【短編小説】病気への理解と考え方
今は四月で季節は春。友人たちは「外の空気が涼しくて気持ちいい」と言っている。でも、僕はそう思わない。逆に具合いが悪い。何でだろう。やる気も起きないし。でも、友人の中で僕と似たような仲間がいる。そいつの名前は、前田利光、二十五歳。車のセールスマンをしている。お客さんからのクレームが多いとこの前会ったとき愚痴っていた。ストレスが溜まっているのかもしれない。
僕の名前は、氏家信彦といい、前田と高校生の頃の同級生で、気が合うのか未だに付き合いがある。僕のこの調子の悪さは母に話してみると、「こんなに涼しいのに具合いが悪いの?」とわかってもらえない。気分は沈む一方で怠いし。いったい何なのだろう。職場の人には僕に元気がないことに気付き病院に行くことを勧められた。でも、僕は病院が苦手。あの院内の臭いが我慢ならない。アルコール臭いというか、薬剤の臭いというのかわからないが。
僕は友人の前田利光にも話してみた。すると、「俺も具合い悪いぞ」と気が合う。しかも毎年だという。僕も毎年この時期は調子がイマイチ。なぜだ。もしかして病気? この僕が? 仮に病気だとしてもなんという病名だろう。
状態は徐々に悪くなっていった。前田利光はどうなんだろう? と気になったのでLINEを送った。
<僕はだんだん具合いが悪くなってきたけど、前田はどうだ?>
LINEは暫くしてからきた。何をしていたのだろう。
<俺も調子の悪さが酷くなってきた>
やはりそうか。この際だから訊いてみた。
<一緒に病院に受診に行かないか?>
<え? 氏家、病院苦手じゃなかったか?>
<そうなんだけど、ここまで具合いが悪いとそんなこと言ってられないと思って>
<なるほどな。どこの病院に行く?>
僕は考えた。内臓が悪いわけじゃないと思う。じゃあ、メンタルに異常をきたしているのかもしれない。そう思って、
<とりあえず、診療内科にいくか>
と言うと、
<俺もそこがいいと思っていたわ>
因みに前田は調子が悪いという理由で今日は仕事を休んだ。僕は実家が農家なのでその手伝いをしているので自由がきく。だから、父親に事情を説明して仕事を抜けさせてもらった。父親は、
「調子悪いんだから気を付けて行けよ」
と言うので、
「うん、わかった。母さんにも言っといて」
「ああ、わかった」
話した後で僕は車の鍵を取りに居間に行った。大事なことを忘れていた。お金がない。お金の管理は父親がしているので再度父親のところに行って一万円もらった。小さなバッグに財布とスマホを入れて車のところに向かった。着替えるのは面倒なので家にいた服装だ。因みに上下ジャージ姿。今は格好など言ってられない。僕は車庫に停めてある黒色の普通車に乗り、ゆっくりと発進した。
十五分くらい経過して、前田利光の部屋に到着した。彼はワンルームのアパートに一人暮らしをしている。彼女はいない。欲しいと聞いたことはあるけれど、まだいないようだ。その前田利光も調子が悪いと言い出した。なぜだろう? 春だからか? 理由はわからないが、僕も同様に調子が悪い。同じ時期に具合が悪いだなんて珍しい。
時刻は十一時過ぎ。予約しないといけないのだろうか。まずは、前田利光
を呼び出そう。彼に電話をかけた。「着いたぞ」という。少しして出て来た。顔色が悪く、フラフラしている。僕は車の窓を開けて「助手席に乗っていいぞ」と言った。大丈夫なのか。ドアを開けて乗った。僕は言った。
「大丈夫か? 僕より調子悪そうだけど」
少しの沈黙が訪れ彼は喋り出した。
「大丈夫じゃない……。誰もいないのに声が聞こえる……」
「え! 何だそりゃ」
「心療内科に予約しないといけないかどうかわからないからネットで検索して電話番号を見付けて、電話するわ」
前田利光は頷いただけだった。
電話番号を見付けて電話をかけた。三回くらい呼び出し音が鳴り、
