7-(3) 名案はひみつ!
良二のばあちゃんは、あしたの接待、だいじょうぶと思う?
マリ子は自分のへやで、鏡の中の水着姿に問いかけた。日やけしたやせっぽちに、ひらひらの水玉の短いスカートが、いまだになじめない。男の子たちみたいに、パンツひとつで泳げたらいいのに。
むりだよ、むり。麦わらぼうしのひもをぐいと結びながら、マリ子は考え
こむ。この鏡は、ときどきひょっといい思いつきをプレゼントしてくれる のだ。そうだ、いいことがある!
マリ子は台所にとんで行った。おとうさんとおかあさんが、寺の東の棚田にある借りた畑に、草取りに行っているあいだに、やっちゃえ!
米びつを開けて、1合ますにすりきりお米を入れ、それを何に移そうかと、きょろきょろ探した。おとうさんたちが帰ってこないうちに、速く速く。
何日か前の新聞紙を見つけて、米をくるみこんで、これでよし、と。マリ子はそのつつみを2階の自分の机の引き出しにかくした。それからっと・・。あとは、正太さんに話してみよう!
こういう時は、お兄ちゃんより、子ども会会長の正太が頼りだった。
さっそくとなりの裏木戸をくぐった。敷石伝いに表に出ると、えんがわで おばさんと正太が、スイカを食べているところだった。
「ええなあ、マリちゃんは。かわいい水着をぬうてもろうて。おなごの子はええなあ」
おばさんは食べかけのスイカを手に、マリ子の水着姿をほれぼれとながめた。
「マリちゃんもスイカを食べられぇ」
大きなスイカのひと切れをさし出されたものの、マリ子は首をふった。 せっかくの思いつきを、忘れてしまいそうだったから。
「弘っちゃんなら、2日市の原田んとこへ、本を借りに行ったで」
正太はそう言って、えんがわから庭へ、真っ黒なスイカのタネをぷっと 吐き出した。
マリ子はまた首をふった。
「お兄ちゃんじゃのうて、正太さんに話があるんじゃ」
「ほ、話じゃて。そんじゃ、あたしゃ、えんりょするわな」
おばさんは首をすくめて、スイカの食べかすをかき集めて、台所へ消えて 行った。
正太はマリ子の話をきくと、すぐに動いてくれた。寺の階段の上から、川へむかって叫んだのだ。泳いでいたしげるや俊雄たちが、なにごとかとかけて来た。マリ子が人数をかぞえてみると、11人だ。
「なんじゃ、マリッペ、水着着て、なんで泳ぎに来なんだんじゃ」
しげるは息をきらして階段をかけのぼりながら、わめいた。紺色の水着の 静江は、マリ子をまぶしそうに見た。加奈子もいた。
正太は皆をかねつき堂のうらの、イチョウの木のかげにすわらせた。
「ええか、けぇから話すことは、ぜったいのひみつぞ。うちの者にゃ、ぜったい言うな。ひみつの守れんやつは、聞かんうちに帰れ」
正太のきつい宣言に、皆はびっくりして、顔を見あわせた。せみの鳴き声 だけが境内にひびきわたった。だれひとり帰る者はいなかった。
「ひみつて、なんなら」
「はよ、言うてくれ」
俊雄としげるが正太をせかした。
「あしたは地蔵さんの接待じゃろ。良二のとこが当番じゃけど、ばあちゃんが困っとるじゃろけん、助けちゃろうて、マリッペがわしのとこへ言うて きたんじゃ」
「わしもそれ思うたで。じゃけど、どうやって助けるんなら」
しげるがいきおいこんで、半立ちになってマリ子に問いかけた。
「みんなで米を少しずつ持ってきて、集めてばあちゃんに届けりゃええと 思わん?」
マリ子には、名案だという自信があった。この地区はほとんどが米とイグサを作っている農家で、米には不自由していないはずだった。西浦で米を買っているのは、岡田のおっちゃんと良二の家と、静江のお寺さんとマリ子の家だけなのだ。
正太が言い足した。
「あのな、これはひみつぞ。米を家から持ち出すのを、だれにも見られたら おえん」
「なんで? おかあさんに言うて、もろうて来てもよかろうに」
静江が困ったようにつぶやいた。加奈子もそうよそうよとうなずいている。
マリ子はむきになって説明した。
「おとなに知られたら、ばあちゃんがバカにされて、笑われるかも知れん じゃろ」
「そりゃそうじゃ。恥かかすことになるかもしれん。ようし、ごっそり盗んで来ちゃる」
6年生らしく、しげるはわかりが速い。