(99) サンクチュアリ
小さなナップザックを背に、かずえさんは登山道をゆっくりと辿りました。
湿った土の感触をスニーカーの足裏で楽しみながら、思いきり深呼吸しました。森の香りが体の芯までしみ通ります。
新緑一色の山肌を、とりどりのシャツが、点々と山道ぞいに散っています。
ヤッホー、子どもたちの叫び声が、静かな山を賑わせています。
(ビッグな山ぐつ!)
数歩先に止まっている足に気づいて、かずえさんは目を上げました。
外国人らしい金髪長身の青年が、身をかがめて木の幹を見つめています。あの人も、この高尾山が好きなのだ、と親近感を覚えました。
青年の横顔は、何かを見つめて、ほほえんでいます。
かずえさんは引き込まれて、その視線の先を辿りました。2センチほどのシャクトリムシです!
くいっ、くいっと、小気味よいリズムで、幹から枝先へ突進中です。先までくると、勢いあまって、空を切り、あやうく枝にしがみつきました。
青年は声を立てて笑うと、身を起こしました。それから、山を見回して、吐息をつくようにつぶやきました。
「サンクチュアリ!」
その言葉が耳に残って、かずえさんは家に帰りつくと、辞書を開いてみました。
〈聖域、避難所、安らぎの場〉
なるほど、その通りでした。
だれも侵すことのできない、それでいて、だれにも快い時を与えてくれる場所です。
それを存分に味わえた1日でした。ケーブルカーを使わず、一人で山頂まで歩き続けました。汗をかいて、あえいで苦しくもあったけれど、道々、子どもたちに出会って、声をかけ合ったりもしました。
山頂では、富士山も見えて、他の人たちと歓声を上げました。我が町を見下ろした向こうに、遠く新宿の方まで続いている町波を見渡せる、よく晴れた日でした。
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