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【短編小説】仕事と恋

#一次創作 #短編小説 #仕事と恋

 今日は僕の誕生日。十二月十二日。僕には好きな女性がいる。僕の名前は
大嶋太一おおしまたいち、二十二歳。ニート。大学を卒業してからは働く気もなく、実家にいて食べては寝て、食べては寝ての繰り返し。そのせいで三ヶ月で五キロ太った。
好きな女性というのは大学で知り合った一つ年上の二十三歳。名前は
遠富真知子とおとみまちこという。彼女は大学を卒業した後、地方の銀行に就職した。でも、連絡先は知っているので、たまにメールを送っては交流を図っている。真知子さん
は、僕が好意を寄せていることには気付いてないだろう。
 今日は天気も悪いので、昼寝をしていた。午後三時頃、二階の部屋にいる僕を母が呼んだ。
「太一―! 寝てるのー? ちょっと来なさーい」
 何だよ人が気持ち良く寝ているのに! 僕はイラッとした。
「何―?」
 僕は叫んだ。
「いいから来なさーい」
 何だってんだ。ぶつぶつ言いながら僕は茶の間に向かって階段を下りた。
「見て御覧なさい」
 僕は驚いた。
「これは……、ケーキ? んーと、じいちゃんとばあちゃんからだ。送り状に名前が書いて
ある。しかもワンホール!」
「誕生日カードも付いてるよ。読んでご覧」
 母さんは優しい眼差しで僕を見ていた。僕はそのカードを読んだ。
 感動した。嬉しい。文面はというと、
『太一、お誕生日おめでとう! 太一にとって良い一年になるといいね! 頑張りなさい』
 と、書いてあった。しかも達筆な手書き。
じいちゃんとばあちゃんは、子どもを相手に習字教室を開いている。だからどちらも字が上手い。二人はこの町には住んでいない。地方の田舎町にひっそりと暮らしている。
 僕が一緒に暮らしているのは、お父さんとお母さんと妹と僕の四人暮らし。父さんはサラリーマンで営業をしている。妹の名前は、大嶋香奈おおしまかな、二十歳。大学二年生。
「お兄ちゃん、良かったじゃん!」
 妹の香奈は言った。妹は優しい子で、誕生日の事も自分の事のように喜んでくれた。
「お兄ちゃん、私からも!」
 香奈は本だろうか、文庫本サイズにラッピングしてあり、リボンがついている。
「開けていい?」
 妹は頷いた。ラッピングはびりびり破かず、綺麗に開封した。
「お兄ちゃん、破ってもいいのに」
 言いながら笑っている。
「いや、折角のラッピングだからさ。勿体ないと思ってね」
 尚も笑い続けている。
 開封してみると僕が前から欲しかった小説だ。
「ああ! 僕が欲しかった本だ! 香奈ありがとう! 嬉しいよ」
 妹は笑みを浮かべながら、
「良かった」
 と言っていた。
 両親も温かい目で見てくれていてこう言った。
「お母さんからも」
「マジで?」
「大マジよ。お母さんはこれよ。開けてみて」
 白い封筒だ、開封してみると、図書券だった。五千円分。
「五千円分も! 母さん、ありがとう!」
「沢山、読書してね!」
「うん! まずは、香奈に貰った小説を読むよ」
 僕は二階の自分の部屋に戻り、読書を始めた。
 二十ページくらい読んだが面白い。ホラー小説だ。
 お母さんがまた二階にいる僕に向かって叫んだ。
「夕ご飯食べたらケーキいただくよ。太一、おじいちゃんとおばあちゃんにお礼の電話しなさい」