『はい、前崎クリニックです』
と繋がった。
「もしもし、あの、そちらに受診したいのですが予約は必要ですか?」
電話の声が明るくて眩しく感じられた。
『いえ、必要ないですよ。どんな感じですか?』
「僕と友人が調子悪くて診てもらいたいのですが、僕は調子悪い、としか言いようがなく、友人は顔色が悪くフラフラしているんですよ。それと、誰もいないのに声が聞こえるらしくて」
『そうですか。午前は十二時までの受付です。午後は十三時半から十五時まで受付しております』
「わかりました。今から行きます」
そう言って電話は終わった。
十五分くらい走り、前崎クリニックに着いた。駐車場にはたくさんの車が駐車してあった。「人気のあるクリニックなんだな」と言っても、前田利光は「うん……」と小声で反応するだけだった。僕も調子はいいとは言えない。でも、更に具合い悪そうなのは前田利光。お互い、一体どうしたのだろう。深刻な病気でなければいいけれど。車から降り、僕は彼の様子を見ていた。相変わらずフラフラしている。何とか入り口まで行き、靴を脱ぎ、彼にはスリッパを出して置いてやった。入り口の前に立つと自動ドアが開いた。僕と前田利光はゆっくりと前に進んだ。受付の女性はこちらを見ていて、目の前まで来ると「こんにちはー」と挨拶してくれた。僕は小さめの声で「こんにちは」と言った。彼に至っては、何も言わなかった。受付の女性は「初診ですか?」と笑みを浮かべながら僕らに言った。僕はカウンターの上に財布から保険証を出して置いた。前田利光は「あ、忘れた……」と言い、更に「マイナンバーカードでもよろしいですよ?」と言った。彼は、「持ってません」と即答した。「保険証がないと十割負担になります。後ほど持っていただけたら返金しますけどね」と得意気に言った。彼は発言した。「十割っていくらなの?」と訊いた。「支払う額に個人差はありますが、例えば三割負担で五百円支払うとしたら十割負担では五千円になります」前田利光は「あ、それなら払えます。後から保険証を持って来ますから」
「わかりました。では、この紙に記入してもらえますか?」
受付の女性は僕と前田利光の二人にクリップボードに挟んだ問診票を渡した。書く内容は氏名、住所、生年月日、主な症状、現在飲んでいる薬はあるか、など。前田利光はその紙を見て書く前から溜息をついた。確かに彼の気持ちはわかる。面倒くさい。待合室の椅子に座り、仕方なく記入していった。
名前と住所、生年月日以外は適当に書いた。適当と言っても嘘を書いたわけじゃない。一番辛い症状を書いた。きっと、前田利光も同じだろう。
その時だ。僕の幼馴染からLINEがきた。本文はというと、
<こんにちは。何してたの? 今日会えたら会わない?>
邦ちゃんからだ。久しぶりだな。
<こんちは。調子悪くて病院来てた。友達も調子悪いから一緒に来てるわ>
彼女の名前は稲木邦江、二十七歳。幼少期から未だに付き合いがある。親同士も知っているし。
<あらら、どうしたの。風邪ひいた?>
<いや、そういうのじゃなく、メンタルが壊れた>
<そっちね、よくなったら遊ぼうよ。お大事に>
LINEを終えて問診票を受付に返しに行った。前田利光は既に受付に返したらしい。
一時間くらいは待っただろうか。こんなに待ったのに苛々しない。彼も苛々していないと言っている。待つということを覚悟の上だからか。心が広いとイコールになるのかな。考えたこともないからよくわからないけれど。
そこで名前を呼ばれた。「前田利光さーん。氏家信彦さーん」と。彼は俯いたまま起き上がろうとしない。なので、僕が声をかけた。「前田、呼ばれたぞ」
「ん……。そうか……。行くか」
いかにも怠そうに上体を起こし、立ち上がった。看護師がこちらを見ながら近づいてきた。
「大丈夫ですか?」
まだ、二十代の若い看護師だろう。
「あ……大丈夫です」
