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【短編小説】幸せになりたい
僕はいま、近所の公園のベンチに一人で座っている。まだ、午前九時だけど、ランニングをしている若者や犬を連れて散歩をしている老人がいる。僕は毎日ここにやって来て気分転換をしている。
いまは、三月でまだ肌寒い。枯れ葉もちらほらと散っているまま。僕の名前は竹田真一、二十八歳。持病の療養中で仕事も休職している。
ここの公園には好みの若い女性が毎日通っている。二十代前半てところだろうか。声をかけたいが勇気がでない。大学生なのか、社会人なのかもわからない。茶髪で背中まで垂らしている。明るい表情で僕の存在に気付いているのかわからないが、すくなくとも僕は彼女を見るという目的もある。
今朝の彼女の服装は赤いTシャツに黒いスラックスを履いて、ベージュで薄手のロングコートを羽織っている。とても綺麗でかわいい。両方を兼ね備えている。
僕はまだ女性と交際したことがない。初恋もこの年になって公園を歩いている女性だ。異性に興味がないわけではない。ただ、相手がいなかっただけ。
僕の職業は病院の事務員。なんで病気になったのだろう。原因不明の病気。病名は統合失調症という。僕のおもな症状は幻聴。休職して半年になる。症状が安定しているとは言えないが、そろそろ出勤しないと解雇になってしまうんじゃないかという危機感はある。上司の石山正は「ゆっくり養生してこい」と言っていたが、果たしてどれくらい休んでいいものか、見当がつかない。なので同期の畠山英二に相談した。同期とは言っても年齢は畠山さんの方が二つ上で三十歳。相談した場所は彼の仕事が終わって僕のアパートで聞いてもらった。
生憎の雨で、天気のせいかはわからないけれど、調子が悪かった。畠山さんはとても優しい人で、みんなから好かれている。今日も女子社員から、「カラオケいきませんか?」
と誘われたらしいが、用事がある、という理由で断ったらしい。その用事というのは、僕のアパートに来ることだった。若い女子社員と本当はカラオケに行きたかったんじゃないかと思って言ってみたが、
「そんなことはない」
と言っていた。果たして本当だろうか。まあ、いい。本人がそう言うならそうなんだろう。それに、女子社員とはいつでも遊べる。だから僕の方の用事が先決だ。
畠山さんは以前にも僕のアパートに遊びに来たことがあるので住んでる場所は知っている。
今は午後六時過ぎ。そろそろ来るだろう。その時、LINEが来た。相手は畠山さん。
<買い物してから行くから>
というもの。なにを買うんだろう。自分の家の食材かな。
彼は午後七時前に来た。僕の部屋のドアをノックした音が聴こえた。
「はーい!」
言いながら僕は起き上がり玄関のドアの前に行き、
「畠山さん?」
と言うと、
「ああ、俺だよ」
そう聞えたのでドアの鍵を開けた。そして、ドアを少し開けた。
「お疲れ様」
と僕が言うと、彼も、
「お疲れさま」
そう言った。
「上がっていいよ」
「ああ」
僕は歩きながら喋った。
「今回来てもらったのは、ちょっと相談したいことがあって……」
「相談?」
「うん。僕、いま自宅療養中だろ? 石山課長はゆっくり養生してこい! と言ったけれど、いつまで休んでていいんだろ? そろそろ出勤しないと解雇になるんじゃないかと思って危機感があるんだ。どう思う?」
畠山さんは難しい表情になった。そして、こう言った。
「うーん、それは石山課長本人に訊いた方がいいんじゃないか? 俺に訊かれてもわからん」
僕もそう思っていた。
「やっぱそうだよなあ……でも、訊きづらい」
目の前の彼は黙っていた。そして、
「そうなのか。でも、それは石山課長の判断だから、それに従えばいいんじゃないのか?」
「うーん、それはそうなんだけど最近また調子悪くて。よくなったと思っていたんだけどさ」
「だから、あれだよ。思ったことを言えばいいだけだよ」
そうなんだよなあ、結局。
「でも、それを言えないのが僕の気の弱いところなんだよ。わかるでしょ、僕の気持ち」