「うん、遅くならない内に今電話しようかな」
「そうね」
 僕は自分の部屋でスマートフォンで電話をかけた。
「もしもし、ばあちゃん」
『おお、太一。久しぶりだね』
 ばあちゃんの掠れた声。
「うん。誕生日のケーキありがとう。それと誕生日カードも嬉しかった」
『そうかいそうかい。おじいちゃんにもかわるよ』
「うん!」
『もしもし、太一か』
 じいちゃんの低い声。
「じいちゃん、久しぶり! ケーキと誕生日カードありがとう」
『久しぶりだな。いつ以来だ?』
「うーん、ゴールデンウィーク以来かな」
『そうだな、ケーキはもう食ったのか?』
「これからだよ。美味しそうだわ。四人で食べるよ」
 そう言うとじいちゃんは嬉しそうにこう言った。
「ワンホール全部一人で食べるなよ」
 そう言われて僕は思わず吹き出してしまった。
「そんなに一人で食べられるわけないじゃん」
「だよな」
 じいちゃんは納得した様子だった。続けてじいちゃんは話した。
「お盆、来れるんだろ? 待ってるからな」
「わかった」
 今は十二月だから約八ヶ月先の話しだ。もうすぐ。二人には早く会いたい。母方の祖父母だ。でも、父方のじいちゃん、ばあちゃんにも会いたい。
「香奈はいないのか?」
 じいちゃんの声は低いけれど明るい。僕達、孫と話しているからかな。
「いるよ。代わるね」
 僕は妹を呼んで電話を代わった。
「もしもーし」
『おお、香奈か。元気にしてたか?』
「元気だよー。じいちゃんは?」
『わしも元気だ。ん? ああ、ばあちゃんが代わりたいそうだから代わるな』
『もしもし、香奈かい?』
「ばあちゃん! 久しぶり! 元気してた? 私は元気だよ」
『馬力がいいなぁ、香奈は。若いっていいね』
 それを聞いて妹は笑っている。
「ばあちゃんだってまだ若いんじゃないの? いくつ?」
『わしかい、わしは七十三だよ。若いかい?』
「うん! 若い。長生きしてね」
『ありがとう』
「ちなみに、じいちゃんはいくつ?」
『じいさんは……いくつだったかな。忘れたわ。じいさん、いくつ?』
 ばあちゃんはじいちゃんに訊いたようだ。声が聞こえる。
「忘れたよ、そんなの」
 電話越しにそう聞えてきた。香奈は笑っている。どうしたんだろう。
『忘れたってさ』
 ばあちゃんも笑いながらそう言った。
『ああ、そうなんだ。全く、じいさん自分の年を忘れちゃうんだからボケちゃったのかねぇ』
「大丈夫っしょ」
 私は励ますように言って、ばあちゃんはこう言った。 
『香奈は相変わらず優しいねぇ』
「そんなことないよ~、じいちゃんやばあちゃんの方が優しいしょ」
 ばあちゃんの笑い声が受話器から漏れて聞こえてくる。相変わらず明るい。
『四時過ぎたね、そろそろ夕ご飯作ろうかねぇ。また電話ちょうだいね』
「うん、じいちゃんもだけどばあちゃんも体に気を付けてね」
『ありがとさん』
 そう言って電話を切った。
「電話切ったの?」
「うん、話したかった?」
「まあね、でもまた今度電話するからいいよ」
「ごめんね、お兄ちゃん」
「いやいや、大丈夫だよ」
 妹の香奈は、結構気にするタイプだと思う。友達と喧嘩をして言われたことや、お母さんに怒られたことをウジウジといつまでも引きずっている。でも、その割には性格は明るいと思う。よく笑うし。反面よく泣くし。感情豊かな子だと思う。僕はそこまで豊かじゃないから人間らしくて羨ましい。
