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ツナギ8章(7)毒との闘い

ババサがささやくように言った。

「あれで効けばいいが。目を覚ましたら、クスリを変えてみよう。よほど強そうな毒だ。そうだ、ヤエ、奥から〈宝の布袋〉を持って来ておくれ」

「はい、あの大岩のところね」

じっちゃが驚いた顔になった。

「宝の布袋とは、何だ? 大岩のところとは?}」

じっちゃはツナギとふたりで秘密にしている〈隠し部屋〉を気にしているのだ。

「大岩の手前の下に、くぼみがあってな。そこへ宝の布袋を隠してるのさ。めったにない、やっと見つけた〈毒消し〉の葉を、入れてあるんじゃ」

ヤエが大事そうに、茶色の薄い布袋を捧げ持って来た。ババサは受け取ると、薬湯用の鍋に、そっと2枚置くと、水を加えて煮出し始めた。

ツナギはソルの顔色をうかがった。日焼けした顔に暗い沈んだ陰が見えるような、まだ毒が体内に残っているように思える色だった。

朝日が戸口から細い光を伸ばしてきた。皆は惹かれるように、外へ出て行った。

ソルの回復には日数が必要だった。ババサが煮立てる新しいクスリを、ツナギは日に4回、匙で飲ませた。そのたびに、何でもいい、声をかけた。ゆっくりでも元気になろうな。子トンのことは、ジンがちゃんと世話してるよ。オレも草かりをいっしょにやってる。子トンたち、よく食うね。ぐんぐん 大きくなってるよ。今度子トンを見たら、びっくりだよ、きっと、などと、とりわけソルの大好きな子トンたちの話を繰り返した。

答えはないけれど、うとうとと眠ってみえるソルが、笑ったように頬がゆるむ感じが見える時があって、自分の声が聞こえているのだと、とツナギは嬉しくなった。

屋根造りの方は、モッコヤを中心に毎日進めていた。オサとトナリはしばらくは足をひきずりながらも、できることを手伝っていた。

11月も末近くなると、空はどんよりと重くなってきた。モッコヤたちは  焦るように、朝早くから夕暮れまで働き続けた。大屋根はどうにか出来上  がった。後は広い部屋を暖めるための、炉に燃す薪(たきぎ)を大量に用意しなくては。そして、敷物類や、カメなど、運び込むべき物は、限りなく  あった。まずは、皆で森を駆け回って、燃せるものをかり集め、屋内の北側沿いに薪(まき)や雑木を積み重ね、枯葉の山を大かごに何個も詰めこん  だ。鉄斧で生木を切り倒すこともした。

ツナギが薪拾いに出る前に、ソルに薬湯を飲ませていると、いつもはうと  うとしているか、眠っているかだったソルが、初めてしっかり目を開けて、何かを探すように見回した。

「ソル、何が欲しいんだ? なんだ?」

ツナギが問うと、そばにいたジンが、子トンじゃない? と言った。すると、ソルがジンを見てにっと笑った。

傍で見守っていたババサが、誘うように優しく言った。

「支えてもろうて、見てくるかい?」それに応えるように、ソルは身を     起こそうともがいた。ツナギとジンが両脇からぐいっと支え上げ、立て    そうもない、ふらつくソルを抱えて、洞の外へ出た。

外で縄編みしていたじっちゃが、おう、立てたか!と驚きの声を上げた。 3人して、転ぶなよ、と笑うじっちゃの声を後に、ゆっくりゆっくり3人は、坂道を小屋へと下りて行った。

ツナギは痩せて軽くなったソルの、温もりと鼓動を肌身に感じて、胸を熱くしていた。ソルは毒と闘い、ようやく勝ち抜いたのだ。ソルの生命力はほんとにすごい!

小屋の廊下の下の戸口から潜(もぐ)りこむと、子トンとイノシシがまっしぐらに駆けてきた。ソルたちの周りをキーキー騒ぎながら、頭をこすりつける。ソルは嬉しそうに立ったまま、足にまといつく2匹のじゃれるままにしていた。ふらついて、身動きもしゃがむこともできないのだった。

その日の夕食時は、もちろんソルの回復祝いで、皆がひとつになって、歌い騒ぎの大賑わいとなった。

11月も末の朝、ツナギが目覚めてみると、外は一夜のうちに大雪となっていた。じっちゃもヤマジのババサも、この時期に初めての雪が、これほどのドカ雪になるとは、初めてだと驚いていた。

大屋根はなんとかできていたが、燃料や準備はまだ充分とは言えず、家造りはゆっくりと進めるしかなさそうだった。

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