4章-(4) 打ち明けごっこ
エイの提案に、みゆきは自然にうなずいていた。あきさんのあの潔さを見たせいかもしれなかった。いつまでもうじうじしていても、どうにもならないのだから。
「あたしから話すね。うちは親父よ。すごいやり手で、貿易会社やったり、不動産業やったり、株も買いこんでたし、金儲けはじゃんじゃんやって、 家は大きいのを建てるし、別荘も買うし、車は外車を4台だし、調子がよくて派手だった。あたしのために、庭に温室や菜園や池を作って、生き物好きな私のやりたいようにやらせてくれてた」
なんだか明美のパパの土屋のおじさんに似てる、とみゆきは思った。エイが園芸クラブに入ったのは、温室や菜園の体験があったからなのだ。
「何もかもうまくいってると、母も兄も私も思っていたのに、親父ったら、美人だけどたちの悪い秘書にのぼせちゃってさ。大金を持ってなのかどうかわかんないけど、何もかも放り出して、一番高級の車で2人して逃げちゃったのよ。その後でわかったのは、借金と抵当だらけが残されてたってこと。だから、たくさんの借金取りが家に押しかけてきたの。
あの時はほんと、恐かった。人数は多いし、家の戸や窓を叩いて怒鳴り回るし、近所迷惑だし、母さんは困って、知ってる弁護士になんとか頼みこんで、家屋敷や3台残ってた外車や、別荘や家財道具なども手放して、始末をつけて、やっとここへ移ってこれたの。1年近くも時間がかかって、母さんは身体をこわすし、あたしは親父への怒りで、どうにかなりそうだった。 親父は会社や財産や家屋敷をゼロ以下にしただけじゃなく、母さんを裏切ったんだからね!」
似てはいるけれど、一家で逃げた土屋家とは大違いだと、みゆきは思った。エイのママは、夫の失敗を必死で埋め合わせして、責任を果たして、今疲れ果てているのだ。先日、布団を敷いてママが寝てるから、川辺に行こう、と連れ出されたのもそのせいだったのだ。
「親父が戻って来たら、切りつけてやろうかと、包丁準備して、殺してやりたいほど憎んだわ。勝手すぎるよ、大人のくせに。兄貴は隣町のスーパーで働いてる。泊る日もあるけど、帰れる日は、残り物をもらって来る。それで食べつないでる感じよ。ほんと、貧乏のどん底! これもあいつらのせいだからね」
そこまで息巻くように話し続けて、ふっと口を閉じた。しばらく、だんまりが続いた。みゆきは何か言わなくてはならない気がした。
「私のうちは、エイの話と違うけど、父が幼なじみだった隣の家の、借金の連帯保証人になったせいで、買って5年目の家を、出なくちゃならなくなった。しかもうちの4人家族が、母娘と父娘の2つに別れて、暮さなきゃならなくなったの。父は転勤でこの町になったし、ママは私立高と、ピアノ教室の生徒さん達の近くの家を見つけて・・。
私は隣の家の娘と、ずっと同じクラスで、親友だと思ってたのに、ひと言も別れの言葉も謝りもせずに、一家で夜逃げしてしまったのよ。うちも貧乏のどん底。家のローンの払いと、保証金の5000万を背負うことになってしまったから・・家具なんかもほとんどなくなってしまったし・・」
そこまで話して、みゆきはもっともっと言い足りないことがあるのに、言い切れない、もどかしい思いが残った。パパとママとの関係が悪化したこと。明美の進学校の裏切りのこと、お金を返さないまま去ったことも・・。エイの一家は、ともかく借金は始末してきたけど、みゆきの方は、借金が山ほど残っているのだ。ただ、父と母が健康で仕事を続けられているのは、エイよりは救われているけど。
エイはうなずきながら聞いていてくれた。
「そうだったの。よーくわかる、憎みたくもなるよね、信頼していた人に、裏切られて、家族まで壊されたんだもの」
エイはみゆきが口にしなかったことまで、わかってくれた。
「でもさ、あのあきさんの苦しみを考えると、あたしたちのはお金が元なんだけど、あきさんは身内の妹に恋人を奪われて、一生を台なしにされたんだ・・幸せを掴めたはずだったのに、ひとりでずっと我慢し通したのよ。どれほど辛くて、妹と恋人が憎くてたまらなかったか。それでも、死にかけている人に会いに出かけたのだから、ほんとにすごい。尊敬しちゃうよ。
言葉ではちゃんと表せないけど、あたしの恨みなんか、大したことないみたいな気がしてきた。だって、あたしたちはまだ13歳でしょ、これからの未来があるもの。どんなにでも、今の気持ちを抑えたり、変えられて、何かのきっかけで、親父を許せる日だってくるかも、と思えたもの」
そうか。みゆきたちには未来があるけれど、あきさんはもう先はないのだ。今、妹の詫びを入れ、恋人の最期の願いを聞いて、許し合うことは、あきさんにとって最後のチャンスだったのだ。それを見せてくれて、エイが有り難うと言った意味が、みゆきにもわかってきた。死を前にして、恨みを残したままにするのは、死者にも自分にも、深い悔いを残すことになるのだ。
中途半端にしても、言い足りないにしても、みゆきは自分の中に封じこめていた辛さを口にしたことで、エイが共感してくれて、少し気持ちが軽くなった思いがした。
夕方、あきさんの家を出てから、エイはこんなことも言った。
「あたしって、結局、親父に似てるのかもしんない。クラスで夢のほら話をやるでしょ。親父はあたしのと似たようなほら話を、口には出さずに、実際に実行してみたら、最初はうまくいったけど、どっかて間違えて、ズンズン悪い方に転がって、にっちもさっちもいかなくなったのかも。人生って、良い時も悪い時もあるのに、悪い時に耐えられなくて、逃げちゃったんだと思う。弱くて哀れなやつなんだ。そう思うわ。あたしは、そう思う」
みゆきは聞きながら、土屋のおじさんも同じなのだろうか、と考えこんで いた。弱くて哀れ、とまでは思えないけど・・。
どの本で読んだかは忘れたけれど、「知識ではなく知恵のある人」というのは、エイみたいな人のことなのかも、とみゆきは思った。