「うん、まあわかるかな。今は調子悪いなら何も言わないでゆっくり休んでた方がいいと思うぞ。ここで石山課長に連絡したら調子よくなって、来れると勘違いするかもしれない」
まあ、確かにそうかもしれない。ここは、畠山さんの言うようにしよう。
僕は言った。
「調子よくなったら言えばいいよね?」
「そうだと思う。もし、解雇とかの話しになれば石山課長の方から言ってくるだろ」
「そうだよね、なるほど、わかった。来てくれてよかった」
「そうか? それならいいけれど」
彼は嬉しそうに笑みを浮かべていた。さすがだな、と思った。
「それと、出すの遅くなったけど、これ買ってきたから飲もう」
畠山さんは、買い物袋から買って来てくれたものを出した。缶コーヒー二缶と、ビッグサイズのポテトチップス一袋をくれた。
「ありがとね」
「いや、いいんだ。食べるぞ」
言ってから彼はポテトチップスの袋を開けた。僕は缶コーヒーを開けた。どうやら微糖のようだ。畠山さんの缶コーヒーを見るとブラックだ。
「ブラックのコーヒーが好きなの?」
そう訊いてみると、
「ああ、まあな。竹田は微糖でよかったか?」
「うん、なんでも飲めるよ」
それから一時間くらい雑談して、また具合いが悪くなってきたことを伝えると、石山課長にも同じように伝えればいいんだよ、と言われてなるほどと思った。
「じゃあ、俺は帰るわ。大事にしてくれ」
「ありがとう」
そう言って帰って行った。
今回、畠山さんに来てもらってホントよかった。ためになった。
僕はいま、調子が悪いから彼の言うように休んでいよう。その時だ、スマホが鳴った。誰だろうと思って見てみると母親からだった。具合悪い時は出たくない。でも、出ないと何してたの? と問いつめられる。仕方ないから出た。
「もしもし、かあさん?」
『真一、ちょっとあんたのことが気になって電話したの。病気の方はどうなの?』
うざいなぁ……。放っておいて欲しい。
「大丈夫だよ」
僕は嘘をついた。母親は僕を実家に戻したがっているようだから。
『なんか、声が暗いよ。ほんとに大丈夫なの?』
苛々してきたので、
「大丈夫だってば!」
と怒鳴った。母親は、
『そんなに怒ることないじゃない。大丈夫ならいいけど。仕事はまだ休んでるんでしょ?』
「ああ! 休んでる! どうしたんだよ、急に電話してきて」
『心配だからよ!』
「そんなに気にしなくても大丈夫だから!」
『そう? ならいいけど。なにかあったら言うのよ』
「わかったよ! 切るからな!」
『はいはい、じゃあね』
そう言われて電話を切った。
病気の方は少しずつよくなってきていると思う。でも、本に書いてあったのは完治はしない、ということ。畜生! なんでこんな病気にかかったんだ。もっと悪人とかが病気になればいいのに。僕みたいな善人がなぜ。
でも、現実からは逃れられない。仕方のないことだ。そう思うしかない。
翌朝、僕は公園に行こうとした。だが、生憎の雨。例の若い女性はきっと公園には来ていないだろう。そんな強い雨ではないが。昼からでも天気が回復したら公園に行ってみよう。もしかしたら例の女性がいるかもしれない。
そもそもその女性はなぜあの公園に来るのだろう。散歩か、出勤か、大学生か。いつも私服だからわからない。
その時、部屋のチャイムが三回ピンポーンと鳴った。誰だろう、こんな朝から。僕はゆっくりと立ち上がり、玄関に向かった。
「はいはい」
と言いながら、廊下を歩き鍵を開けてドアを開けた。するとそこにいたのは両親だ。何しに来たんだろう。母は、
「あんたの部屋を掃除しに来たよ」
父は、
「お前のことだから掃除もろくにしてないんだろ」
と失礼なことを言った。僕は、
「そんなことないよ。一週間に一回は掃除してるよ。ていうか、来るなら来ると連絡くれよ。こっちは寝てたんだから。迷惑だよ」
そう言うと父は僕を睨み、
「迷惑とはなんだ! 迷惑とは! 日曜日だからおれの仕事も休みだしわざわざ来てやったのに」
僕はというと、
「はいはい、それは悪かったね。ありがたいよ、来てくれて」
「そうだろ。真一も早く着替えて、朝飯食って、掃除の手伝いをしろ」
父は命令口調で言った。それに対して僕はイラっとした。なので反論した。
「ここは僕の部屋だ! 命令しないでくれ!」
