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(75)娘

土曜日の午後の電車に乗り合わせるのは、萩氏には久しぶりの事でした。座席にゆったりと腰をおろし、すいた車内を珍しく見渡していると、次の駅で、どっと女子高校生たちが乗りこんできました。

週末の解放感を発散させて、どの顔も輝いています。萩氏はまぶしさに当てられたようで、目を閉じ、腕を組みました。

(制服の高校生か・・)

胸の底でさわぐものがあります。

10数年前、妻の文子が女の子を死産して以来、子を持つ夢は、ついにかなえられなかったのでした。

心の底に封じこめたものが、時折、甲高い子どもの声に破られて、あふれ出すことがあります。そして、いつのまにか、死んだ子の年を数えている自分に、苦笑してしまうこともままありました。


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「やめときな。あんなガキんちょ。もっとかっこいいヤツ、めっけてやるからさぁ」

威勢のいい男言葉に目をあけると、赤い細いリボンをつけた、ごくふつうの女の子でした。

向かいの席では、鏡をもたせて、ひとりがお化粧の最中です。袋の中から何やら取りだしては、ぬりたくって、仕上げに念入りにアイラインを入れています。制服の首から上は、みるみる大人顔に仕上がっていきます。

これから、どこかで着替えをして、デート遊びに向かうらしく、にぎやかにそんな話がはずんでいました。

萩氏は、出かかった吐息を飲みこみました。

子無しも天恵、身軽もまた良し、そんな思いがわき上がってきました。


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