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水平線ナポリタン

三半規管が、弱い。

遠足の時は決まって、最前列の先生の横に座らされ、催せば、いつでもバスを停止させれる権限を貰っていた。他にも、飛行機に乗りでもすれば、離陸2分後にはCAさんが背中をさすっている事が、日常茶飯事。タクシーでも、新幹線でも、USJのスパイダーマンでも、乗れる物なら、何でも酔えた。ただ、迷惑を掛けては怒られ、吐くと言う行為には、必ず大人が必要と知っていて、込み上げても、手を挙げる事が出来ず、ずっと恥ずかしい欠陥だった。

26歳の冬、佐渡島に渡る船に乗る事になった。三半規管が弱い人間にとって、船がいかに危険は重々理解していた。ドーバー海峡を遠泳するテレビタレントが、酔い続ける船から降りれない映像を見て、そこを地獄だと思っていた。

だが、1度乗ると決まった以上、せっかくと思い、船の先端で船長ごっこをした。人目を気にしながら、気持ちを作り、水平線に指を刺し「進め」と唱えると、吐き気が込み上げてきた。

大慌てでトイレに向かったが、昼に食べた目玉焼きナポリタンが飛び出そうとして来る。とても抑えきれない素材の麺である。だが、こぼす訳にはいかない。大人に迷惑が掛かる。どうにか根性と素手で堰きめ、便器の中に一気に放出した。

大雪の日本海、神の気に触れたかのように、荒れている。トイレブースで、右に左に振られる体、何としてでも、あの円からはみ出さないように、吐いた。しかし、吐いても吐いても、吐き気が止まらない。もう、出る物など無い。何故、吐けるのか。

この瞬間、2度と船長ごっこはしないと、心に誓った。40分程、吐き続けたあたりで、あまりに苦しそうにしている僕を見兼ねた乗務員が、心配しに来た。「どうされましたか?」と心配する声、ありがたい。僕は、返す刀で「船を止めて!」と叫んだ。

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