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散文「詩の水脈(選考所感)」

新人賞には今後の詩の状況を担い、かつ同時代の詩人と伴走するように詩作へ励む方を推したいと考えながら選考に臨んだ。七名の委員による活発な議論を通じて、各委員が詩集の魅力や影を俎上に載せながら(どれもが魅力的な詩集である前提において)候補作を徐々に絞っていった。
受賞作『分水』(北島理恵子)は抑制された筆致ながら描かれる情景の数々には底知れない感情が入り混じり読者へなだれこむ──そんな隙のない一冊であった。苦しみの中に失われていった人々を幻視し現実へと活写する詩郡が続き「二〇一五年八月三〇日」へ接続される現代への厳しい問いかけに首肯した。広がりゆく水は確かに分かたれるが、同時に源泉に繋がっている希望も示しているだろう。厳しさの内に自らを律しながら明るみへと向かうような姿勢が詩集を通じて感じられた。以上の理由から最終的な受賞作として推した。
『冬が終わるとき』(竹中優子)は最も議論を呼んだ一冊。日常から掴みとった言葉の選択が絶妙で、短歌にも似た連想は読者の予断を軽やかに飛び越えている。それでいて奇を衒うのでなく父の死を契機とする家族の状況を詩情に委ねて描出した点と新しい詩的言語の可能性を高く評価した。
『持ち重り』(鎌田尚美)は生理的な蠢く感情を描きつつも先達作品の引用が軸となる作品に疑問が生じた。『ヘビと隊長』(桑田今日子)は詩集の仕掛けと軽さへの試みがあったが他の詩集に比して再読性の弱さを感じた。『へいたんな丘に立ち』(小篠真琴)は真直ぐに詩の地平を切り開く気概を感じた一方でもう一歩表現の深みや仕掛けを味わいたかった。『二月のトレランス』(篠崎フクシ)は寛容さでなく耐え忍ぶことの問題意識を抽象的に訴えかける力を感じたが詩風の硬質さ故に孤独感が際立ったように思われた。『命名』(本間雪衣)は父母の体験を自らに引き受ける覚悟を評価したが類似するモティーフを比較した結果、選考に差が出ていった印象がある。
 各々の詩集に水が流れ、俯瞰すれば大きな水脈であることに希望を見出す貴重な時間をいただいた。
北島さん、ご受賞おめでとうございます。


※ 2023年度の第33回日本詩人クラブ新人賞の選考委員を務めた所感文。

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