 もしかしてお母さんも電話に出たかったのかな。もしそうだとしたら、香奈に注意しないと。自分本位だぞ、とね。僕は居間に行ってお母さんに訊いてみた。
「お母さん、電話切っちゃったけどもしかして、じいちゃんやばあちゃんと喋りたかった?」
「ん。まあ、たまには喋りたいけどね、親だから。でも、じいちゃんもばあちゃんも、わたしより孫と話したいみたいだし。いいのいいの。気にしなくても大丈夫だから。ありがとね」
「うん」
 お母さん、本当に大丈夫だと思っているのかな。分からないけれど。逆に言うと、分からないから訊いたんだけど。僕はお母さんに提案してみた。
「お母さん、じいちゃん家行こう? 四人で」
「そうね、でも、今日は無理よ。今度ね」
 妹は、
「えー。今から行こうよ。夜中に帰ってくればいいじゃん!」と言う。
「夜は運転しないよ。視界が悪いから。それに、じいちゃんばあちゃん家行くのにどれくらい時間かかると思ってるの!」
「うーん、二時間弱?」
 香奈は平然とした顔で言っている。
 お母さんは怒ったような口調で言った。
「そう! 分かってるじゃない。往復で四時間よ。大して居れないじゃない」
「二時間くらいは居れるよ」
「四時間かけて往復して、二時間しか居れないじゃない。今度ゆっくり行こうね」
 お母さんは妹を諭すように言った。
「何だ、お母さんのケチ」
 子どもが言うような口調だからなのかお母さんは笑っている。
 僕も会話に参加した。
「前もって予定を立てるといいかもね」
 お母さんの表情はパッと花が咲いたように明るい笑顔になった。
「そうだね! そうしよう。それと、おじいちゃん達の予定も訊かないとね。向こうは多分暇だとは思うけど一応ね」
「じゃあ、今週の日曜日はどうかな?」
 僕とお母さんは香奈の意見に賛同した。
「じゃあ、じいちゃん家にもう一回電話しないとね、お母さんが電話するから」
 お母さんは自分のスマートフォンで電話をかけた。
 僕と妹はお母さんを見ていた。やや暫く呼び出し音が鳴り、
『もしもし』
 繋がった。
「お母さん、わたし」
『ああ、佳津子。さっきは話さなかったね。どうしたの?』
「いやあ、子ども達が喋っていたからね。ところで今週の日曜日は二人とも暇?」
『うん、特に何もないよ』
「子ども達がそっちに行きたがってさ」
『うん! おいでおいで。じいさんも喜ぶよ』
「じゃあ、日曜日行くね」
『ああ、待ってるよ。楽しみにしてるからね!』
 どれだけ孫が可愛いのか。子どもはいるけれど、孫はいないからその気持ちはわからない。
 まあ、無理もないと思う。
 僕はじいちゃんとばあちゃんの家に行くとき何をお土産にすればいいか考えた。食べ物や飲み物がいいかなあ、うん、それが無難だろう。お茶、お菓子などかな。
 今は金曜日の夜。明日、お母さんにお金貰って買いに行くかな。ていうか、就職しないと、これじゃあ、好きな女性はいるけど何も買ってやれないし、ご飯すら一緒に食べに行けない。
 僕の好きなタイプは可愛くて優しい女性。遠富真知子さんはまさにそれに当てはまる。彼女は今、何をしているかな。銀行勤務は続いているかな。連絡先は大学生の頃交換したから知っている。真知子さんがもし、僕が無職だって知ったらどう思うだろうか。呆れてしまうかな。でも、僕は一時、就職活動をした。でも、数社面接を受けて全て不採用。なぜ?
