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3章-(8) カタクリの坂道

休憩の後は、皆の歩くスピードは少しゆっくりになった。

香織の荷物はリュックもチョッキも、結城君のリュックの上に積み上げて
くれた。

「何もかもお世話をかけてしまって、ごめんなさい。ほんとにありがとうございました」

香織は本気でお礼を言わずにはいられなくなって、頭を下げた。

「まあね、気にするなって。オレたち、ペアだしね。オレはスポーツで鍛えてるし、これも鍛錬のひとつになるよ」

と、結城君は皮肉は言わず、ロープで2つのリュックをしっかりと固定  させて背負った。それから林の中を探して、手頃なぼうきれを探してきて、 香織に渡した。

「下り坂でも上り坂でも役立つと思うよ。またフラッとしないようにね」

「ありがと」

私の杖だわ、と口には出さなかったけど、ほんとに有り難かった。歩き出してみると、心強い支えになってくれた。

薄暗い森の中を進むうちに、前方から歓声が聞こえてきた。

「カタクリの花だ!」
「あそこにも、あそこにも」

近づいて行くと、細い道の両側の斜面のあちこちに、5分咲きの尖った形のピンク色の花が、見えてきた。今にも折れそうな、華奢な花だ。登るにつれて、花は少しずつ咲き広がっている。

「わあ、ずうっと続いている!」

前方から感激の声が上がった。登るにつれて、まるでカタクリの並木道の ように、道の両側が満開の花でふちどられていた

「いい時期に来ましたね」

「これで、来年同じ日に来ても、こんなに咲いてるとは限らないんです。 今年はラッキーでしたね」

先生たちの話し声が聞こえた。

ヤッホー!
頂上だぞう!
昼メシだあ!

先着隊の騒ぎ声がしている。

最後の上り坂が最もきつい心臓破りの坂だった。香織は脇目も振らずに、 ただ足元だけ見つめて、数を数え続けながら、杖にすがって進み続けた。 編み物の目数を追って行けば、必ずいつかは仕上がっていくのと同じだった。どんなせまい歩幅であっても、数を重ねて辛抱強く続ければ、いつか 坂の上に立つことができる。

「ほうら、あとひと息だ」

うしろを着いてきていた結城君が、香織とならんだ。

「頑張ったね。相当の意地っ張りだ」

香織は言い返す元気もなく、あえいだ。

「ぶっ倒れた後、これだけ頑張れるんだからな。見直したよ」

彼なりの褒め言葉なのだ。胸に沁みた。あとひとふんばり、とにかく倒れずに、頂上にたどりつきたい、その一心だった。意地っ張りか、そうなんだ。自分に当てはまる言葉とは、思ってもいなかった。

「頑張ったな、笹野。前言取り消しだ。ワンゲル部の資格は充分ある」

最後部に戻っていた若杉先生が、大きな声で言って、香織の背を軽くたたいた。香織はふらつきながら、なんとか答えた。

「カタクリの花が、応援してくれたみたい。頂上までつながってて・・」

「のんきだなあ、笹野は。何言ってんだ、荷物背負ってくれたペアのこと、忘れてやしないか。ひどい話だな、結城君」

「そうですよねえ」

先生と結城君が、声を上げて笑った。

昼食は適当にグループを作って、草の上に広げた。ペア登山は大成功だった。登りながら助け合ううちに、話がはずんで、どのペアも弁当をつつき あう仲になっていた。

直子は島君といっしょに、香織と結城君、ポールと宮城さんのグループに合流した。結城君が豪勢な弁当を、香織の前に押しやるのを見て、直子は島君の弁当に歓声を上げてみせた。寮の弁当は、おにぎりと煮物のおかずが少しの、みすぼらしいものだったのだ。

「おいしい!」

香織は吐息をつきながら、スパイスのきいたスペアリブをかじり、焼きおにぎり、お味噌汁、ハチミツに浸したレモン、ポテトサラダ、その他たくさんごちそうになった。結城君は時々手を出して、豪快に食べている。

「それだけ食えれば、下りは大丈夫だな」と結城君。

「はい、大丈夫です。2度と気絶なんて、みっともなくて、やだもの」

「そいつは残念。おふくろがやたら作ってくれたのが、アダになったか」

結城君は、香織の寮のにぎりめしもばくつきながら、笑った。

下りは杖のおかげもあって、何事もなく、元気にふもとまで下りることが できた。結城君は、当然の顔をして、香織のリュックを自分のリュックを 重ねて担いだままだった。

ふもとでバスを待つ間に、星城の須山先生が皆にこう挨拶した。

「今日はペア登山の案に、皆がよく協力してくれて、何事もなく楽しく終えることができて、ほんとうによかった、ありがとうな。中には、少し手当てのいる者もいたようだが、赤チンや包帯くらいですんで、まずはよかった。あとは、家に帰りつくまで、無事でいてくれ。次は、夏休み後半の、予定を言えば、8月の第3土曜日に、今度は気軽に高尾山に登ることにしている。その時までに、体力を養うことと、宿題はすませておくようにな」

皆がわあ、と叫んだ。喜んでなのか、不満でなのか判断のつかない叫びだった。香織は結城君からリュックをはずして渡してもらいながら、ニコッと して、また深く頭を下げた。今日一日の世話をかけたお礼のつもりだった。結城君も笑顔でリュックを渡しながら、香織の手を包むように両手でにぎった。無事帰れてよかったね、と言ってるみたいだった。

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