そう言い、彼と僕は歩き出した。
看護師は、「中待合でお待ち下さい。前田さんが次なので」
「わかりました」
言いながら長椅子に座った。
次に前田利光が呼ばれた。
三十分くらい医師と話していた。出て来て彼は怒っているように見えた。
「前田、顔付きが怒っているように見えるけどどうしたんだ?」
さっきとは打って変わって表情がキリっとしている。
「入院しろだとよ。そんな暇はない、通院にして欲しい」
と言ったら、
「強制ではなく、任意入院だけど、早く回復させるには入院が一番です」
そう言われた。
「どれくらい入院するの?」
と訊いたら、
「長くて一ヶ月くらいかな」
「ふざけてる! そんなに欠勤したらうちの会社ならクビになる。そう言ったら、それはまずいですね。通院にしましょう、と言っていたわ。あっさりだ。だから薬を処方しますけど、一週間分しか今は出せないので一週間経ったらまた来て下さいね、だとよ。まあ、中抜け扱いになるけど、それくらいならクビにならんと思う」
「それならよかったな」
次に僕が呼ばれた。「氏家信彦さん」と。僕は十五分くらいで診察を終えた。安定剤と睡眠薬が処方された。ここ最近、あまり眠れていなかったのが体調不良の原因かもしれない。それと共に、精神も安定しなくなったのかもしれない。
今日、病院に行った話を父親にしたら、
「そんなの気持ちの持ちようだ! 薬なんか飲む必要はない!」
と全く理解のない返答。父親の世代は、気合いと根性で治せと言われているようだ。でも、そんなのは無理だ。
父親と一緒にはできない。確かに父親は根性のある人だとは思うけれど。
「父さんとは違う! 今時、根性論を言っても今の若い奴らには通じないよ!」言い返した。僕は間違ったことは言っていないはずだ。時代の流れ
というのは恐ろしい。人間の思考を変えてしまうから。
「じゃあ、好きにしろ! 俺は知らん!」
全く、昭和の古い考えだから困る。それに、自分がそういう病気にかかっていないから気持ちがわからないんだ。まあ、それはそうだろう。経験したことがなく、その気持ちがわからないのは誰でも同じこと。時代は関係ない。そこだけは父親の意見を否定しない。ただ、僕としては心の病を百パーセントじゃなくても耳を傾けて聞いて欲しい、そして、少しでもいいから理解を示して欲しい。でも、頭がかたくなった人にそれができるだろうか。母も父親寄りの考え方で理解に乏しい。
医師が言うには僕の病名はうつ病らしい。重度ではないが。前田利光の病名は統合失調症らしい。彼の両親も訊いてみると理解してくれないらしい。
統合失調症は僕も経験がないから症状を聞いて「そうなんだ」としか言えない。でも、理解していないわけではない。彼は彼なりに苦しい思いをしているだろうし、それは僕も同様だ。そう考えていくと、父親や母親、世の中全ての人が何かしら苦しい思いをしているはずだ。そういうことを考えて前田利光に話してみると、「なるほど、確かにそうかもしれないな」と言っていた。だから苦しい思いをしているのは自分だけじゃない、ただ程度に寄るけど、と言うことも話した。だが、前田利光は、今は何も考えたくない、とにかく寝ていたい、そしたら考えなくて済むから、と言っていた。なるほどな、考えたくない時は僕もあるな。死にたくなることもあるし。僕は親が農家という自営だから実家にいて衣食住には困らない。たけど、前田利光は一人暮らし。転勤族だ。親とは離れて暮らしているから頼る人がいない。僕に相談をするのは構わないが、金銭面では援助できない。果たしてどうするつもりだろう。僕も前田利光もまずは休養が必要だ。彼も有給休暇はあるだろう。それを使って休むことも可能なはず。仕事を再開するのはそれからになるだろう。
了
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