選ぶ会社のレベルが高すぎ? 僕には無理と判断されている? こうなったらバイトでもいいから職に就かないと。とにかくお金がない。大学卒業したからと言っていい会社に入社するまで仕事をしないのはまずい。バイトをしながら就職活動をしよう。来週の月曜日からハローワークに行く事にする。さすがにバイトなら採用されるだろう、と高をくくるのが良くないのか? なめているというか。そういうつもりはないと思うけれど、結局そうなっているのか。母は別にしつこく働けと言う訳でもない。でも、働かないでひもじい思いをするのは自分だ。行動あるのみ。仕事が決まったら真知子さんにメールしよう。
 妹の香奈はどんな仕事に就こうと考えているのだろう。ちょうど居間に一緒にいるので訊いてみた。
「私は漫画家になりたいの。お兄ちゃん、知らなかったでしょ」
 初耳だし、そういう活動をしているのすら知らなかった。
「うん。夜中に描いているの?」
「そう。昼間描く時は図書館に行って描いてるよ」
 僕は感心した。
「へー。そうだったのか。応募してるの?」
「うん、してる」
「で、結果は?」
 香奈の表情が曇った。
「そんな簡単に賞とれる訳ないじゃん!」
「だよなぁ、難しいよね」
 香奈は黙っている。
「漫画家は小説家と違って、若い内じゃないと入賞出来ないって本当か?」
 驚いた表情を浮かべてこう言った。
「お兄ちゃん、よく知ってるね!」
「うん、大学時代に漫画家を目指してる奴が言ってた」
「そうなんだ、だから少し焦ってる」
「香奈はまだ焦る年じゃないだろ」
 妹は苦笑いを浮かべて言った。
「そんな呑気な事言ってるとあっという間に年とっちゃうんだから」
 僕は、んー、と唸った、そして、
「そういうもんかな」と言いながら納得した。
「そんな、渋々納得しないでよ。それが現実なの」
「なるほどねぇ。厳しい世界だ」
「そうなのよ。お兄ちゃんはいつまで無職でいるの?」そう言われて言葉が胸に突き刺さった。「とりあえずバイトするよ。就職活動しながらね」そう言うと、
「なるほどねぇ」と妹は言った。
「どこか正社員で雇ってくれるところを探すよ。焦らずにね」
「そうね。焦っても良い事無いもんね」僕は何度も頷いた。
 小声で、
「漫画家の事はお母さんには言わないでね。反対されるから」
 僕は首を傾げた。不思議だから。
「反対するかなぁ?」
「するよ! 絶対。いつも現実的な話しばかりでつまんない」
 僕は一言、「まあ、確かに」と言った。
「でしょ! ホントに。腹立つ!」
 妹がこんなに感情剥き出しにするのは珍しい。相当フラストレーション溜まっているのかな。お父さんはお母さんに言う。「若い者の夢を壊すような事を言わない方がいいぞ」と。それでもお母さんは変わらない。お父さんの話を聞いてないのかな。それとも、聞いていても気にしてないのか。でも、それってお父さんを舐めていると思う。言わないけれど。言うと怒られる。
 遠富真知子さんは何をしているかな。変わりないかな。元気にしているといいけれど。僕の初恋の相手。十八歳の頃、初めて『恋』というものを知った。それまでも別に異性と関わりがないわけではなかった。ただ、『恋』というものを知らなかったというか、そういう気持ちに至らなかった。どういう心境の変化で恋という気持ちに至ったのかは分からない。ただ、会いたい、話したい、触れたいという気持ちなどが膨れ上がってきたのだ。それが恋というのだと僕は思う。これが恋じゃなければ何というのか。
 恋をテーマにした歌や詩、短歌、俳句、小説などは世の中にたくさんある。僕は恋愛小説は書いたことはないけれど、読むのは好き。
 もともと僕は人といるより、ひとりでいるのが好きなタイプ。だから、友だちも多くはない。べつに友だちが多いことがいいこととは思っていないし。ただ、真知子さんには会いたい。会わないでいる理由はひとつ。僕が無職だから。はやく職について誘いたい。月曜日が待ち遠しい。どこかいい職場があればいいのだけれど。まあ、焦らず。