負けずに言い返した。すると父は言った。
「お前は強い口調で言わないと動かないだろ!」
この人は昔の僕のことをイメージして言っている。今は違う、やることは親に言われなくてもきちんとやっている。そんなことも知らずに父は言っている。そう父に言うと、
「ほんとか? 本当に掃除してるのか?」
「してる」
「そうか、じゃあ、今日はせっかく来たから掃除はしていくが、もう掃除をしに来ないからな」
「ああ、それでいいよ」
父は冷静に言っている。母は、
「真一、あんたそんな強いこと言っているけど、たまに様子見に来るから」
「それならいいよ」
母は、買い物袋を僕に渡した。
「どうせロクなもの食べてないんでしょ? ちゃんとしたもの食べなさい。買ってきたから」
どうして両親そろって僕の生活はロクなものじゃないみたいな言い方をするんだ。失礼だ! いくら親でも。僕も大人になったからか自立心が強くなってきた。まあいい、掃除してもらおう。僕も手伝うけれど。
いまの時刻は午前九時を少しまわったところ。両親は掃除を始めている。僕は着替えて、朝ご飯は母が買ってきた納豆と豆腐をおかずに食べた。ありがたいんだろう、きっと。僕は精神的に未熟なせいか親のありがたさがまだわからない。だから、両親も心配して来るのかもしれない。そこまでは理解できる。ただ、父が命令口調で言って来るのがムカつく。もっと、優しい言い方が出来ないのか、と思う。だから僕も反発したくなる。
服装は上下グレーのスウェット。僕は背が低く、太っている。チビデブというやつ。人の悪口はあまり言いたくないけれど、自分の悪口なら言える。
僕は、吹き出物が凄く気持ち悪い。彼女だってここ十年くらいいない。前歯は虫歯で殆どない。奥歯も虫歯でたまに痛くなる。だから、息が臭い、という具合に。性格も根暗であまり笑わない。こんな男に付き合ってくれる女の子なんかいるわけない。十年くらい前に付き合ってくれた女の子は高校生。僕も当時は高校三年生だった。勉強は嫌いだったので大学には行かず、就職した。職場も転々としている。まず、最初はスーパーマーケット勤務。
ここは一年くらいでつまらないから辞めた。次はコンビニに勤務した。ここは仕事が細かすぎて疲れてしまい、辞めた。ここも一年くらい。その次は、土木作業員をした。気性の荒い人達ばかりで人間関係が上手くいかず、嫌になり半年くらいで辞めた。それから、車の免許をとりトラックの運転手をした。ここではやばいことになってしまった。それは何かと言うと、時期は冬、アイスバーンで滑ってしまい対向車線にはみだし対向車と正面衝突をしてしまった。相手は軽自動車で、僕にけがはなかったが、相手は若い女性で大けがを負ってしまった。お互い保険には入っていたからそれでまかなったけれど。ただ、相手の若い女性は顔にけがを負ってしまったので、悪いことをしたと思っている。聞いた話しによると、顔を打撲してしまい、腫れているという。年輩の女性ならまだしも、若い女性だから可哀想で胸が痛む。でも、病院に行って治療してもらうしかない。それ以降、車に乗るのが怖くなり、必要な時しか乗っていない。ドライブなんてもってのほかだ。そういうのも相まってそこから仕事をしていない。北海道での仕事は車に乗ることが多いので仕事をするのが怖い。
母は元気だが僕の心配ばかりしている。いい若い者が仕事もしないで家にいるのは世間体も悪いし、決していいことではないと母は言っている。確かにそうかもしれないけれど、気持ちが行動に追いつかない。
僕には弟がいる。名前は竹田正則といい二十六歳。彼が言うには、いつまでも女の腐ったのみたいに引きずってないで、割り切った方がいい、と言う。弟は実家で同居している。
あと妹もいて、竹田正美という。二十四歳。妹も弟の正則と同じような意見で、
「保険でまかなえたんだからいいじゃない。それに相手の女性が怪我をしたのは可哀想だけれど、仕方ないわよ」と言う。なかなかシビアな意見だなと思った。正美は事故などで顔に傷がついたらショックじゃないのだろうか。妹はなかなか気が強い子だからそう言うのかもしれない。
会社にも連絡した。酷く怒られてしまった。部長は、
「あれだけ気をつけろと言ったじゃないか!」
