
8章-(10) 寮へ荷を送る日-最終回
夏休みもあと2日という日。香織は寮への荷造りに追われていた。一番の 問題は〈あじさいモチーフ〉の14個が、思いのほかにかさばることだった。ママに見つけられないように、初秋用のカーデガンやスカートで隠そうと、苦心していた。志織もいっしょになって、詰めこみを手伝ってくれた。
香織が上京する時に、志織もいっしょに東京へ出て、成田空港からアメリカへ帰ることにして、すでに荷造りは大型スーツケース2つに整えて、すませてあった。
荷造りの得意なママが、香織の荷造りに手を出さないはずはなかった。
「どうしてこんなにぎゅう詰めにするの。セーターもスカートも形無しに なるじゃないの。全部出してごらん。私がちゃんとやって見せるから、いいわね」
ママはほんとに、大型のダンボール箱の底から全部出してしまった。
「まあ、まあまあ、こんなにたくさん!編み物ばっかりじゃないの。いったいいくつあるのよ。いつの間にこんなことしてたの!ほかの宿題はちゃんとやったんでしょうねっ」
取り出してみると、14個の写真立て入りのニットは大変な数に見えた。
ママはそれを順に横に並べているうちに、腰を落して座りこんでしまった。
「香織はこんなことができるのね。知らなかった! ひとつの模様だけじゃなく、少しずつ 変えて、まあ、5種類の花になってるじゃない。きれいね、見事だわ、知らなかった・・」
志織がそのつぶやきを聞いて、香織にウインクしてみせた。そしてママに 言った。
「清和のミス・ニコル学院長が、香織のこのニットを、こんな形にすると 誰もが部屋に飾れるよ、って枠に入れて見せてくださったのですって。 香織に秋の文化祭に出して、売る形にして、寄付金を集めるように、夏休みになるべくたくさん作ってきて、と言われたそうよ」
「まあまあ、そんなことがあったの! 香織はどうして私に黙ってたのよ」
「何言ってるの、ママ!ママがオリに卒業まで編み物しちゃダメって、禁止したでしょ。ママに言えるわけないじゃないの! オリ! あんたもちゃんと言い返しなさいよ。編み物はカオリのスペシャル・タレントだって、ミス・ニコルにお墨付き頂いたんでしょ。威張って、ママにそう言えばいいのっ」
志織の勢いに、ママはますます腰も肩も落した。
「そうだったの。ママが香織の長所にぜんぜん気がつかなくて、ごめんね。ごめんなさいね。スペシャル・タレントを、私は潰そうとしてたのね・・」
志織はさらに言った。
「オリはね、この夏休み、ほんとに頑張ってたよ。朝からラジオ講座聞き、散歩の時も録音を聞いて、そのあと、ベンチで編み物してた。家に帰れば、The Doll's House の単語調べをして、ほぼ全部終らせたのよ。数学は私が教えて、2学期分は終ってるわ。読書の方も、『モモ』の時間泥棒のこと書いてたし・・。ずいぶんしっかりしてきたと思うよ」
香織は思いがけないなりゆきに、顔を赤くして、志織の腕をひっぱった。 もういいよ、それ以上言わないで、の合図だった。
ママは気を取り直して、こう言った。
「では、香織の大事な労作を、丁寧に荷造りして、送り出しますね。私、 秋の清和女学院の文化祭を、ぜひ上京して拝見したいわ」
「え? ママが、香織のママだとバレてもいいの?」
香織はようやく口を出した。
「ミス・ニコルにもお会いして、お礼を申し上げたいし、もう仕方ないわね。香織がこの特技で知られるようになれば、ママのことまで知られるのは、時間の問題ですもの」
香織はついでに言った。
「パパは学年で最下位のままでも構わない。今を楽しんで、好きなことを やればいいって、言ってくれたの」
「まあ! パパがいつそんなことを言ったの? 最下位のままでいいだなんて! 香織は恥ずかしいと思わないの?」
「思うけど、自分の精一杯以上は、ムリだもの。精一杯やった、と思えたら、それでいいと思うようになったの」
志織がうなずいた。
「それで充分よ。生きて、笑って、楽しんでやろうね。17歳で死んじゃう人もいるんだもの。私は向こうでも馬に乗るわ。馬術部に入って、思いきり発散するわ」
そんな意気のいいことを言った姉が、その後、2人だけになった時、香織に、実はね、と本音を打ち明けてくれた。ジェインの両親は、娘の死の件で裁判を起こすことにして、弁護士をすでに頼んであり、志織にぜひ証人に なってほしいと言われてるのだって。それが9月以後の、一番気がかりな事なの、と。
ママの荷造りは完ぺきだった。14枚のニット画像を1枚ずつ軟らかい紙でくるんで、丁寧に重ね、上下左右に詰め物をした。衣類、食べ物、書物などは別の箱にして、その日のうちに送り出してくれた。
こうして2日後、志織と香織は新幹線で東京に向かったのだった。
『香織の試練:あじさい寮物語別伝』ー1学期の巻 (終)
『香織の試練』は、ここでひとまず休筆させて頂きます。これまで読んで 下さって、有り難うございました。ここまでは 2003 年頃、ほぼ仕上げて おりましたので、今回、かなり書き加えながら、連日載せることができま した。2学期以降は手つかずですので・・。私は最終まで書き上げてから載せたいのです。また「合閒の雑文」を載せることに致します。その後で、今書きかけの別の創作を書き上げて、載せるかもしれません。気ままをお許し下さい。