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 5章-(3) スイカ畑騒ぎ

翌朝、まだ皆が眠っているうちに、2人は家を出た。隣のシカ婆のうちは、もう煙が上っていたので、かよは嫁さんにシカ婆の無事を聞いてみた。  「まだ大丈夫じゃ、案外持つかもしれん」と、聞いてから、出発した。

みさは道々楽しかったぁ、をくり返しくり返し、言い続けた。兄弟が多いの、ええなぁとも・・。みさは自分にもシカ婆みたいな、色々教えてくれるキク婆さんが、近所にいる話をした。味噌造りも料理も、縫い物も編み物も、そのおばあさんが今までずっと教えてくれていると。                            みさが母親を亡くして、作造とうちゃんと2人きりになった後、近所のキク婆さんは、作造が田んぼに出ている間に、6歳のみさを助けに来てくれる ようになったのだって。

朝日がすっかり昇る頃、かよとみさは屋敷の前で別れた。                            かよはとうちゃんと顔を合わせたくなくて、じいちゃんとこへは寄らずに、直接台所へ行った。土産は何も持ってはいなかった。

おトラさんはつる様に朝の乳を飲ませ終えた様子だった。これからおくさまの添い寝に、おつる様を連れて行くのだ。

おキヌさんが気がかりな様子で、かよにこう言った。           「旦那様がご機嫌悪うておいでなんじゃ。今朝、散歩で六地蔵の方を回られてな。元作造さんの田んぼじゃったあぜに、ぎょうさんスイカの苗が植わっとって、それが皆、田んぼの方へ広がりょうるんじゃて。作造の家に行ってみたら、だれもおらんで、どうなっとんじゃ、と怒って戻られたんじゃ」

かよはドキッとした。みさが留守したことがバレてしまう。それに、あばれの作造があぜにスイカの苗を全部植えて、広がり出したら、旦那様はどうなさるかと、かよが気にしていたことが、怒りの形になりそうなのだ。どうすればいいのだろう。

みさを助けなくては。作造も助けられたら、もっといいけど・・。

みさは台所の女中部屋で、この家で着ることになっている優美おじょうさまの着物に着替えた。その足で、旦那様のへやへ向かった。

「おはようごぜぇます。ただ今、戻りました。三の割に行かせてもろうて 有り難うごぜぇました」

新聞を見ていた旦那様が、かよの華麗な着物姿に驚いて、見つめた。  「優美が戻ってきたみてぇじゃのう」                                                           「そげんでしょう。うちもかよに着てもろて、えかったと思うてな。つるにも綺麗ぇなもんを見せとうて・・」                  と、つるに添い寝しているおくさまが、床の中からそう言った。

「そうじゃのう。そう言やぁ、学校の熊野が言うとった、かよは頭が良うて、覚えは早ぇし、確実じゃし、字はしっかりしとると。つるもきっと、 そうなるじゃろう。ええ子をもろて、えかったのう」

かよはドキドキしながら、思い切って言い出してみた。        「うち、昨日三の割に帰る時、六地蔵とこの、みさちゃんといっしょじゃったんです。うちは弟に妹にあんちゃんと兄弟がおるけんど、みさちゃんは ひとりで、作造とうちゃんが昨日は、親戚の屋根普請の結いで、留守じゃったけん、夜もひとりで留守番になるけん、うちといっしょに・・」

「ほほう、そうじゃったんか。家が空じゃけん、スイカの苗をあげんとこへ植えたら、あげに広がっしもうて、あいつがしもうた、と参って、夜逃げでもしたんかと思うたが、ハハハ。あいつ、スイカをあげんとこに植えおって、田んぼをひとつ、わやにしとる。ほんまに腹立つやっちゃ。せぇでも、結いにはちゃんと加わっとったんか。なんやかや文句ばぁたれて、嫌われ者で、協力やこせんやつと思うとったが・・ええとこもあるんじゃのう・・」

おくさまが寝床の中から、穏やかに言った。             「スイカがぎょうさん生るのも、ええんじゃねぇの。売らせてもええし、皆に食べさせてもええし、田んぼのひとつくれぇ、自由にやらせても・・」

「ひとつ許すと、あいつは次に何やらかすか、わからんやっちゃけん、腹も立つんじゃが、こりゃ、わしから認めるとは言わずに放っといて、実を生らせちゃるか。田んぼはひとつ、スイカに取られるけんど、恩を売っとくのも、ええ手かもしれんのう・・」

かよはようやくドキドキがおさまると、思い切って言い足した。         「みさちゃんがうちといっしょに三の割に行ったんは、作造とうちゃん  にゃ、内緒じゃったんです。お屋敷におるうちと遊ぶな、とみさちゃんは 言われとって、うちは余平とうちゃんに、六地蔵の側の子と遊ぶなて言われとるけん、うちら内緒の、あの秘密の友だちで・・」

それを聞くと、旦那様がプーッと吹き出した。おくさままで面白そうに小さく笑った。

「とうちゃんら2人して、すげぇ娘ら持っとるのんを、知らんのじゃな、 ハハハ。その秘密、いつまでもつじゃろ、ハハハ、わしゃ、黙っとるけん、安心しとれ」

かよは笑われて認めてもらったようで、嬉しくなって、おふたりに深く頭を下げて、台所に戻った。

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