社長が呼んでるから、社長室に行ってくれ。と言われたので行った。すると、いきなり頭ごなしに怒鳴られた。
「なにやってるんだ、お前は!!」
「すみません……。以後、気を付けます」
社長は鼻で笑った。
「何を言ってるんだ。君は解雇だよ。もう来なくていい」
そう言われてショックを受けた。酷い事故だったとはいえ、一度のミスで解雇なんだな……。厳しい。あまりにも厳しい処分なので、仕事をするのが怖くなってしまった。
このような事故を起こしたが妹の正美は、
「お兄ちゃん、何やってんの?」
キツイ一言を言われた。
「もう僕は仕事はしないよ。怖くて怖くて……」
妹は、
「はあ? なに言ってんの? 仕事しないでどうやって生活するの?」
僕はこう言った。
「少し事故で傷ついた心が癒えるまで休ませてもらう」
弟の正則も正美と同様に、
「兄貴、考えが甘いよ。そんなんじゃ、結婚どころか彼女すらできないよ」
二人に言われっぱなしでだんだん腹がたってきた。
「お前ら、僕の気持ちになって考えたことあるか!? 凄く辛いんだぞ!」
正則は、
「辛いのはわかるよ。会社もクビになったし。でも、そこで立ち止まっちゃ駄目なんだ! 我慢のし時だ!」
正美も、
「わたしもそう思う! そんなに世の中甘くない」
母がキッチンからやって来て、
「正則も正美も前にも増してシビアになったね。それはそれでいいことかもしれないけれど、真一は病気もあるしさ、少し休ませてあげようよ」
正則は母の意見に対して反論した。
「親父がいないいま、兄貴にも働いてもらわないと生活していけないだろ!」
でも、母は、
「まあ、そこはなんとかするから。だから真一にもう少しだけ優しくしよう? 可哀想じゃない。病気だってなりたくてなったわけじゃないし」
正則と正美は母にそう言われて黙り込んだ。正美は、
「まあ、病気に関してはその通りだけど。でも、今のお兄ちゃんは病気に負けてる! 前と違って弱気になった!」
母は深呼吸をし、こう言った。
「それは、いろいろあって真一も疲れちゃったんじゃないの? 違う? 真一」
さすが母親、僕のことをよくわかってる。
「まったくその通りだよ。疲れちゃった」
それから約半年が過ぎてから、調子も戻ってきて、いまの病院の事務員になったというわけだ。調子はなかなかよくならない。母は、
「調子悪そうね。ちゃんと薬飲んでるんでしょ?」
僕は痛いところを突かれた。
「飲んだり飲まなかったり」
すると母は、
「ちゃんと医者に言われた通り飲まないとだめじゃない! だから、よくならないのかもよ!」
怒られてしまった。まあ、無理もないだろう。僕がきちんと薬を飲まないのが悪いのだから。
それにしても、仕事をする、というか何かしようとする意欲が湧かない。これは薬を決められた通り飲んでないからだろうか。もし、そうなら自業自得だ。医師にも薬をちゃんと飲んでいないことを言わないと。それで、意欲がわかないのかを訊いてみよう。次の受診は明日の金曜日。鈴木医師は、いつも笑顔で優しい。だから、鈴木医師に受診する患者が多いのかな。予約制じゃないから午前九時から午後三時まで受付は行っている。
前回も患者は多く、二時間も待たされた。
午後になり、外を見ると雨はやんでいた。例の公園に行こうかな。あの子がいるといいな。まあ、いなかったら仕方ないけれど。
僕はこの病気になってから、諦めるのが早くなった。意欲が低下しているのもあるのかもしれない。服装はいまは三月で春だから少し薄着でもいいかもしれない。長袖のグレーのTシャツを着て、ブルージーンズを履いて、一応母に「出かけて来る」という旨を話すと、
「気を付けて行くのよ」
と言われ、僕は家をあとにした。
陽がさしてきたので暖かい。あちこちに水たまりがあるのをよけながら歩いた。十五分くらい歩いていつもの公園に着いた。雨が上がったばかりだからか、誰もいない。いつも座っているベンチも濡れている。これじゃあ、座れない。なので、公園内を散歩することにした。すると、ランニングしに来たであろう高校生くらいの若い男性が現れた。
「こんにちはー」
声をかけられた。なので僕も、
「こんにちは~」
