僕らの宝 第二章 一話 これからの生活。楽しく、明るい家庭
妻の怜と娘の心愛は無事退院した。でも、心愛は乾燥のせいか背中がサメ肌みたいにガサガサになっている。可哀相で可哀相で仕方がないので皮膚科に連れて行くことにした。心愛は痛いからなのかずっと泣きっぱなし。心愛の背中の肌の異常に気付いたのは桶にお湯を入れて僕が心愛のからだを洗っているときだ。お湯やボディシャンプーがしみるのか、すごいおおきな声で泣いている。
翌日、心愛の背中をみたけれど肌の荒れはよくなっていない。居たたまれない気持ちに駆られる。
今は午後三時頃。僕は、
「怜、心愛を病院に連れて行くの一緒に行こうよ」
と、言うと、
「勿論! それにしても痛そう……」
娘は相変わらず号泣している。
「よし、皮膚科に行くよ?」
妻は頷いた。泣き止むことのない心愛を怜は抱っこし、玄関を出た。
僕は運転席に座り、怜は抱っこしたまま乗った。怜は、言葉少なめでいる。何故だろう。僕はルームミラーで後ろの二人を窺った。
「よし、出発だ」
怜は、
「安全運転でね。心愛がいるから」
言った。
「了解!」
と、僕は答えた。
十分位車を走らせ、この町に一軒しかない皮膚科に着いた。駐車場は結構混んでいる。
「これは大分待つかもなぁ」
僕は呟いた。
怜は、
「小児科に行こう?」
と、依然と泣き止まない心愛を見詰めながら言った。妻は今にも泣きそうだ。それもそうだろう、娘が泣き止まないのだから、不安になるのもわかる。でも、この町には小児科がない。片道一時間くらい走った隣町じゃないと無いのだ。
「僕、そこの小児科に電話して混んでるか訊いてみるよ。一時間かけて行って、混んでて更に待つようなら、この町の皮膚科でもいいからさ」
「そうね」
僕はネットで小児科の病院を探し出し電話をかけた。何度目かの呼び出し音で繋がった。
「もしもし?」
『もしもし』
「今から診てもらえますか?」
『すみません、当院は午後三時までの受付となっているんですよ』
少し間が空き、僕は、
「何とか、診てもらえませんか。泣き止まないんですよ」
また間が空き、
『お子さんはどんなふうですか?』
「背中がサメ肌みたいにガサガサに荒れているんですよ! 痛いみたいで」
『すぐ、来れますか?』
「今、行きます! 隣町なもので一時間くらいかかりますけど」
『ちょっとお待ち下さい』
五分程待っただろうか、ようやく話し始めた。
『もしもしお待たせしました。院長が診てくれますのでお待ちしていますとのことでした』
「ありがとうございます。では、今から向かいますね」
言ってから電話を切った。
泣き止まない心愛を、妻が大事そうに抱え、なるべく振動が無いように僕はゆっくり発進した。
国道を走行中、雨が降ってきた。それも、強い雨。ワイパーの速度を速めにした。視界が悪くなり、見えにくい。事故らないように気をつけないと。大切な家族を乗せているから。
――約一時間後。
目的の病院に着いた。
未だに雨は降り続いていて、傘がないので娘の心愛に僕の着ているジャンパーを濡れないようにかけた。正面玄関から入ろうと自動ドアの前に行ったが開かない。すると、後ろから怜に声を掛けられた。
「亮、看護師さん来てるよ」
僕は、後ろを振り向いた。そして、
「田島さんですか?」
白髪頭で白衣を着た女性が傘をさして立っていた。
「はい、そうです」
「この子です」
見せると、
「裏玄関から入って下さい。受付は終わっていますので」
看護師の誘導通りに僕らは歩いた。雨に濡れるが、仕方ない。心愛が優先だ。
院内に入り、看護師は待合室と診察室の電気を点けた。
「少しお待ち下さい」
と、看護師は言った。僕らは長椅子に座った。怜に話しかけた。
「心愛、代わりに抱こうか? 疲れただろ?」
怜は、
「大丈夫よ」
そこに看護師がやって来て、
「田島さん、保険証ありますか?」
妻は、
「あ、持ってます」
と、言い、バッグから保険証を出して渡した。
少しして、保険証を返してもらった。そして、
「中にどうぞ」
と、笑顔のない看護師。時間外に来たからか、不機嫌なのだろうか。まあいい。
医者がビニール手袋を履き、様子を窺いながら心愛の背中に薬を塗った。薬が染みるのか、泣き止まない。
心愛が可哀相。
診察を終え、塗り薬を三本処方してもらった。良くなるといいけれど……。
少し待ってから会計を済ませ、車に戻り、乗った。
「早く良くなるといいな」
「ホントにそう。ずっと、泣きっぱなしだから心配で……」
「だよな、僕もだよ」
心愛はずっと起きているから、自宅に帰って休ませてあげよう。きっと、疲れていると思うから。
依然として、強い雨が降っている。寒い。三人の内、誰かが風邪でも引いたら家中に蔓延する可能性がある。特に心愛は乳児だから、抵抗力が弱い。だから、風邪を引くのは避けたい。
今でも泣き止まないので、
「おむつ替え時かな」
と、怜は言った。
「あ、べっちょり。ごめんね、心愛。今、おむつ替えるからね」
「それで泣き止めばいいけど」
僕はそう言った。
だが、一向に泣き止まない。どうして?
「おっぱいが飲みたいのかな?」
そう言うと、
「そうかもね」
と、怜は言い、与えてみた。
「おっぱいが飲みたかったのかも。勢いよく飲んでる」
すると、泣き止んだ。
「やっぱり、そうか」
「良かった」
とりあえず、泣き止んでくれたので一安心。
暫くして、怜が話し出した。
「心愛、寝たみたい」
「これだけ泣いてたら疲れるわな。寝た方がいい」
心愛はO型、僕もO型、怜はB型。
子どもがいると、子ども中心の生活になると聞いたことがある。確かにそうかもしれない。そういうものなのだろう。
僕も怜も、子育ては初めてなので慎重にやっていこうと話をしてある。責任も重大だし。特に僕は。一家の大黒柱だから。収入の面でも、僕がいないと生活が成り立たない。だから、今まで以上に頑張って、家族の為に働かないと、と考えている。子どももいることだし、楽しく、明るい家庭にしたいと思う。