 お母さんが喋った。
「夕ご飯食べたらケーキいただこうか」
「僕のケーキだよ! いつ食べるかは僕が決める」
 今度は妹の香奈が話し出した。
「あ、お兄ちゃん、偉そう」
「いやいや、そういうつもりはないけれどさ」
 僕は焦って否定した。
「まあ、いいけどさ。たしかにお兄ちゃんのケーキだから」
「さっ、ご飯つくろうかな」
 僕は訊いた。
「今夜のメニューはなに?」
「しゃべっているうちに時間遅くなったから準備しておいた天ぷら揚げるわ」
「お! 天ぷら! 旨そう」
 僕はめずらしくおおきな声を上げた。香奈も声をあげた。
「お母さんの料理はなんでもおいしいよ!」
「あら、ありがとう。うれしいこと言ってくれるじゃない」
 お母さんはうれしそうに夕食の準備をはじめた。
 約一時間後。お母さんが僕と妹のいる部屋に来て叫んだ。
「太一―! 香奈―! ごはんよー!」
 お腹が空いていたのですぐに立ち上がりキッチンに向かった。あとから香奈もついてきた。そのとき、家のチャイムが鳴った。お母さんが言った。
「お父さんが帰ってきたかも。この時間帯でチャイムを鳴らすのはお父さんしかいない」
 お母さんは手を洗いエプロンで手を拭き玄関に急いで行った。
「はーい!」と玄関の前で叫んだ。
「俺だ」
 それを聞いてお母さんは鍵を開けた。
「おかえりなさい」
「おう、ただいま」
「いま天ぷら揚げてたところ。お風呂まだわかしてないのよ。つい話し込んじゃって」
「え? 話し込んでた?」
 お父さんは今日が僕の誕生日だということを忘れているかもしれない。ちなみに僕の家はお父さん、お母さん、香奈、僕の四人家族。
「今日、太一の誕生日だからっておじいちゃんとおばあちゃんからケーキ送ってきてくれたのよ。それで、電話してお礼言ったりしてね」
「ああー! 今日、太一の誕生日かー。すっかり頭から抜けてた」
 すかさず僕は言った。
「やっぱりなぁ」
「悪いわるい。俺の小遣いでフライドチキン買って来てくれ。俺は疲れた」
 そう言いながら僕に五千円くれた。本当は買って来て欲しかった。お父さんに。でも、疲れているなら仕方ない。香奈と二人で買いにいくか。
「香奈―、フライドチキン買いにいこう。お父さんから小遣いもらったから」
「えー、面倒くさい」
「そう言うなよ。今日は僕の誕生日なんだからさ」
 妹は渋々、
「仕方ないなぁ、じゃあ行こう」
「よっしゃ!」
「僕はこのままの服装で行くよ」
「着替えてよ。彼氏と間違えられても嫌だし」
 香奈のきつい一言が炸裂した。
「そういう言い方はないだろ」
「間違えられる可能性だってあるじゃない」
「そりゃ、あるさ。だけど、それが嫌だっていうのはあまりにも酷い話しだろ。まったく、ムカつく」
 そういうと香奈は大笑いしていた。なんでそんなに笑うんだ。ひどいやつだ。そういうと妹はだまっていた。
 スーパーマーケットに着いてフライドチキンを売っているテナントに向かった。四人家族なのでひとりあたり三ピース食べられるように、十二ピース買った。見るからに美味しそうだ。僕は香奈に本が見たいから先に帰っていいよ、と言いそこで分かれた。
 僕は書籍コーナーに行き、小説を見て回った。いつも文庫本ばかり買っている。ハードカバーで買うのは稀だ。一時、電子書籍で買っていたときもあったけれど、やはり、紙の本のほうがいい。ページをめくる音や感触、紙の匂いがいい。買うときは中古ではなく、新品。 
 今月はまだ買っていないのでなにか目ぼしい本があれば買おうと思っている。
 好きな作家のなかでさがしてみた。何冊かおもしろそうな作品があった。そのうちの二冊を買うことにした。あらすじを読んでみると恋愛小説のようだ。そのあとはどこへも寄らずに帰宅した。お父さんは言った。
「ようやくかえってきたな」
