(69) 世間知らず
生まれて初めて定期券を持つようになったのは、私が23歳の時だった。
四角い券を見せれば、すいすいとパスに乗り降りできる便利さを知って 3ヶ月、書き換えの日がきた。
申請書を書きこみ、古い券と重ねて窓口に出すと、気むずかしそうな年配の係員が、窓越しに私を見つめ、「通学? 通勤?」と尋ねた。
「は?」と訊き直すと、
「学生か? 勤め人か?」
「もちろん、勤めてますけど」
「それなら、何で通学定期で、今まで3ヶ月も通ってたんだ」
係員は、定期券の上の〈学〉という黒文字を、ピンピンと指ではじいた。
「あら、〈学〉って、学生のことだったの! 学校のことだと思ってた!」私は自分の無知にあきれて、笑い転げた。
高校勤務を始めたばかりで、幸か不幸か幼な顔だった私は、最初の定期券 制作係に、勤務先の生徒と思いこまれたものらしい。
それにしても、年齢はきちんと書きこんだはずなのに・・。私は初めての 券をよくよく吟味もせず、素直に使わせて頂いていたので、自分が大それたサギ行為をしているとは、夢にも知らなかった。
「お払いしなくては・・」と財布を出しかけたら、
「こちらの手違いのようだから・・」
と、係員はつぶやくと、〈勤〉の文字をバンと押して、寄こした。
社会人見習いから、一人前に昇格した気がしたが、3ヶ月未払いの後味悪さは残った。でも、ひとつ利口にはなったのだ! と思うことにした。
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