本_猫_

死と出会い 9話 歯がゆい思い

帰りの教室の掃除が終わり、秀一は私に行くかと、声をかけてきた。約束だから行くと思うと億劫になってきた。彼は私の気持ちには気付かないまま。

秀一に対して呆れを感じた私は、彼の何かあったのか、という問いには答えず、帰りの時間まで別の友人とばかり薄っぺらい内容の話ばかりしていた。時々、秀一の方を見ると一人でつまらなそうにしていた。授業の時間が一緒の時もちらりと彼を見たけど、机に突っ伏して寝ていた。教師も呆れているのか起こそうともしない。

#死と出会い #小説 #歯がゆい #遠くの存在  


 そして、帰りの時間になり掃除を始めた。なぜか秀一は掃除だけは率先しておこなった。彼と一緒に教室の掃除をしてなんだか嬉しかった。呆れた気持ちを忘れたわけではないけれど。

 私は秀一に帰り際、声をかけた。
「帰りに絵里と会うこと忘れてないよね」
「もちろん覚えてるよ!」
彼は帰る時間になり元気になった。そういう単純なところはわかりやすいし気に入っている。私は、
「秀一は帰るころになると元気になるよね、そんなに家に帰るの嬉しい?」
と、言うと彼は、
「そりゃ、自由の身になれるからな! それに、今日は絵里ちゃんと会えるし」
彼女のことを言っている秀一を前にして、なんだか私は彼が遠くの存在になってしまうんじゃないかと不安になった。

 教室の掃除も終わり、秀一は私に声をかけてくれた。
「よーし! 愛理、行くか!」
この後に及んで私は、彼のやる気に気圧され少し絵里と会うのが億劫になってきた。
「う、うん」
秀一に私の気持ちを察して欲しい……。でも……でも、彼は鈍感だから言わなきゃわかってもらえないかあ……。約束は約束だからとりあえず絵里のところに行って紹介しなきゃ。私はそう思いなおし、
「じゃあ、私に付いて来てね」
「ほーい」
秀一は気楽な様子で、緊張している様子は見えない。

 彼を引き連れて、絵里のいる中学校に向かった。
歩きながら、秀一は私を追い越す勢いで、
「絵里ちゃんってどんな子?」
と、満面の笑みで言って来た。私は今の自分の意に反してイラっとした。今、私は秀一と一緒に歩けて、デートではないにしろ楽しい気分だった。でも、彼の質問で気分は台無しになった。せっかくの楽しい時間が……。絵里のところに行くのは承知している。でも、その間だけでも二人っきりで話すのがこんなに楽しいなんて……。私の気持ちに気付くこともなく秀一は、
「愛理? どうした? 考えごとしてるの?」
「はあ?」
私は思わずおかしな声で返事をした。
「いや、上の空だからさ」
「……」
私はここまできたら思い悩むわけにはいかないと思い、開き直った。
「絵里はとってもかわいいし、性格もいい子だよ」
「へー! そうなんだ。ますます会ってみたくなった」
私は悟られないように心の中でため息をついた。

「もう着くよ」
と、私は中学校に向かって指さした。
「なんだ、俺らが卒業した学校なんだな」
私はうなづいた。そして、正門から入り、
「ここで待とう」
「わかった」
彼の表情を見ると、笑顔だった。その笑顔が私へのものではないということはわかっているので、とても歯がゆかった。


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