(45) 夢あそび
「ね、どれにする?」
妻は例のごとく、広告のビラを数枚手にして、寝ころがっているぼくにすり寄ってきた。
「どれどれ。3000万、4500万、ほう6800万だって? これ広くていいね」
「でしょう? わたしもいいと思ったの。これにしよ!」
妻はいたずらを始めるごとく、目をかがやかせた。
「5,4,3,2,1,ゼロ、夢の豪邸にワープ!」
妻につきあって目を閉じ、ぱっと目をひらけば、ぼくらはビラにある邸内に着陸というわけ・・。ふところの都合で、どこにも行けない日曜日、これは格好のゲームだ。
ただし、6畳ひと間のアパートの室内で、庭付き6LDKの、大邸宅の住人のふりをするのは、かなりの演技力を要する。
作りつけのクローゼットから、外出着を出す手つきで、段ボール箱からTシャツをささげもったり、手すりに干したふとんを横目に、「お、庭にハトが・・」などと口走る。
妻は心から笑いころげ、ゼロから出発した乏しさを、持ち前のやさしさと、茶目っ気で満たしてくれる。26歳の今のぼくに、何ができよう。夢と現実のこの落差!
となりの3号室からモーツアルトが聞こえる。ダンスにさそいこんで、ぼくは妻を抱きしめる。
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