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(167) クリの実
むうっと暑い日曜の午後でした。伸男と母さんの二人でおじいちゃんの体を拭いてあげていると、大粒の雨が窓ガラスを打ち始めました。
「助かったあ!これで涼しくなるよ」
「伸男、洗濯物をお願い」
「いいよ」
伸男は二段跳びで、二階のベランダへ突進しました。雨粒と競争で洗濯ばさみをはずし、さおから外して取りこみ終え、ひさしの下に突っこんでから、最後にもう一巡り見渡した時、ベランダの外の茶褐色の丸い物が目に入りました。クリの実です。
ベランダに届くほど伸び広がったクリの木の、あちこちに顔をのぞかせています。今にも破裂しそうなイガ、少しはじけて茶色い実をのぞかせたの、中でもまだ熟しきらない小さな実のかわいいこと!
伸男は雨にぬれているのも忘れて、見とれてしまいました。淡黄緑色のとげもまだ軟らかそうで、幼い少年のようです。
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クリの花は白くて細長いのに、それが落ちた後、こんな丸い実になるのは不思議だなあ。そうだ、写真を撮ってやろう、小さな芸術品だもの。伸男は早速実行しました。
その夜から、雨は本格的になり、台風となりました。翌朝、庭にはたくさんの実が、風に吹き飛ばされていました。実らないまま落ちた、あの小さな実が哀れで、伸男はもう一度写真に残しておきました。