(67) いい伝え
山の谷間の小さな村には、ひとつの言い伝えがありました。
〈奥山には近づくな。山の王の大蛇がいる〉というのです。
何年か前に、耕作じいさんがキノコ採りに山へ入り、夜になっても帰らず、村の人総出で、山狩りをしたことがありました。
明け方、大岩の側で腰をぬかして、倒れていた耕作さんを見つけましたが、まもなく、おじいさんは息を引き取りました。
おじいさんは、うわさどおりの、見るも怖ろしい大蛇だった、と言い残したそうです。
それからは、村人はますます奥山から遠ざかっていました。
耕作さんの孫の太一は、中学を終えると、山菜採りという、耕作じいちゃんの仕事を、喜んで引きつぎました。町の旅館に収めれば、いい現金収入になりますし、〈うすのろばか〉と、いじめられることも、教科書に悩まされることもありません。
母親や年寄りに教わって、山菜の名や、取り方も教わりました。背負った大きなかごに、匂いの良い山のフキや、山ぐりが貯まっていくのは、嬉しいし、ゆっくりと、自分のペースで集められるのは、楽しいものでした。
ある日、太一はキノコを追って、採り進んでいるうちに、いつのまにか、来たこともない森へ入っていました。
薄暗い空き地をぬけようとして、太一は立ちすくみました。ぐわっと口をあけた大蛇が、前方に立ちはだかっているではありませんか。今にも、とびかかって来そうです。あたり一面、キノコだらけの真ん真ん中に、堂々と踏ん張っています。
太一は立ちすくんでしまいました。身動きもせず、目を見張って見つめました。まばたきもせず、よくよく見つめました。
いくら待っても、そいつは動きません。
一歩一歩、おそるおそる近づいてみると、それはなんと、裂けた古木に,キノコがびっしり生い茂っていたのです。
かごにあふれるほど見事なキノコを持ち帰った太一に、村人が群がって、どこで見つけたのかと問いました。太一は説明ができず、皆をその場所へと案内しました。
奥山はそれからは、村人みんなの宝の山となったのでした。