仲間 第5話 この男の女
あたしは警官が居なくなってからも暫く太一を待ち続けた。何だか体調が悪くなってきた。雨に濡れて冷えたせいなのか風邪のせいなのかは分からないけれど。
それにしても彼はどこに行ったのだろう? 寒気がする。あたしは段々待つのが限界に近づいてきた。クシュンとくしゃみをした。掌で額を触ってみた。熱いような気がする。熱があるのかな。身を縮ませて耐えている。すると青い車が駐車場に入って来た。運転席を見ると太一だ。不意に怒りが込み上げてきた。こんなにあたしを待たせて。でも、何だか彼の様子がおかしい。なかなか降りてこない。どうしたのだろう。立ち上がり様子を見に行ってみると、顔から血を流してぐったりしている太一がいた。あたしはドアを開けて、
「太一! どうしたの!? 顔から血が出てるよ! 喧嘩でもしたの!?」
声を掛けると、
「大丈夫だ……。ガキ3人をぶちのめしてきた」
彼はかすれた声で言いながら拳を上げた。
「早く家に入ろ! 傷の手当しないと」
あたしがそう言うと太一は、
「はは、ずいぶんと優しいじゃないか」
力なくそう言った。そして、体を起こそうとした時、
「痛って!!」
悲鳴にも似たような声を彼は上げた。
「え……! どこが痛いの?」
あたしは普段見ることのない太一の弱った様子におどおどしていた。
「……あばら、バットで殴られた……。多分、折れてる。でも、俺はこの怒りの鉄拳で最後の一発を決めてやった」
「何でこんなことに……。病院に行かないと」
「病院は行かねー」
「でも……こんなに怪我してるのに……」
あたしは泣きそうになった。あたしの悲痛な面持ちを見てか太一は、
「大丈夫だ、死にはせんよ」
微笑んでいた。それは優しさに溢れた笑み。
「よし、降りるか。イタタタ……」
何とか太一は自宅に入り、
「ビール取ってくれ、2本な」
平気な振りをしている。反抗はせずに彼の言う通りにした。
「サンキュ」
早速プシュッと音を立てながら口を開けた。飲みながら、
「唇もいてーな、全くあのやろら」
あたしは、
「誰と喧嘩してきたの?」
訊いた。
「高校生3人だ」
「よく帰って来れたね」
あたしは感心しながら言った。
「やっつけて来たわ、ガタイのいい奴が一人いてそいつに苦戦したけど勝ったよ」
「凄いね!」
「俺が負ける訳ないだろう、高校生ごときに」
あたしは思わず笑みを漏らした。強い男は好き。何に対しても。そういう男を選んだあたしは間違っていないと思う。太一が好き。本当は口に出して言いたかったけれど恥ずかしい。なので胸に秘めたまま。彼もあたしに自分の気持ちを言わない。何故かな。
「あばら、痛くないの?」
心配になって言うと、
「痛くないと言ったら嘘になる。でも、病院に行ったって 結局は骨がくっつくのを待つだけだろ。それなら家にいて少し仕事休むかもしれないけど安静にしていた方がいい」
確かにと思ったので何も言わなかった。
クシュンクシュンとあたしはくしゃみをした。
「雨の中、外で俺を待ってたから風邪でもひいたか?」
「大丈夫だよ、鼻がムズムズしただけ」
彼はそれ以上何も言わず、あばらが痛いからなのか布団に入ってしまった。まあ、今日は日曜日だし、ゆっくりしよう。
それから数時間後、あたしは体がほてって熱でもあるんじゃないかと思った。でも、太一の家には体温計はない。どうしよう。妊娠検査薬のお金で体温計を買おうか。そう思い、ドラッグストアに行くことにした。熱さえ計れればいいから一番安い安いものでいい。まだ雨が降っていたので100円ショップで太一が買った傘を借りて彼の家をあとにした。
道中、雨が酷くなり土砂降りになった。風も強くなってきて、傘が壊れてしまった。あたしはまた雨に打たれて濡れてしまった。何だかフラフラする。片道15分の道のりを歩き、何とか店に着いた。具合いが悪い……。早く帰って休もう。
体調が悪い中、何とか太一の家に辿り着きすぐに熱を計った。39.3℃。やばい! こんなに熱が高いなんて……。薬も買ってくればよかった。失敗、こんなに高熱があるとは思わなかったから。あたしは着替えてTシャツとスウェットのズボンを履いた。それからいつものように太一と一緒の布団に入った。
あたしは太一にいつもここで抱かれている。愛の巣というやつかな。恥ずかしい。布団の脇の方に避妊具が置いてある。それを布団の中に隠した。気恥ずかしい。例え他に誰もいなくても。それに、それを見ているとムラムラしてくるし。すると、太一が欲しくなる。まあ、それはそれでいいけれど。彼には気が済むまであたしを堪能してもらいたいから。身も心も敏感なあたし。こういうことを考えるだけで濡れてくる。でも、そういう気質だから仕方がない。
あたしは無職だからいいけれど、太一は明日は仕事だ。あばら折れているのに明日の仕事はどうするのだろう? さすがの太一でもあばらが折れていたら仕事にならないと思う。本音は心配だから病院に行って欲しいけれど言い出したら聞かない人だから……。あたしはあたしで高熱出してしまったし、2人して絶不調。
数時間後、あたしは目覚めた。太一は横で寝ている。体、大丈夫だろうか。心配。スマホを見ると21時を過ぎていた。そういえば夕ご飯を食べていない。食べる気はしないけれど。太一は朝まで寝てそう。それにしてもあばらが折れているのに痛くないのかな、よく寝ていられる。見上げた根性。これだけ強い男だからハードな仕事も耐えられるのだろう。それに3人もの相手に喧嘩に勝てるわけだ。たまに無茶苦茶なことをいう男だけれど、この男の女で良かった。よく働くし、セックスは上手いし、何かあればあたしを守ってくれる。時には優しく、時には厳しい。年はあたしより1つしか上じゃないけれど彼はあたしよりしっかりしていると思う。特にお金のことに関してはうるさい。
「貸したりもらったりしたら駄目だ!」
と言う。そういうところは親の躾だと言っている。チンピラらしくない。そう言うと、
「俺はチンピラじゃない!」
と言い張る。
「いやいや、チンピラでしょ」
突っ込むと、
「いや、違う! 真面目な好青年だ」
どの面下げてそんなことを言ってる訳? と思うけれど言えない。そんなことを言ったら殺される。
殺される、というのは冗談だけど、いい気はしないだろう。いくらあたしが言ったことでも。
とりあえず太一の体調が戻るまで、彼とのセックスはお預け。他の男でもいいけれど、もし、太一にバレたらそれこそ殺される。気性の激しい人だから。でも、セックスしたい。太一にバレないように出来ないかな。例えば相手が榊原龍太郎さんとか。前にも彼とは肉体関係にあった。でも、あっさりバレてしまった。自覚しているけれど、あたしは尻軽で淫乱女。男が居ないと生きていけない。こんなんじゃ、幸せな結婚は望めない。周りは、
「お前は結婚は無理だ」
と言うけれど、あたしだって結婚はいずれしてみたい。子どもはいらないけれど。子どもはうるさいから嫌い。あたしは今、19だから30までには誰かと結婚したいと考えている。相手は誰だろう。太一かな、多分、違うだろうなぁ。分からないけれど。でも、彼は短気だけれど優しい一面もある。そこが堪らなくいい! そそられる。太一はあたしのことどう思ってくれてるのかな。好きでいてくれてるのかな。そんなことを考えながら再び目をつぶった。
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