「待ってたの?」
「そりゃそうだ。主役がいないことには始まらないだろ」
 僕は苦笑いを浮かべて言った。
「まあ、たしかに。お父さん、風呂入ったの?」
「シャワー浴びたわ」
「通りで早いと思ったら」
「まあ、あしたは休みだからいいんだ」
「そんなことよりも、フライドチキン食べないの」
 今度は妹が口をはさんだ。
「だから、お兄ちゃんを待ってたんだってば」
「ああ、そうか。香奈、皿四枚持ってきてくれない?」
 妹は立ち上がり、持ってきてくれた。すごく身軽な感じがした。僕は皿を一枚ずつテーブルの上に置いた。それから袋の口を開けて三ピースずつ置いていった。まだ、温かい。
 僕は言った。
「冷めないうちに食べよう! お母さんも」
 お母さんはキッチンでなにかしている。
「あいよ」
 僕はひとくちかじって食べた。
「うまい! 油もあって」
 お父さんは、「結構、脂っぽいな。うまいけど」
 妹は「うん、おいしい! この脂がおいしいのよ」
「それはおまえが若いからだ」
 お父さんは気分を害したのか表情が険しくなった。僕は、
「そんなに怒るなって。年齢は仕方ないよ」と言った。でも、お母さんは、
「あら、おいしいじゃない。年齢関係あるのかな」
「まあ、腹減ってたらなんでもうまいわな」言いながら大笑いしていた。
 僕は不意に遠富真知子さんに会いたくなってきた。この気持ちの変動はなんだろう。恋の病か。
 
 月曜日になり、僕は早朝五時頃目覚めた。何でこんなに早く起きたのだろう。ハローワークに行くから緊張しているからか。それとも何か別な理由があるのか。自分でもわからない。
もう一度寝ようと思い、瞼を閉じても一向に寝られない。仕方がないので起きてシャワーを浴びることにした。部屋に戻って来てテレビをつけて適当にチャンネルを回した。ドライヤーで髪を乾かしたまにしか吸わない煙草に火をつけた。数日ぶりに吸ったので頭がくらっとした。それに辛い。やはり僕には合わないのか、煙草は。お酒も呑んだらすぐに酔ってしまう。だから、楽しみと言ったら読書くらいしかない。彼女でもいれば寂しくないと思うけれど。好きな人はいるからまずはその子に声をかける、仕事が決まったら。
 時刻は七時になった。お母さんは既に起きていて朝食の準備をしている。僕は声を掛けた。
「今朝は何?」
「あら、起きてたの。早いじゃない。いつもならまだ寝てるのに」
 お母さんは味噌汁を作っているようだ、おたまで味噌をすくっているところを見たから。
「鮭と味噌汁とご飯よ」
「味噌汁の具は何?」
「ネギと豆腐よ。どうしたの今日は。いつもならキッチンに来ることないのに」
 お母さんは不思議そうな顔をしている。
「早くに目覚めちゃってさ。今日、ハローワークに行くから緊張してるからかな」
「そう。仕事する気になったのね」
「というか、お金ないから働かないと、と思っただけ。いつまでも親のすねをかじってるわけにもいかないだろうし」
「偉い! そこに気付いたのは大きな進歩よ!」
 父は既に起きていて仕事に行く支度をしているようだ。
「太一。偉いぞ、頑張れよ」
「うん、頑張る。正社員で働ける職場がいいんだけど、なければバイトでもいいと思ってる」
 話している内に妹の香奈が起きてきた。眠そうだ。
「朝から随分喋るね。どうしたの?」
「起こしてしまったか、悪い。僕の就職の話しをしてたんだ」
「お兄ちゃん、働くの?」
「ああ。お金ないし」
 香奈は笑っていた。
「まあ、確かにそうね。お金がないと彼女も作れないよね」
 僕は図星なので苦笑いを浮かべた。でも、現実はその通りだ。実際、彼女も欲しいし。
 お母さんは言った。
「ご飯出来たよ。香奈、運んで」
 妹は欠伸をしながら何も言わずにおかずが載っている皿を運んでいる。いつものことだから何とも思わないのだろう。面倒とも言わない。
「ハローワーク何時からだ?」
 父が訊いて来た。
「多分、九時から」
