(55) 岡さんの撃退法
「AB商事の竹井ですが、おはようございます!今日はいいお天気で・・」
受話器を取ると、聞き覚えのある声がしました。岡さんはしかめ面になりました。
いいかげんにしてよね。これで11回目よ。何がマンション経営よ、うちは子育て真っ最中で、それどころじゃないの! ムカムカが、声にそっくり出ました。
「何度も言ったでしょ。うちはダメなの。夫は固ーい人だから」
「でも、ですね、奥さん。人の心は変わるものです。いくら固い人でも、 今日のように爽やかな日には、気分が変わって、ぱっとマンションでも買おうか、という気になりませんかね」
岡さんは吹き出したいのを、押し殺しました。うちの人は、あんパンでも買って、公園に行こうか、という人だわ!
そもそも竹井がこうしつこく電話してくるようになったのは、初回に岡さんが、つい褒めてしまったためでした。
「お口がお上手なのね!」
税金対策に、都心にマンション購入を、という誘いにしては、際だってしゃれた口ぶりだったのです。以来、買う気のない、いえ、実は買えない岡さんが〈勧誘リスト〉に載せられているらしいのです。
ええいっ、もう、なんとか止めさせたいわ! 何かないかしら?
ふっと、とどめのひと言を思いつきました。
「あのですね、うちの人の固ーい主義ですの。金があっても、マンションは持たない。 児孫のために美田を買わず、でしてね、絶対、ダメなんです」
「・・主義、ですか・・。美田を買わず、ですか・・」
竹井の電話は、見事にぷっつりと途絶えました。
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