自己啓発セミナー?マルチ商法?に誘われた話
ある日突然、北京に駐在していた時に知り合った他社の駐在員から連絡があった。
「本社ご帰任おめでとうございます。良ければお食事にでも行きませんか?」
彼は電話でそう言い、私も断る理由がなかったので日時をすり合わせて会うことにした。
彼とは北京の県人会で知り合い、北京時代は度々会って情報交換などをしていたので、帰国後も会うことに特に違和感はなかった。
私は旧交を温め、帰国後の元駐在員あるあるの話などして盛り上がろうと思っていたのだが、いざ食事が始まると、彼は意外なことを口にし始めた。
「遠藤さんには夢がありますか?」
私は一瞬耳を疑った。
今までの彼との話題は、中国生活のこととか、仕事のこととかがメインで、そういうプライベートな事を話したことがなかったからだ。
しかも、40近いおっさんが「夢がありますか」とは恐れ入る。
急にどうしたのかと思い、私は「いえ、特に・・・」と答えて彼の次の言葉を待った。
すると彼は、夢の大切さを熱弁し始めた。
自分は今までとにかくまともに暮らすことだけを目標にやりたくもない仕事を続けていたこと、
親や周りのプレッシャーに負けて結婚して子どもをもうけたこと、
でもそれらは本当に自分がやりたかったことなのだろうか?
人生の折り返し地点に立った今、このまま歳を取っていっても良いものなのだろうか?
一度立ち止まって、もっと真剣に自分がやりたいこと、夢を持つことに向き合ったほうが良いのではないか?
とまぁ、彼の主張を要約するとこんな感じであった。
私は驚き
「では仕事は・・・?」
と聞いた。
すると
「辞めました」
とのこと。思い切ったことをするものだと再び驚いた。
そして恐る恐る
「ということは離婚したんですか?」
と聞くと
「いや、それはちょっと・・・」
とのこと。
ええっ!?話の流れ的にそこは家庭も捨ててでしょうが笑
この時点で私は話半分で聞くスタンスになってしまった。
一体彼は何がしたくて私にこんな話をしているのか?
大見得を切った割には中途半端だし、何が目的でこの場を設けたのかが全く予想がつかなかったからである。
いや、気持ちは分からなくもない。
アラフォーというのは、恐らく学生の頃の就活以来の真面目に自分の将来について考えるお年頃だとは思う。
酸いも甘いも自分の限界も知り、このまま行くとどういう老後を迎えるというのがおぼろげながらに見えてきて、それに失望したり絶望したりする時期だろう。
脱サラして新生活を始める年齢だってやはりアラフォーが一番多いと思う。
しかし、どうしたんだろう?この人は起業でもしたいのかな?それとも帰農でもするつもりだろうか?
それが皆目わからない。
なので私は仕方なく
「それで、どんな夢を持つことにしたんですか?」
と彼に聞いた。
すると彼は、
「私の夢はもっとたくさんのお金を稼ぐことです。私は安月給で働く自分に疑問を持ちました。もっと私は稼げる人間なんじゃないかって、遠藤さんもご自分の待遇に疑問がありませんか?」
と言った。
申し訳ないが、私はここで噴飯しそうになった。
なんか高尚な話のようにスタートしておいて、結局金かよ!
許されるのであれば80年代のギャグ漫画よろしくずっこけてやりたい気分になった。
その後も彼はお金の大切さを力説し、そしてお金があればなんでも出来ると御高説頂いたが、私はもう話を聞く気を失っていた。
いや~、こうなったらもう彼の目的は一つでしょう。
そうそう、あれですよ。
それをさっさと言ってくれ。
終わりにするから。
そんな投げやりな気持ちで聞いていると、彼はとうとうその話を切り出した。
「実は、夢を叶えるためのセミナーに通ってまして。素晴らしい先生がいるんです。私は彼の話を聞いて変わりました。もしよければ遠藤さんも・・・」
来たー!
私は間髪を容れずカウンターを叩き込んだ。
「で、佐藤さん(仮名)はいくら貰えるんです?」
「えっ?」
「私を紹介するといくら貰えるんですか?」
この質問に彼は明らかに動揺した。
そして、その質問には答えず、それよりもまず夢の大切さを知ってほしいだのまだわけのわからないことを言っていたので、
「私にとっては金儲けは手段なので、それを目的化するつもりはありません」
とはっきり言ってやった。
続けて、以下の様な内容を立て続けにまくし立ててやった。
例えば、金を齧っても腹は膨れない。
だから腹が減った時は金を食べ物に換える。
ここで初めて腹がふくれるし、金は意味があったものになる。
他のことも同じで、使うあてのない金などただの紙切れに過ぎない。
金は色々なものに交換できるので、持っていれば色々なものを所有できているような錯覚に陥ってしまいがちだが、上述のように交換していなければまだなんの意味もなしていない。
かと言って無理やり世間で価値があるとされている美術品や芸術品等を所有しても、それが自分が本当に欲しいものでなければ、お金は価値があるものに変換されているわけではない。
例えば、空腹時に買ったコンビニおにぎりと、満腹時に買った高級寿司では、高級寿司の方が金額は高くても金を使った本人にとってはコンビニおにぎりのほうが価値が高く感じられるであろう。
この様に金の価値とは金額の多寡に関わらず使用者の需要によって相対的に変わるものであって、必要とされるものに使って初めて大きな価値が生じる。
つまり、使う目的が無い金の所有は無意味だと私は思っている。
勿論人生これだけ生きていれば不測の事態等があり、予め用途を特定できない出費に迫られることがある。
だが、それはまともに人生設計をしていれば予備費としてある程度の予測が可能で、それはちゃんと金を稼ぐ目的として名目足り得る。
ここまで言うと彼は完全に沈黙してしまった。
なので私は最後に彼に
「夢を語るなら、まずお金を使う目的を探したほうが良いんじゃないですか?例えば理想の店を持ちたいから開店資金を貯めるとか。そういう叶えたい事が夢なのであって、金を稼ぐことと夢は食い合わせが悪いと思いますよ」
と言って解散した。
さすがに無職の人と割り勘するのは気が引けたので支払いは私がしたが、この時間は私にとって何だったのだろう・・・
せめてこうやって文章にしてお焚き上げしたいと思う。
そして、彼が変なセミナーと縁を切って本当の夢を見つけるにしろ真っ当なお仕事に戻るにしろ、これ以上他人に食い物にされないことを切に願う。