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ウマ娘への望郷

「だから、サラブレッドはうら若き可憐な少女なんだよ」

「いーや、屈強で逞しい男なんだってば、わからないかなぁ」

店に入るとスシ屋の政と近所のトルコ「徳川」の桃ちゃんが珍しく言い合いをしていた。

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聞けば、サラブレッドは人間に例えるならどういった人間か、ということで小一時間揉めているという。

「競走馬は400キロだの500キロだのの体重を、あの華奢な細い四肢で支えてんだ。ありゃ女、それも少女のカモシカの様な足ってもんだ」

「実際のカモシカは足が短いがね」横で冷を片手に聞いていた田舎紳士が水を差す。

「昔から白馬に乗った王子様って言うじゃない。いつかきっと私を迎えに4コーナーを回って飛んでくるんだから絶対に男でしょ」

「嫌だね、白馬の王子様なんて何処にもいやしないって気付かないもんかね。ほら、競走馬の尻尾のポニーテールは女性の髪形だろ」

『ギジェット』でサーファーに恋する少女を演じたサンドラ=ディーや、昨日見かけた映画雑誌の表紙を飾っていたブリジット=バルドーのポニーテール姿が目に浮かんだ。

「男だって髪を伸ばせばポニーテールくらい結えますがね」若い頃は長髪を靡かせて新宿界隈じゃ有名だったバーテンの万田がポツリと呟いた。

アメリカのポール=ファッセルは自著『階級』の中で、総髪やポニーテールにした男性を、いわゆる芸術家やヒッピーからなる自由人である「カテゴリーX」と名付け、カウンターカルチャーの象徴であると位置づけている。

草原を駆ける従来の生物学的な「馬」は確かに自由であるかもしれないが、競馬場の定められたコースの中で生涯走り続けるサラブレッドは果たして「カテゴリーX」と呼べるのであろうか。まぁ、だからこそ自由を求めて逃走する逃げ馬に私は思いを馳せるのだが。

「あと、ほら、ウマ並って言ったら男のアレのことでしょ! 昨日の最後のお客なんて、まさにウマ並でまだヒリヒリしてんだから…」

「有馬記念のストロングエイトみたいに大穴も大穴、とっくにガバガバだと思ってたよ」

「うるさいわね、いーっだ! で、さっきから黙って聞いているけど、どっちだと思う?」さっきまでいがみ合っていた2人が、同時に顔をヒョイとこちらへ向けて聞いてきた。

「そうだな…中性的美少年みないなものだと私は考えるね。ギリシアのナルキッソスといえばいいか、しなやかで引き締まった筋肉を内包しているが何処か儚さや脆さも兼ね備えた存在。尾花栗毛のニホンピローエースなんて、初めて東上してきた弥生賞のパドックで見た時は、あれは牡馬だけども少女の様な美しい佇まいで牝馬と見間違えたものだった…」

「そいつはずるい」

私のいささか曖昧な答えに呆れたのか、それともまるで77年の有馬記念のテンポイントとトウショウボーイのような何処までも続く平行線の言い合いに疲れ果てていたのか、2人は手許の新聞に目を落とし、明日の予想をし始め出した。

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そう言えば最近、ウマ娘なるゲームが巷で流行っていると聞いた。

調べてみるとなるほど、騎手という要素を廃しながら、ウマ娘という少女にモデルとなった競走馬の馬生を重ね、また、擬人化することで人との関わり合いを描いてバックボーンとして持たせることで、実際の競馬に劣らない一種のドラマツルギーを産み出している。

それに元の競走馬が何らかの事情(それはローテーションの問題だったり、マル外や持ち込みへの出走規制だったり、調教中の故障だったり、レース後の予後不良だったり…)で実現できなかった「if」を疑似的に体験できるという点が、ブライス=デウィットの言うところの「エヴェレットの多世界解釈」的に広がりを見せて流行っているのだろうと考える。

私が仁川の4コーナーでもんどりうって倒れた稀代の逃亡者キーストンに思いを馳せ胸を熱くする様に、私よりも幾ばくか若い競馬ファンは、淀に祝福され淀に散ったライスシャワーや、井田是政の呪いか大欅の前で逃げることを許されなかったサイレンススズカの悲劇に心憂いていることは想像に難くない。

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そして勝利したウマ娘はレース場でライヴを開くと言うじゃないか。

ハイセイコーやテンポイントを新聞をはじめとしたマスコミがアイドルホースと囃し立てていたが、まさにアイドルとしてセンターポジションを争うことで、例え騎手が存在しない世界ではあるが「何のためにゴール板を1着で駆け抜けることを目指すのか」という命題に1つの答えを与えたのだ。

では何故、女ではなく娘なのか。

新聞の読める馬カブトシローではないが、気分一つでムラ駆けする競走馬は、猫の目の様に日々移り変わりゆく思春期の少女の心とも相通ずるのかもしれない。

彼女たちが実際には知り得なかったレースの先に、私はどんな未来を見せ、共に歩めるのだろうか?

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―――海を知らぬ少女の前に 麦藁帽のわれは両手をひろげていたり

                寺山修司『血と麦』より

■参考文献

・「競馬への望郷」寺山修司 著 角川文庫 ISBN978-4041315149

・「馬敗れて草原あり」寺山修司 著 角川文庫 ISBN978-4041315132

#寺山修司 , #ウマ娘 , #ウマ娘プリティーダービー , #小説 , #ゲーム

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