「調べてから行ったらは? もし、十時とかだったら待たなくちゃいけないよ」
 香奈が言った。僕はそうだなと思い、調べる為、二階の自分の部屋に戻った。スマートフォンで検索したら、やはり九時からだった。それを家族に伝えた。妹は、そうなんだ、と言った。朝ご飯を食べた後、歯磨きをし、再度、自分の部屋に行きパジャマから服に着替えた。
 ブルージーンズに赤いロングTシャツの上にダウンジャケットを羽織った。僕は細身で小柄な体型なのでサイズはMだ。
 八時四十五分になったので僕はお母さんの車を借りてハローワークに向かった。たまに
お母さんの車を借りて買い物や用事を済ますのに使っている。有難い。僕も働いて、車の免
許取って軽自動車でもいいから足替わりに買いたいなぁ。
 そのようなことを考えながら運転し、目的地に到着した。建物には入口が二つあり、地震
のせいなのか少し傾いている。大丈夫なのかな、危険はないのか? そう思いながら車を駐
車場に停め、降りた。中に入ると中年の男性がいて、僕の方を一瞥した。その事には大して
気にはならず、周りを見渡した。初めて来たので緊張する。まずは受付に行き、職員に話し
かけた。
「あのう、仕事を探しに来たんですが、どうしたらいいですか?」
 その職員は白髪で、年金を貰える六十五歳に近づいているように見えた。その年が定年の
はずだから。体型は肉付きが良く、がっしりとした体に見える。
「そこのパソコンに求人が載っているから探してみてね。因みにパソコンはできますか?」
「一応、出来ますよ」
「そうですか。じゃあ、操作方法は教えなくても大丈夫?」
 職員は優しそうな笑顔で喋ってくれている。感じの良い人だ。
 一軒、僕にでも出来そうな職場を見付けた。地元の作業着を売っている店。よく見ると昭和の時代から続いている老舗のようだ。ここの店主はいくつになるのだろう。気になる。職員に訊いてみた。
「そこは既に息子さんの代になっていて、確か四十代だったはず。ここがいいの?」
「ええ。応募してみたいです」
「そう。じゃあ、これにプロフィールを書いて貰える?」
 その紙は、僕の名前や年齢、住所・電話番号等を書く欄がある。若干、面倒に感じたがそうも言っていられないので、記入していった。
 その後、職員は作業着屋に電話してくれた。
 そして、面接の日取りを決めた。明日の十三時までに店舗に行く。履歴書を書かないといけない。これまた面倒。でも、どこの面接を受けるにしても履歴書は必要になるから仕方がない。ホームセンターに行って買ってこよう。それと、紹介状も貰った。
 ホームセンターに寄ってから、帰宅した。そして、履歴書を書いた。
 翌日の十二時五十分ころに作業着屋に到着した。面接を受け、結果は後日分かるそうだ。店主が言うには採用なら電話をするし、不採用なら郵便でお知らせするらしい。
 そして翌日、作業着屋から電話がきた。採用らしい! 僕はとても嬉しかった。大学入試での合格より嬉しかった。仕事の開始は明後日から。頑張ろう!
 仕事も決まったので、遠富真知子さんをデートに誘うことにした。まずは、メールを送る。
〈こんにちは! 真知子さん。久しぶりですね。元気ですか? もし、良かったら今度遊びませんか?〉
 メールは夜になり、きた。着信音が鳴り見てみると真知子さんからだった。本文は、
〈こんばんは。久しぶりだね! 元気だよ。いいよ、遊ぼう!〉
〈いつなら都合がいいですか?〉
 僕が訊くと、
〈そうねえ、今週の土曜日の夜なら空いてるよ〉
 彼女はそう答えた。
〈じゃあ、土曜日の夜にしますか〉
 
 憧れの遠富真知子さんとの初デート。今から緊張してきたけれど、楽しく過ごせたらいい
な。土曜日が楽しみ。何度か遊んで交際出来たらいいな。頑張ろう!。

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