B・Dohertyの文体に感動(3)!
<その(3)>
老女エリー・チャンピョンの孫娘のクレアに励まされ、見送られて、ジェイムズは母エリザベスが越えた同じ山道をたどり、今とは季節の違う吹雪の夜中に、母は越えたのか、とその過酷さを想像しつつ、大変さを直に味わいつつ、反対側の谷間の村へ向かう。
なんとかエリザベスのいる、谷間の村へたどり着いたものの、誤算が重なり、村中一軒残らず訪ね歩いても見つけられず、諦めて戻りかける。橋のところで川に飛びこんで遊んでいた子どもたちに、飛び込み方を教える。持っていた蛇石を子どもたちが見つけ、そのお蔭で、実母との再会の夢はかなうことになる。
が、この時、エリザベスの現在の夫が近くまで来て、ジェイムズを見ると尻込みしたように足を止め、昼飯にしようか、と遠慮がちにエリザベスに声をかける。その瞬間、(p.164)
The woman flinched a little, as if she was pulling herself out of a dream. She looked at me quickly, and in her look I saw a girl, scared. I saw her asking me something, and in my look to her I gave her my promise.
私訳:[その女の人は、夢から身を引き抜こうとするように、 ビクッと身をふるわせた。
はっとぼくを見たその目の中に、おびえた少女がいた。少女が目でぼくに何かを頼んでいる、ぼくも目で応えた、(だいじょうぶ、だまってる) と ]
★ここでジェイムズは、今の夫に秘密にしてほしいエリザベスの思いを察し、視線で請け合う。むしろ母を守る立場を、しっかりと受け止めている。
その後の場面が、また切なく美しい。
"Are you a happy boy, Sammy?" she asked me. I nodded. 'I' m glad you're happy." I nodded again. There wasn't a word in me. She didn't have any more words in her, either. What use are words? She stared at me as if she was trying to fix me in her mind for ever. It was more than I could bear.
★エリザベスは、ただひと言、ふた言、子の幸せを確かめるのみ。ジェイムズはうなずくのみ、の無言の交換。言葉なんていらない! それでも、母の愛を感じさせる場面だ。母は心にジェイムズを永久に留めておこうとするように、じっと見つめていた、ジェイムズが耐えきれなくなるほど長く。
★手荷物を片づけて、気がつけば、親子一家が揃って帰って行く、後ろ姿を見つめながら、ジェイムズは思う (p.165):
She had her own family. And so had I. と。ジェイムズは現実をはっきり直視し、母の現在の立場を察し、自分のいるべき場所をも、はっきりと悟る。
ジェイムズは大人への一歩を踏み出したのだ。自分のルーツを探る物語というよりも、自己発見の旅であり、母と子がそれぞれに、自分自身の生き方を見いだす物語でもある。
★個性ある小道具の蛇石(スネーク・ストーン)が、様々に重要な働きをしている。
1)結婚指輪の代わりに、ジプシーのサミーがエリザベスに贈る。「何百万年も前のものだよ」と言って。いかにもジプシー少年が持ちそうな品だ。
2)クラスでいじめっ子のパイフェイスに、旅の途中で出会い、蛇石を取り上げられ、取り返すために金を払わせられ、旅費がかなり減り、旅の苦労は増してしまう。
3)エリザベスの子どもたちと知らずに、飛び込みを教えている時に、荷物の中の蛇石を見つけられ、そこへエリザベスが来て、蛇石でジェイムズの素性が明らかに。
4)長い長い年月を思わせ、永永と続いてきた人間の営み、繋がり、セックス、親子の関係は、人間存在の初めから繋がってきたことを、連想させる。
5)とぐろを巻いた蛇石は、中に何かを隠し秘めているものを感じさせる。
6)高飛び込み選手であるジェイムズが、旅により自覚と自信をもって、演技した全英大会で、見事に難しい技を成功させる。蛇のとぐろを解き放して、まっしぐらに水中に飛びこんで行く。達成感、満足感。解放感。
物語最終行の、I was home. も、短いが、強い印象を残して見事だ。長い迷いと模索の末の、安堵感、帰属感。
◆余談だが、学生とこの本を読んだ年の、卒業式後、帝国ホテルでの謝恩会に、私は初めて学生たちの推薦で招待された。400名近い非常勤講師の中から、毎年5人だけ招かれるそうで、面映ゆいものの有難いことだった。その日、ビュッフェ式の会場で、何人もの学生が寄って来て、口々に言ってくれた言葉があった。(17名まで数えていたのだが、話がはずんで途中から数えられなくなった)
「The Snake Stone を読めて、とてもよかった。」「あの話は忘れられない」「テキストを大事にとっておいて、何度も読み返そうと思っている」「The Snake Stone を読めたから、東京女子大に来て、ほんとによかったと思った」と、そこまで言ってくれた学生もいて、私は著者のBerlie Doherty に知らせてあげたのだった。