を続けていた。
問い詰めると、炎柱に命乞いをした。刀鍛冶の腕を買われたと。これで日輪刀の技術も知れれば鬼専用の刀の完成も遠くないと。…男からは嘘の匂いがした。だが、場所は分かっている。隠里ともなれば逃げるのも難しいだろう。完成したら里に火を放て。私はそう命じると、暫く男を自由にさせた。
里から火の手が上がった。だが、男は逃げ出していた。偏執故か、刀欲しさに逃げ出していた。燃え上がる里にいたのは、かつて私が捕まえた鬼だった。私の肉片の気配はない。恐らく刀はどんな形であれ完成したと思われる。私は男の後を追った。
そこで男はまた嘘を吐いた。鬼専用の刀を作っていることがばれた。鬼を切り刻んで芯に据え、鉄を打っていたことがばれた。殺される。刀が奪われるから逃げ出したのだと。男からは嘘の匂いがした。私は男の刀を奪うと、男を殺した。
男の後を追いかけてきたのか、鬼殺隊の女がいたが、他にも仲間がいるかと思い、放置していたがいないようだ。この鬼専用の刀。天鉄刀の試し斬りもしてみたかった。女を斬ったところで男が現れた。人にしては強い。痣持ちでもなく、恐らく柱でもない隊員にしては惜しい…。私はかつてやったときと同じように男に血を飲ませた。この素晴らしき技と肉が失われることに耐えられなかったのだ。
結
継子の男は燃え上がるような渇きを自覚しつつも、鬼の剣士と再び対峙した。死んだと思った。だが、立ち上がった。意識は少しだけ混濁している。
「驚いた。…まさか鬼になりかけの中、人としての意識を保っているのか。これは興味深い!」
剣士の嬉々とした言葉も男の耳には届かなかった。ただ鬼は敵だ、殺さなければいけない。その衝動だけに従った。
剣士が繰り出す技は見たことなかった。威力もさることながら、間合と斬撃の数が尋常ではない。辛うじて致命傷を避けられているものの、こちらは決定打に届かない。だが、男は持てる全てを吐き出した。きっと全てを吐き出したときに勝負が終わる。それが負けと言うことなのか分からない。死ぬことかもしれない。育手の元風柱の言葉が何故か思い出された。
見たことない敵の技。ならばこちらも敵を翻弄するしかない。力漲る脚で地面を蹴る雷の呼吸壱ノ型からの塵旋風・削ぎ。同じ直線的な動き。走力と剣速の合わせ技。兼ねてから雷と風は相性が良いと独自に研究していた。
初めて剣士に傷が付く。剣士の驚く顔が見て取れる。風の呼吸弐ノ型から稲魂。水平方向の斬撃の隙を埋めるように雷のような追撃が迸る。距離を取ろうとした剣士へ続け参ノ型・晴嵐風樹と聚蚊成雷の合わせ技。風の呼吸にはない回転の加わった斬撃が巨大な顎よろしく剣士へと襲いかかったが、枝葉を伸ばしたかのような剣撃に弾かれる。
漆ノ型 勁風・天狗風で間合を空けた。と見せかけてからの肆ノ型 遠雷で懐に飛び込み、肆ノ型 昇上砂塵嵐と伍ノ型 木枯らし颪を無理矢理同時に放つように仕掛けながら、致命傷となるであろう伍ノ型 熱界雷を隠して放つ。細かな斬撃を返そうと判断した剣士の思考を追い抜いていく。熱界雷をまともに受けた剣士の刀が弾け飛び、中程から砕け散った。
畳み掛ける。陸ノ型 電轟雷轟と玖ノ型 韋駄天台風。広範囲を攻撃し、剣士を斬撃の中に足止めさせる。不思議な感覚だった。異なるこきゅうの技が繋がる。すべての型は始まりの呼吸から派生したと聞いたことがある。すべての技に通じるものがあるのかもしれない。
技を全て出しきる。剣士の体は傷ついていた。だが首を斬らなければ終わらない。男は全てを出しきった。いける!そう思った矢先、剣士の刀と体から無数の刃が飛び出した。その全てから斬撃が迸るのが確認できた。躱せない。だが、捨て身の一撃なら。と男はその嵐のような斬撃の中へ飛び込んだ。
「お前はな」
剣士と男の間で伏せていた女の隊員が呼吸した。それを見て取った瞬間、男は助けなければと、動き出していた。
完
良く生きていたな。重症の私を救った雷の呼吸の育手はそう言った。が、これは奇跡でもない。むしろ奇跡なのは鬼化しつつある中、人としての意識を保った彼である。
混濁する意識で聞いた話が、見た光景がどこまで本当か分からない。鬼の骨を溶かしこみ、芯とした鬼専用の刀らしい天鉄刀。上弦の壱と独りで立ち合った男。異なる呼吸が繋がる妙。
私は生かされた。だからこれからも生きていこう。この片腕となった身であろうと。やるべきことが決まった。生かされた私は復讐と恩返しを誓った。
まずは命を拾ってくれた育手に雷の呼吸を習った。片腕となったせいか、失った何かを補うように私は強くなった。雷の呼吸を学ぶ傍ら、私は炎柱の勝手を告発した。もし後世に伝わらなかったとしても構わない。やるべきことをやるだけだ。
次に故郷へ戻った。私も天鉄刀を作ろうと思ったからだ。この上弦の壱から切り離された肉片と、あの鍛治師の鬼が作った天鉄刀を融かしながら私は思う。いつかこの気配に誘われてあの鬼が来ないかと。私は勝てないかもしれない。それでも復讐と恩返しがしたかった。
漸く上弦の壱の肉片を混ぜた天鉄刀を打ち直し終わったとき、空は晴れているのに雷が哭いていた。晴天の霹靂。私は日輪刀とも違うこの妖刀に、靂(まみのふるめき)と銘を掘ると、後世の隊員が鬼に勝てるように、自らの技を磨きつつも、命尽きた後も人の助けとなって欲しい刀を死ぬまで何本も打とうと、この澄み渡る空に誓った。
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