挨拶した。天気がよくなってきたから徐々に公園に来る人が増えてきた。老夫婦も来て僕と同様にベンチが濡れていて座れないから散歩している。弱々しい歩き方だから大丈夫かと思い心配になる。僕もしばらく歩いていると例の女性が現れた。(来た!)つい嬉しくなる。僕は勇気を出して声をかけてみた。
「こんにちは~」
そう挨拶すると、その女性も、
「こんにちわ、いつもいますよね」
僕はそう言われて(気付いていたんだ!)と思った。嬉しい。
「はい、気分転換に来ています。持病があるもので、ストレスが溜まりやすいんですよ」
「そうなんですね。じゃあ、雨の日はここに来れないからストレス溜まっちゃいますね」
「そうなんですよ」
(よくわかるな)と思った。
「毎回見るので訊くんですけど、なんていうお名前ですか? 僕は竹田真一といいます」
「あたしですか? あたしは大崎詩織っていいます」
簡単に教えてくれた。断られるかもしれないと思ったけど。
「大崎詩織さん、いい名前ですね」
そう言うと彼女は笑みを漏らし、
「ありがとうございます」
かわいい笑顔。
「竹田さんはおいくつですか?」
「僕ですか? 僕は二十八です」
僕はあえて詩織さんの年齢は訊かなかった。相手は女性だから。
「若いですね。あたしは三十二です」
年を聞いてびっくりした。外見がめっちゃ若い。
「どんな仕事をしていますか?」
彼女は結構ぐいぐい訊いてくる。
「僕はいま、自宅療養中なので無職です」
「そうなんですね。実はあたしも無職です。持病がありまして」
「お互い大変ですね」
僕がそう言うと、詩織さんは笑い出した。とても病気があるとは思えないほど明るい。
詩織さんは更に訊いてきた。
「もし、差し支えなければどんな病気か訊いてもいいですか?」
「大丈夫ですよ。僕は統合失調症です」
「あ、あたしと同じです。あたしも統合失調症です」
「へえ、奇遇ですね。病気になってどれくらい経ちますか?」
今度は僕が質問した。
詩織さんは考えているのか、顔を上に向けている。そして、
「八年目ですね、竹田さんは?」
「僕は十年目です」
そう言うと驚いた顔をして彼女は言った。
「あたしより長い!」
「そうみたいですね」
僕は言いながら笑った。久しぶりに笑った、詩織さんのお陰。家族といてもあまり笑う機会がない。彼女は訊いた。
「どんな症状ですか?」と。
「僕は幻聴が主に聴こえます。詩織さんは?」
「……あたしは、あまり言いたくないのですが……でも、竹田さんだけに言わせるのは悪いのでいいますね」
僕は焦って言った。
「いやいや、言いたくなければ言わなくていいですよ」
「でも……」
「大丈夫です。言いたくなったら言って下さい」
彼女の顔からすっかり笑みが消えてしまった。
「竹田さん、優しいんですね」
「そうですか? 普通だと思いますよ。相手に無理強いさせるのはよくないことだと思います」
詩織さんは穏やかな顔付きになった、よかった。
「それよりも、僕たち気が合うみたいだから連絡先交換しませんか?」
「あ、いいですね。しましょう」
僕らはLINEを交換した。これで連絡がとれる。嬉しい。
それからというものの、僕は毎朝LINEで、
<おはようございます>
と送るようになった。公園で会うのも毎日のルーティンになった。
そして、たまにご飯を一緒に食べに行ったり、カラオケに行ったりするようになった。詩織さんは歌が上手い。僕よりも。
だいぶお互いのことがわかってきた。口調もため口で話すようになったし。やはり詩織さんは綺麗で、性格もいいと思う。でも、彼女は僕のことをどう思っているだろう? 僕は勇気を振り絞って公園で告白した。
「詩織さん、僕、君のことが前から好きなんだ。だから、よかったら付き合って欲しい」
すると彼女は、笑顔になり、
「こんなあたしでよければ」
と交際をしてくれるという。
「やったー! めっちゃ嬉しい」
詩織さんと交流をもつようになってから、嬉しいと思うことが増えた。幻聴も増えていい影響だ。詩織さんは、
「これからもよろしくね!」
僕は、
「こちらこそよろしくね」
と言った。
幸せになりたい。詩織さんと共に。将来は結婚をして、子どもも欲しい。
これは僕の思いだが。
了