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ツナギ9章(5)春のきざし
その春がようやくやって来たのは、3月も末の頃の、ある騒ぎからだった。
ツナギは、誰かにはげしく揺さぶられて、やっと目が覚めた。ソルとジンが真剣な顔で、ツナギの肩に手をかけていた。
「小屋の方が変なんだ。いっしょに来てほしい」
とジンが言うと、ソルがララという口まねをした。ひょっとして! と、 ツナギは跳ね起きた。厚手の上着を羽織ると、2人といっしょに、小屋へ むかう。外はまだ夜明け前の暗さだ。雪の残る坂道を下る。
小屋からはあえぎと、時折、悲鳴のような声もする。ララの出産が始まっているのかも。
小屋に入ってみると、確かに、暗い中にララは横たわって、身もだえして いるようすだ。こんな時、どうすればいいんだ?
ツナギはジンとソルに早口に言った。
「ジン、先に行って、ヤマジのババサに、どうすればいいか、聞いてきて くれ。オレも行って、明かりや何かいる物をもってくる。ソルはここにいてくれ」
ソルはすでに座りこんで、ララの背中をゆっくりとさすり始めていた。
ババサは人間の子が生まれる時と同じだと思ったのか、指図してくれた。 生まれた子トンの濡れた体をふいてやれ。この寒さにやられてしまうから、小屋を温めてやれ。母も子も温めてやれ、と・・。
騒がしさに気づいた、2のカリヤの妻が、ソルのためにと、温かい服や、 小トンを拭く布などを集めて、ツナギにわたしてくれた。シオヤの親父が、わしが行ってみよう。大勢で囲んでは産みにくかろう、と言って、わら布団を何枚かかついで、ツナギについて来た。
ゲンも加わってきたので、ツナギは大きめのカメで火を燃やす用意を頼んだ。ツナギは奥の物置部屋から、ワラで編んだ、古い大きなかごを担ぎ出してきた。赤ん坊の寝床に使ったのだと聞いたことがある。
大急ぎで、小屋へ戻ってみると、出産はすでに始まっていた。ツナギの持ったたいまつの下に、生まれた子が2匹みえた。ツナギはすぐに、拭くようにソルに数枚重ねた布を渡した。ソルは受け取ると、1匹をやさしく布にくるんで、そっとふいた。
ゲンはカメの中で火を燃し始めている。シオヤの親父は、ララの背中にわら布団をあてがってやり、残りの布団でまわりを囲むようにしてやった。
ツナギは大きなワラかごの中に、干し草と布をしいて、ソルがふき終えた子トンを寝かせた。ソルはつぎつぎと拭いては、ツナギに渡した。
ジンはウロウロするイノシシのモモを、しっかりと抱き寄せて、ララに 静かな声で歌ってやっている。
10匹生み終えるまでに、ワラかごの中の子トンたちは、順によろよろと 立ち上がり、目は見えないのに口を持ち上げ、何かを探るように頭をふり回している。
「おっぱいが飲みたいんだ」
ツナギは気づいて、1匹ずつ、そっとララのそばに戻してやった。11匹で生み終えたらしく、ララはふうっと鼻を鳴らし、腰を落として寝そべった。子トンたちが、ララの腹に群がって、乳首を探していたが、乳首にありついたのから、飲み始めている。1匹だけ、ウロウロしているのがいたが、それもやっと飲めるようになった。
ツナギたちは顔見あわせて、ふうっと吐息をつきあい、笑顔になった。
小屋の中が少しずつ暖まってくると、小屋を巡らしていた雪囲いが、溶け 始めていた。
夜が明けて、眠っていた皆が、子トン11匹の誕生を知った時の、騒ぎと きたら!
朝飯も忘れて、坂道を我先にと、駆け下りて行った。じっちゃとババサは、起き直ったが、洞に残って嬉しそうに、待っていた春が来たか、と語り合っていた。
小屋に駆けつけたカリヤやシオヤの息子たちを初め、ヤマジ、ウオヤ、ナメシヤたちも雪囲いが溶けて、現れてきた柵に顔を押しつけて、中をのぞいている。ワラかごの中に、乳を飲み終えて眠くなってきた子トンたちを、ソルが1匹ずつゆりかごの中に、並べて寝かせ終えていた。
「あんなにくっつきあってるのは、寒いからじゃないのか。生まれたては 裸だからな」
シオヤの親父が言い出し、ツナギとゲンと2人で、もうひとつカメと薪を 運ぶことにした。
ソルはジンといっしょに、ぐったりと寝そべっているララのまわりを、きれいに掃除している。それから、ララとモモのえさの用意もした。